消費税は中立か?

消費税制度では、仕入に対しては税額控除があり、人件費支払等にはそれがないため、企業は人件費支払よりも仕入を選択しやすいだろう、つまり消費税は企業の経済活動について中立ではないだろう、と私は考えています。

これに対し、仕入に税額控除があるのだから、例えば仕入への110円の支払は賃金への100円の支払と同等であり、この2者を比べると最終的な利益は同じなので、企業の行動は変わらない(つまり中立である)という反論をもらいました。本稿では、この2つの見方の対立について検討し、やはり消費税は中立ではないだろうと示します。

1 元の問題

消費税は原理的には付加価値税であり、人件費支払の原資である付加価値がその課税標準であるのに対し、仕入の原資は付加価値に含まれないから、この税は労働と資本(その購入は仕入となる)の代替に関して中立ではないだろう――これが私の考えです。消費税制度の用語を使って言うなら、仕入に対しては税額控除があり、人件費支払に対してはそれがないため、この2つについて中立ではないだろう、という考えです。

これを示す数値例として以下を私は挙げました。消費税の税率は一律10%とし、価額はすべて市場価格(いわゆる「税込」のもの)に基づくとします。

ある一定期間の、事業者の仕入・売上・賃金支払が次のようであり、税を除くこの事業者の収支はこれですべてだったとします。

  • 仕入:220円

  • 売上:1,100円

  • 賃金:770円

このとき消費税額は80円となり、それを差し引いた最終的な利益は、

1,100 - 220 - 770 - 80 = 30

となります。ここで、仕入か賃金かどちらかを110円削るとします。どちらを削っても売上は変わらないとします。仕入を削るなら次のようになります。

  • 仕入:110円

  • 売上:1,100円

  • 賃金:770円

この場合の消費税額は90円となり、それを差し引いて最終利益を求めると、

1,100 - 110 - 770 - 90 = 130

となり、利益は100円増えます。

対して賃金を110円削ると以下のようになります。

  • 仕入:220円

  • 売上:1,100円

  • 賃金:660円

消費税額は80円で、最終利益は

1,100 - 220 - 660 - 80 = 140

となります。仕入を削る場合より利益が10円多くなります。このため、消費税は労働と資本の代替に対して中立ではなく、労働を資本で置き換えるよう企業を誘導すると思われます。

2 指摘

これに対し、およそ次のような指摘がありました。仕入のうちの消費税分は税額控除になるため、企業にとっての事実上の仕入額はそれを差し引いたものであり、それを勘案すると、消費税はその代替について中立である。

数値例を示します。上の例では、仕入と賃金を同じ110円削減するケースで比べましたが、この指摘によれば、110円の仕入は実質的には100円であるため、賃金を100円削るケースと比較する必要があることになります。このケースは次のようになります。

  • 仕入:220円

  • 売上:1,100円

  • 賃金:670円

消費税額は80円であり、最終利益は

1,100 - 220 - 670 - 80 = 130

となって、仕入を削る場合と変わりません。だから企業はこの2つの選択について、どちらに誘導されることもない、という主張です。

元の問題での説明との違いは、仕入と賃金について、同じ額(110円)を削るケースを比べるのか、仕入税額控除を考慮して、仕入の場合にはそれを省いた額として(100円)比べるのか、です。元の問題での説明を主張A、指摘の内容を主張Bと短く呼ぶことにします。

私は主張Bは消費税が中立である説明にはなっていないと思います。次の節でその理由を説明します。

3 主張Bにある問題点

主張Bが消費税の中立性の説明になっていないと私が考える理由は、それが主張Aで扱っている問題と違う問題の話をしているためです。

主張Aの問題は、ある企業が、仕入を110円削っても、賃金を110円削っても、売上が1,100円で変わらない、という生産条件の下にあると仮定しています。具体的には、何らかの効率化の策をとることで、どちらを選択しても売上が変わらないようにすることができる、というような条件です。

それに対して主張Bは、ある企業が仕入を110円削る場合と、賃金を100円削る場合で、どちらも売上が1,100円となって変わらないという生産条件の下にある企業の話をしています。この企業がもし賃金を110円削ったなら、100円削る場合よりも10円分だけ労働力を少なく用いて生産を行うので、100円削る場合よりも生産量が少なく売上も少ない、つまり1,100円よりも少ない売上を手に入れると考えられます。主張Aで問題にしている企業はそのときに1,100円の売上を手にするので、この2者は別の企業です。(以下、それぞれを企業A、企業Bと呼ぶことにします)

企業Bは、その置かれた状況において、仕入を110円削るのと、賃金を100円削るのの、どちらか一方に誘導されることはないと私も思います。それに対して、企業Aは、賃金削減に誘導されると思います。

そして、主張Bは消費税の中立性を示していないと私は思います。税の中立性は、その税がない場合と比べたときに、企業の選択が不変であることを意味します。主張Bは、消費税がある場合に、主張Bが仮定した生産条件の下にある企業Bが、その2つの選択について誘導されないことを示しているだけで、消費税がない場合との比較をしていません。

主張Aは、消費税がない場合との比較を明示的に行っていませんが、それは「同額の費用を削減する」ことに含意されています。同じ生産量の生産を行うことを仮定すると、税がない状態における同額の費用削減は、費用の最小化(つまり利益の最大化)に同じだけ貢献するからです。ただ、これを明示しなかったのは私の手落ちでした。ツイッターで簡単な例を挙げるのに、正確な条件を示すのは難しかった、と言い訳させて下さい。ともかく、消費税の中立性は、消費税がない場合と比較しなければ示せません。

主張Aと主張Bの違いは、その違い自体が消費税の非中立性を示していると私は思います。企業Aは、どちらの費用を同額だけ削っても利益への貢献は同じという条件の下にあって、消費税を課されて、賃金を減らすほうを選択するでしょう。企業Bは消費税の下で、賃金を減らすのと、仕入を税額控除を勘案した額だけ減らすことについて中立です。だから企業Aは、消費税の下では、企業Bと同様の条件になるまで賃金を減らすほうを選択していくだろうと考えられます。言いかえるなら、企業Bは、消費税によって誘導された結果としての企業の姿だということです。

文章での説明ではあいまいなので、経済学の標準的な手法を使って数式で説明します。

4 数式による検討

経済学の標準的な問題である、資本と労働の2財を用いて生産を等量だけ行う場合の費用最小化を考えます。利益はゼロ、すなわち売上と費用は同額にするとします。消費税以外の税はなく、企業の支出は資本のレンタル料、賃金、消費税(それがある場合)のみとします。

資本量(例えば工作機械の台数など)を K 、労働量(労働者の人数など)を L とし、企業の生産関数 Y として単純な Y = KL を仮定します。資本の価格(工作機械のレンタル料)を r 、労働の価格(1人あたり賃金)を w とし、消費税率は v (税率10%なら v = 0.1 )とします。

消費税がない場合のこの企業の費用 C は、C = rK + wL となります。これが等費用線の方程式です。

消費税がある場合には、費用 C に納税も含まれるので、税額を T とすると、C = rK + wL + T が等費用線の方程式です(これを式(1)とします)。利益ゼロの仮定より、売上は C に等しいので、売上に含まれる消費税分 To は To = vC/(1+v) です。仕入は資本への支払 rK で、そこに含まれる消費税分 Ti は Ti = vrk/(1+v) です。よって消費税額 T は、T = To - Ti = vC/(1+v) - vrk/(1+v) で、これを式(1)に代入して整理すると、C = rK + (1+v)wL となります。これが消費税がある場合の等費用線の方程式です。

消費税がない状態で費用を最小化していたこの企業に、ある時点で消費税が課されるとし、企業が(等量の生産を行うために K および L を変化させて)再び費用最小化を試みるとします。

費用最小となるのは、L-K平面における、等費用線の傾きと等量曲線(Y = KL、Y は定数)の傾きが一致する点の K と L においてです(経済学のテキスト参照)。等量曲線の傾きは、K = Y/L を L で微分して -K/L です(微分ののち Y = KL を用いた)。

消費税がない場合の等費用線 C = rK + wL の傾きは、これを K について解いて K = -wL/r + C/r より -w/r、よって費用最小化条件は -w/r = -K/L、つまり w/r = K/L(これも経済学のテキストの通り)。

消費税がある場合の等費用線 C = rK + (1+v)wL の傾きは、これを K について解いて K = -(1+v)wL/r + C/r より -(1+v)w/r、よって費用最小化条件は -(1+v)w/r = -K/L 、すなわち (1+v)w/r = K/L です。

よって消費税の課税は、企業の生産を w/r = K/L という点から、(1+v)w/r = K/L という点に誘導するだろうと言えます。課税の時点で要素価格(r および w)が変化しないとすると、(1+v) という係数の分だけ費用最小の点は変化しますから、企業の行動は変化する、すなわち消費税は中立ではないだろうと言えると思います。

具体的に数字の例を示します。生産関数は同じく Y = KL とし、各パラメタを以下のようにします。

  • 生産量 Y = 48400

  • 資本の価格 r = 200

  • 労働の価格 w = 800

  • 消費税率 v = 0.21

なお消費税率を21%としたのは、数字をわかりやすくするためです。主張Bは税率によらないので、これで問題ないはずです。

まず消費税がない場合の費用最小化点は w/r = K/L、これに r と w を代入して K = 4L を得ます。これと 48400 = KL から

  • K = 440

  • L = 110

となります。つまり消費税がない場合、資本を440単位、労働を110単位用いて生産するのが費用最小です。

次に消費税がある場合の費用最小化点は (1+v)w/r = K/L、これに r、w、v の値を代入すると (1 + 0.21)×800/200 = K/L、これを整理して 484L = 100K、これと 48400 = KL から

  • K = 484

  • L = 100

となります。つまり消費税がある場合、資本を484単位、労働を100単位用いて生産するのが費用最小です。

消費税がないときに、資本440単位、労働110単位を用いて生産を行っていた企業が、ある時点で21%の消費税を課され、そのとき資本と労働の価格に変化がなかったなら、資本を44単位増やし、労働を10単位減らすことで、再び費用を最小にできます。すなわち、消費税は企業の行動に対して、少なくとも上記の条件のもとでは中立ではないと言うことができると思います。

消費税の下での費用最小化点 (1+v)w/r = K/L では、企業にとって、(1+v)w 単位の資本と、r 単位の労働の置き換えが(費用を変化させないという意味で)同等です。この置き換えを金額で見ると、価格 r の資本 (1+v)w 単位の金額は (1+v)rw、価格 w の労働 r 単位の金額は rw です。ここに例えば v = 0.1、r = 1、w = 100 を代入すると、資本を購入する額は (1+0.1)×1×100 = 110、労働を購入する額は 1×100 = 100 で、「10%消費税の下で、企業にとって資本110円の購入は労働100円の購入と同等である」という主張Bの内容と一致します。このように、主張Bは、消費税の下ですでに費用が最小化された状態を言っています。

定性的に言うなら、資本と労働に同額を出していた企業(企業Aに相当します)は、消費税が課されると、より多くを資本に、労働にはより少なく、支出するようになる(企業Bの状態)、と説明できます。だから主張Aと主張Bは矛盾しておらず、その違い自体が消費税の非中立性を示していると私は考えます。

5 結論にかえて

以上が、主張Aと主張Bの対立に関して、私が消費税はやはり中立ではないだろうと考える理由です。

この検討では、企業は利益を目的とすると仮定しました。この仮定は主張Aと主張Bで共有されています。主張Aは、一方より他方のほうが利益が大きいから誘導されるとし、主張Bは、両者で利益が変わらないから誘導されないとしています。

しかし、この仮定は実はとても強いもので、企業によっては成立しない場合もあります。例えば、借入を増やしてでも規模を拡大したい企業や、利益以前にキャッシュフローが問題になる企業もあるでしょう。ある仮定の下で、ある税が中立だ(あるいは非中立だ)と理論的に言えても、それが現実に存在するどの企業に当てはまるかは別の話です。

だとするなら、現実の税制を中立だと私たちが言い切ってしまうことには危険があるのではないでしょうか。個々の経済主体は自由に活動していて、その目的もさまざまです。ある税が、とある仮定の下で中立だからと(多数決の力などによって)押し付けるのは、自由主義の考え方にそぐわないように思えます。

むしろ私たちは、税が中立でない可能性のほうに常に目を向けなければいけないのでは、と私には思えます。現実的で妥当な、とある仮定の下で、その税が中立でないと示されるようなケースが1つでもあるなら、その税の非中立性を無視してはならないのではないか、と。

そう考えると、経済学が消費税を、長きに渡って「中立で理想的な間接税」だと判断してきたのは非常に危うく、そのために経済を誤った可能性はやはり否定できないと思います。労働の資本による代替と、その影響による賃金の低下や伸び悩みは、現実に起きてきたように私には見えます。社会保険料や銀行要因などもあるでしょうが、消費税を無罪放免とするのはまだ難しいのでは、とずっと思っています。

なお、本稿の検討では、要素価格が変化しないと仮定しました。経済学的には、課税は価格変化を起こすだろうから、税の帰着を見なければならない、などとします(その結果、付加価値税は中立だということになる)。もう50年くらいの歴史があるこの論理もまた私には疑わしく思えるのですが、それについては機会があればまた論じたいと思います。

ありがとうございます。これからも役に立つノートを発信したいと思います。