見出し画像

動物病院のカルテ 様子を見る

診療時間が終わる間際に一本の電話。
「ウチの子が急に食べなくなったので、今から連れて行っても良いですか?」
羽尾先生は、
(困るなぁ)
と思いながら、いつ頃から具合が悪いのかを聞きました。
「一週間前から食べないと思っていたのですけど、様子を見ていて…」
どれくらいの間食べなくても大丈夫ですか?
そう聞かれて、羽尾先生はいつも答えにつまります。
なぜなら、看護師さんにも残業してもらわなければならないし、院長に報告しなければならないし、検査機器の準備をしたり、緊急手術が必要であれば夜なのでどう段取りするか、それも難しければ救急病院への引き継ぎなどなど、とにかく色々大変なのです。

そう、いつも。
実はこのエピソード、動物病院の「あるある」なのです。
具合が悪くなり、心配でしばらく様子を見ていたが、良くならないので今すぐに診て欲しい。
診て貰わなくて大丈夫ですか?
という質問。

厳しい見方をすると、先程の言葉はこう翻訳されます。

具合が悪くて放っておいたが良くならず、いよいよさらに調子が悪くなり、今なら自分の都合が良くて連れて行けるから病院は閉まる時間だけど診て欲しい。
これで診てくれなかったとして、さらに調子が悪くなったら、あなたは責任をとれますか?

(あれ…、体重が増えてる?)
連れてこられた猫ちゃんは、丸々と太っていて、とても元気そうです。
「一週間何も食べていないんですよね?」
そうなんです、だから私たちの食べているお刺身とか、ステーキとか、そんなのばかりしか食べなくて。
この一週間、本当に心配で心配で…。
それでね、先生…。

延々と喋り続ける声が、羽尾先生には遥か遠くの世界のことのように聞こえました。
そして猫ちゃんは、診察台の上だというのにゴロリと横になり喉をグルロー、グルローと鳴らせるのでした。

この記事が参加している募集

猫のいるしあわせ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?