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オフコースのオリジナルアルバムを勝手にレビューするシリーズVolume12:「I LOVE YOU」

「Over」を最後に長らくサボっていたが、まだやっている。久々に取りかかってみようって気になったのだ……というのは冗談だけど。

5人時代最後のオリジナルアルバムで、例の武道館10日間公演の終了翌日にリリースされたアルバムでもある。
というと「NEXT」があるじゃん、って話になるが、あれはあくまでもテレビ番組のサウンドトラック盤なのであって、純然たるオリジナルアルバムとは言い難い。
「NEXT」についてはいずれ更新するであろう別項に譲ろうと思うので、そちらをご参照願いたいものだ。
本文中の人名は例によって敬称略である。

序説

オフコースの解散説が一様に真実味を帯びて語られるようになり、レコーディングと同時並行的に行われていたコンサートツアーも満員鈴なりの状況が続いていた。
そして、そのツアーの集大成として、日本武道館10日間公演が企画された。特に最終日の6/30の公演は映像ソフト化もされていたほどだ。

ただ、これ、全てのセットリストを忠実に再現しているものではなく、省略や編集などが多く見られるため、視聴には注意を要する。雰囲気をつかむためのソフト、と言うべきだろう。

また、この公演には多くの陣中見舞いが寄せられたと言い、訪問者も多かったという。

よく知られるのが、当時プロ野球・中日ドラゴンズの現役選手だった星野仙一だったり、著名な漫才師のビートたけしと放送作家の高田文夫のコンビだったりした。
特にたけしは、楽屋で出会った初対面の清水仁から「この人、小心者やわ」という指摘も受けているとされた。

前回も触れたが、この武道館10日間公演の後、アンコール的な形で横浜での公演も企画されたものの、こちらは実現せず、代わりに登場したのがTBSで1982年9月29日に放映されたテレビ番組「NEXT」だった。

これについて、本稿で詳述するのは避けたい。とりあえず、中村敦夫や片岡鶴太郎が客演していた、ということだけは述べておく。
前述した通り、純然たるオリジナルアルバムとは言えない「NEXT」ではあるものの、これはこれで別個に記事を作成したい。
ただ、強いて映像について一言だけ評価しておくならば、「あれなら当初の企画通りコンサートを開催すべきだった」とだけは思う。以上。

さて問題の「I LOVE YOU」に戻る。

既発シングルをそのままタイトルにしているが、そのシングルも当該ヴァージョンでの収録ではない。後述するようにリミックスされ、いろいろなリダクション、リプロダクションを受けた上で収録された。
9曲中「I LOVE YOU」以外が新曲だが、アルバム制作と並行してツアーを行っている関係上、まとまった時間は取りにくく、そのため、ビル・シュネーも、ロサンゼルスでなく東京にやってきて仕事をした。

シングルとなった「YES-YES-YES」の、少なくともシングルヴァージョンについては、武道館10日間公演の直前リリースというタイミングの問題があって、ビル・シュネーは関与していない。
これについては、シングルのジャケット写真が、レコーディング中のスタジオの階段に簡易セットを組んで撮影された、ということからも、ジョン・レノンの「Instant Karma!」のような緊急的なリリースだったことが窺える。

このアルバムのクオリティは極めて高い。

高いのだが、その高さ故に、少なくとも大ヒットした「さよなら」以前、もっと言えば「We are」以前のアルバムにはあったとっつきやすさ、親しみやすさが失われてしまったのではないか。

街の定食屋で食えていた500円ぐらいの焼き魚定食が、郊外にあるようなフレンチレストランでないと食えない1000円ぐらいのグリルになった、ぐらいの感じもする。

前回もチラッと述べようと思ったが、今回せっかくなので私見を述べておきたい。

オフコースはアルバム「Over」で幕を下ろすべきだった、と思っている

本作やテレビ番組及びサウンドトラック盤の「NEXT」はたぶん、コンサートで言えばアンコールのようなものだろう。

それらの後に、小田には小田の考えがあってグループを続けたのだろうし、鈴木を除くメンバーはそれについていった。そして鈴木は1983年夏の契約満了と共にグループを去った。
誰が悪いわけでもない。そうなるしかなかったのだろうと思う。

ただ、鈴木康博という重大なピースの欠落が、オフコースに与えた影響は大きかったのかもしれない、と思える。
しかし、それを予見するのはあまりにも困難なことだったろうし、当時の小田以下全員にはわかりようがない。無論当人たちですらわからないものを、外野の我々如きが窺い知ることもできるはずがない。

そういう意味に於いて、きわめて評価の難しいアルバムということは言えるだろう。

アルバムは全9曲。

1:YES-YES-YES
2:素敵なあなた
3:愛のゆくえ
4:哀しき街
5:揺れる心
6:きっと同じ
7:かかえきれないほどの愛
8:決して彼等のようではなく
9:I LOVE YOU

小田の曲が4(1・6・8・9)、鈴木の曲が3(2・3・5)、松尾の曲が2(4・7)。
松尾の2曲に関しては作詞は本人でない。小田が書いたのが4、松尾と大間と清水の連名が7である。4に関しては当該曲の項で触れよう。
これに対して鈴木は今回、3曲とも本人が作詞した。ただ、2や5はオフコースの普段の曲では出てこない語が登場する異色の曲にもなっている。

1:YES-YES-YES

1982年6月10日にシングルリリースされた曲でもあり、アルバムでは冒頭に収録されることとなった。言うまでもなく小田の作品。

この曲の尺については少々ややこしいことになっている。そもそもこのアルバムではビル・シュネーによるリミックスの上、フェイドアウト部分が短く編集されており、尺も3'51"となっている。
一方、シングル盤ではビル・シュネーが関与せず、木村史郎・蜂谷量夫のコンビによる制作となっている。リリース当初の尺は4'02"だった。
そしてこのシングルヴァージョンは、その後、「シングルス」などに収録された際、オリジナルの尺でなく、フェイドアウト部分が延び、4'20"まで延長された。この経緯については不明だ。
現在流通しているシングルヴァージョンは後者であり、4'02"版シングルヴァージョンは聴くことができない。筆者もそれをアナログでしか持っていないので、現在聴けない。

で、曲の途中に出て来る女性の声による「ねえ、私にも聞かせて……」の呟きは、スタジオにいた女性ミュージシャンによるもので、わざとオフ気味にミックスされているようだ。このため妙な噂が立ったことがある。
しかし、この呟きの後に「もっと大きな声で」という歌詞が続くので、これが明確な意図を持った仕掛けであることは明らかである。

ちなみに、元々シングルとしてのリリース予定はなく、急遽シングルリリースが決まった。
そういう関係で、ビル・シュネーの来日を待っていたのではスケジュール的に間に合わないということから、このシングルにはビル・シュネーが関与していない。
エンジニアは木村・蜂谷コンビであり、ミックスダウンはメンバー自身でしている。この関係もあり、シングルヴァージョンの方が多少押し出しが強いサウンドになっている。
(作詞・作曲:小田和正)

2:素敵なあなた

鈴木の作品。サビに入る前のメロディが、前作にも収録された上にシングル「YES-YES-YES」のカップリング曲にもなった、自身の「メインストリートをつっ走れ」によく似ている。

また、本作のサビ部分には「Baby」という、オフコースの既存の作品にはほとんど登場しない言葉が出てきている。
この曲と次の「愛のゆくえ」は、後に鈴木がセルフカヴァーしている。
(作詞・作曲:鈴木康博)

3:愛のゆくえ

鈴木の作品。イントロのメロディが尾崎亜美の「My Song For You」のサビに近い気がするが、楽曲全体の雰囲気はむしろ「NEXT」に収録された「流れゆく時の中で」に近い。
むしろ、この曲で歌われている歌詞を読むと、「流れゆく時の中で」の心境に至る鈴木の心境の揺れが感じられる。

前曲に登場する「Baby」のような言葉は登場せず、いわゆるオフコース的な世界観に包まれて、鈴木のファルセット主体のコーラスにて曲が終わっていく佳作。
やはり前曲同様、後年鈴木がセルフカヴァーした。
(作詞・作曲:鈴木康博)

4:哀しき街

松尾の曲。作詞は小田。本来は小田でなく、大間が歌詞を書くつもりだったし、実際に書いたという。
ところが、大間は書いたものの、納得のいくものができない。そこで小田に依頼したところ、一晩で現在の歌詞を書き上げてきたのだそうで、その仕事ぶりに大間は感銘したという。
後年、松尾がセルフカヴァーしている。
(作詞:小田和正、作曲:松尾一彦)

5:揺れる心

鈴木の作品。サビに行くまで鈴木はかなり低音主体で歌っているのが特徴的である。そのため、ブラックミュージック的な要素も感じられる。
歌詞の一部に「Sexy」の語が登場しており、「素敵なあなた」同様にオフコースの当時の一線を何となく超越した作品とも言える。
ドラムスやパーカッション類の音処理が特徴的であり、これがビル・シュネーのアイディアによるものか、鈴木やメンバーのアイディアによるものかは不明だが、面白い効果を出している。
(作詞・作曲:鈴木康博)

6:きっと同じ

小田の作品。最初は小田が弾き語りで全てを賄おうとしたものの、うまくいかず、鈴木にギターを弾いてもらったところ、「やっぱうまいや」と思うに至り、その上にヴォーカルトラックを重ねるに至った。

2分に満たない小品ではあるが、小田と鈴木の共同作業が聴ける、という意味では非常に興味深い作品だと言える。
(作詞・作曲:小田和正)

7:かかえきれないほどの愛

松尾の作品。作詞は松尾自身に加えて大間と清水の連名である。そのゆったり目のテンポや、後半部分に転調があることも踏まえると、ジョン・レノンの「Woman」に近いイメージがある。

冒頭の子供たちの声は、マネージャーとして当時のオフコースカンパニーに加入した某氏の友人たちの子供らしい。その子らで近所の公園で録音されたものだという。
(作詞:松尾一彦・大間仁世・清水仁、作曲:松尾一彦)

8:決して彼等のようではなく

小田の作品。イントロはなく、いきなり歌から始まる。中間部やエンディング等に出てくるブラスはシンセブラスではなく、生ブラスである。
このブラス(特にトランペット)がエンディングに行くにつれてフリーキーに弾けていくのがミソ。
このフリーキーなブラスと、人工的なシンセを主体としたサウンド、パーカッションなどの様々な音がミックスされながら終幕に突き進み、爆発音と共に次の「I LOVE YOU」につながるという仕組みだ。
本作は、筆者が個人的には最も好んでいる作品であり、次の「I LOVE YOU」につながる重要な導入部分として機能し続けている。
(作詞・作曲:小田和正)

9:I LOVE YOU

小田の作品で、1981年6月21日にシングルとしてリリースされた既発の曲ではあるが、そのヴァージョンではない。
前曲のエンディングに聞こえる爆発音からシームレスで始まり、元々のヴァージョンにはなかったイントロが新たに付加された。
また、本編に入ってからも、ビル・シュネーによるリミックスのため、後述のようにエンディングに含まれる子供たちのコーラスを含む、様々なものがリダクションされ、エコー等が新に付加された部分がある。

更に間奏部分がFENの音声だったものが、ビル・シュネーの友人によるニュース番組調のアナウンスを模したナレーションに変わっている。
その内容も、よく聞いていればわかるが「ジョン・レノンの暗殺事件」を報じたニュースになっている。

シングル用にレコーディングしていた当初は、スタジオを覗きに来た加藤和彦に何をしているのか訊かれた小田が、シングルのレコーディングをしている旨を伝えた。
すると、加藤から「これがシングルなの?売れてる時は何でもできちゃうから良いよね」と言われたらしい。

シングルヴァージョンと比較してエンディングがかなりカットされ、シングルヴァージョンでは明確に聞こえたピアノの下降フレーズが、アルバムヴァージョンでは聞こえづらくなっている。
同様に子供たちのコーラス、男性による囃すような声、小田自身が入れている「Wow wow wow」のフレーズなどが、ビル・シュネーによりリダクションされている。

ライヴで演奏される時は、2番までを弾き語り調で演奏し、3番の一部をバンド形態で演奏している。そのことは「NEXT」に収録のライヴテイクで確認可能だ。
(作詞・作曲:小田和正)

アルバム全体の短評

本作の評価はとても難しい。「傑作か?駄作か?」と言われたら、先ず確実にこれは「傑作」だと思う。
「Over」ほどの高みに行けるかどうかはともかく、質は絶対に高い。

それでなくても、ビル・シュネーが音を監修するようになったため、音のクオリティだけを考えれば、格段に向上した。そのことは否めない。
高まった音楽的クオリティ、それに伴う商品性の向上、5人期の、少なくとも「We are」「Over」、そして本作までを取り巻く凄さ、素晴らしさは決して否定されるべきものではない。

……だが

やはり何かが違う

上質な何かにアップグレードする上で、無くさないでほしかったもの、というものがやはりある。

それは、隣のお兄さんみたいな親しみやすさだったり、500円で食べられる定食屋の定食みたいな風合いだったり、何かどこかで安心できてしまう要素と言っても良いのかもしれない。

「We are」、「Over」そして「I LOVE YOU」にはそれがない。何だか、よそ行きの音楽を聴いているようだ。

いや、そんなことを望むこと自体、贅沢すぎるのだろうし、場違いなのかもしれない。

「いいじゃないか、音楽的にも商品としても、質が向上したのだから、何を文句を言うことがある?」となるだろうし、そうなったら「はい、そうですね」としか言えないだろう。

でも、私はそれでも主張したい。

「We are」
「Over」
「I LOVE YOU」

これら三部作は、その高い質の背後で、どこかに置き去りにされてしまった何かを感じさせるアルバムだと思う。

恐らく小田と鈴木が中心となってそれがなくなることで、オフコースは延命できたのかもしれないが、その時代にはあったはずの、人間くささがどこかに行ってしまったのではないか。

そんな気がしてしまう。

もちろん、それらを脱ぎ捨てることで進化を望んだとしたなら、それもまたオフコースが選んだことだし、その結果がどうなろうと、それは彼らの望みである以上、彼らにとって外野たるファンが否定すべきではない。

大事なことは、そのような変化をオフコースが選んだことかどうか、ということだけだ。それさえ明確なら、こちらに文句を言う資格はない。


次作「NEXT」を最後に、オフコースは4人期を迎えるが、たぶんこの4人期のオフコースには、少し冷たく当たるかもしれない。

その理由は実に簡単で、4人期に思い入れがないからだ。いや、オリジナルアルバム4枚は全て持っているよ。でも、この時代にオフコースについての思い入れはない。いや、あっても5人期よりは確実に薄い。

もちろん4人期のオフコースが好きだという人もいると思うし、それも受け入れられるという人がいる。

もちろんそれについて否定されるべきではない。オフコースというブランドに於いてリリースされたものだから。

ただ、私のように感じる人もいる、ということは知っておいてもらいたい。

オフコースには長い歴史があり、様々な紆余曲折がある。メンバーの変動は決して多くはなかったが、鈴木の脱退はオフコースの歴史の中ではきわめて重大な事件だった。

それは即ち、オフコースという音楽グループの、非常に大きな転換点でもあった。
そこに至るまでのプロセスを記録した本作を含む上記三部作は、オフコースという「ニューミュージックのアイコン」が、望むと望まないとにかかわらず、大きく変質したことを記録した作品群だろう。

どの時代を好きでいるか、全部か、ごく初期か、2人時代か、5人時代かの前半か、同後半か、それとも4人時代か。

どの時期を愛好していても、オフコースを愛好していることには何ら変わりがない。とりあえず、今後もその前提でお読みいただきたい。

基本的に他人様にどうこう、と偉そうに提示するような文章ではなく、「こいつ、馬鹿でぇ」と軽くお読みいただけるような文章を書き発表することを目指しております。それでもよろしければお願い致します。