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オフコースのオリジナルアルバムを勝手にレビューするシリーズVolume15:「The Best Year of My Life」

ここから四人時代になる。

ま、あと、これを含めて四枚だ。

序説

鈴木康博は1983年に契約満了と共に脱退した。その理由は、たぶん鈴木本人が「こうだよ」と明確に言葉にしない限り、どれもこれも違うと思う。
だから、ここでは敢えてその理由を断言しない。しても、意味がない。そんな「俺はこう思う」式のことを書いても仕方がない。

小田は、鈴木の脱退後、オフコースとしての活動をどうするか、それどころか自分の今後ですらどうするか、明確には決めかねていたようだ。
それはそうだろう。何だかんだで十年以上音楽の世界に於ける仲間として苦楽を共にしてきた盟友と、形はどうあれ別離したのだから。
そんな逡巡を続ける小田に、清水が「四人でオフコースをやったらいい」と言ったらしい。
その一言から、「この先オフコースというバンドがなくなっても、メンバー個々が一人でやっていけるように」と考え直し、「とりあえず三年間やっていこう」となったらしい。

サブタイトルに「Green Album」とあるが、収録曲に関係があるわけではなくて、同タイトルで二枚のアルバムを出し、最初は「若葉」のイメージで、数年後に「Brown」で成熟したところを出す、というイメージだった。

1983年の鈴木脱退後から徐々に制作が始まり、1984年に本格的になっていったようだ。
試みもいろいろと新しくなった。ヴォーカル録りでも新しい手法を多く採り入れたらしい。

オフコースと長年にわたって仕事をしており、本作でもミキサーとして参加している木村史郎によれば「男っぽくなった」らしい。
どこがどう、と具体的な指摘を木村はしていないが、男っぽさを感じる作風ではあるようだ。

ただ、木村がそのように指摘する一方、このアルバムには、五人期の残滓もどことなく感じられる。

レコーディングの手法などに変化はあるものの、基本となる個性は小田の場合なら、小田の個性であり、これをリニューアルしきるのは難しい。
冒頭の「恋びとたちのように」のような、明らかに硬質なサウンドで唸らせる作品もある。
その一方で、終盤の「気をつけて」のような、おおらかなサウンドに装飾こそされてはいるものの、「言葉にできない」的な安堵感を持つ作品でクローズにかかり、「ふたりで生きている」で締める。
これは、かつての「Over」を彷彿とさせる流れではないか。そして、こういう「安心感」のようなものを、オフコースは求めたのだろうし、ファンもそれを支持したのだと思う。

この辺りからリアルタイムで聴いた作品であるのだが、本作はどう言ったら良いのだろう。五人期と四人期との端境期に生まれた、たぶんオフコースの名を冠した、最後の傑作なのだろう。
言うなれば、タイトル通りの作品になっているのかもしれない。

なお、後述するが、本作にはビデオクリップ集のようなものがある。

自分たちが制作に関与していない「君が、嘘を、ついた」のビデオクリップを除く、二枚のシングル及び「ふたりで生きている」が収録された。


アルバムに収録されたのは全9曲。

1:恋びとたちのように
2:夏の日
3:僕等の世界に
4:君が、嘘を、ついた
5:緑の日々
6:愛を切り裂いて
7:愛よりも
8:気をつけて
9:ふたりで生きている

小田が6曲(1・2・4・5・8・9)、松尾が3曲(3・6・7)である。作詞に関しては7以外全て小田で、7のみ大間と松尾で行っている。
また、本作のうちの一部は「Back Streets of Tokyo」で英語化もされているのだが、それは「Back Streets of Tokyo」にて触れたい。

また、本作には収録されなかったが、松尾の作品による清水仁のヴォーカル曲も予定されていたという。

1:恋びとたちのように

これまでオフコースの作品ではフィーチュアされる頻度が少なかったサキソフォンによるリードで始まる。演奏しているのはJerry Petersonなる人物。
サックスはこの他に、間奏部分やアウトロなどにも登場し、新生オフコースのイメージ作りを担う。
ベースが、ギターとシンセベースの併用をしている部分があり、ちょっと面白い風合いのサウンドになっている。
小田のヴォーカルは硬めに処理されている感じだが、これが先述した木村史郎の言う「男っぽさ」の一端なのかもしれない。パーカッシヴな効果を狙ったハンドクラップの導入もいい感じ。
後に「Fool(What dose a fool do now)」英語版が作られ、やはり本拠と同じようにアルバムの冒頭を飾っている。それについては次回で詳述したい。
(作詞・作曲:小田和正)

2:夏の日

アルバムからは「君が、嘘を、ついた」に続くシングルカット曲となっている。但し、アルバム収録ヴァージョンと異なる処理があり、イントロのドラムスが削られた他に、少しピッチが高い。
この、シングルヴァージョンは、アルバムではベスト盤「IT'S ALL RIGHT」にのみ収録されている。
カップリング曲は松尾の「君の倖せを祈れない」であり、作詞は小田。ベスト盤「IT'S ALL RIGHT」に収録。
また、本作は小田が監督した大間主演のビデオクリップが制作され、田中美佐子や西川のりおが出演している。映像はおよそ8分の長さとなった。西川のりおはその中で、持ちギャグ「冗談はよせ」を披露してもいる。
西川のりおの起用は、恐らく後述の「オレたちひょうきん族」への出演時の印象で決めているものと思われる。
また、このクリップには三種類のエンディングが作られている。その理由は「ラストシーンを決めかねたため」らしい。
(作詞・作曲:小田和正)

3:僕等の世界に

松尾の曲。三拍子の作品で、小田がかつて作って「JUNKTION」に収録された「愛のきざし」に近い作品かもしれない。
とはいえ、大間のドラムスが入ると、優しさ主体より硬質な作風になるようではある。
(作詞:小田和正・作曲:松尾一彦)

4:君が、嘘を、ついた

アルバムからのファーストシングル。と言うより、新生オフコース第一弾シングル。このアルバムからファンハウスに移籍しているが、販売委託先がまだ東芝EMIだったので、EXPRESSレーベルのマークがついていた。
また、このシングルは木村史郎がミックスしたもので、イントロのドラムスのフィル、イントロの楽器構成からギターが省かれていたり、細かい違いが存在する。フェイドアウトも早いので尺も20秒程度短い。
カップリング曲は後述の松尾作の「愛よりも」である。こちら派ミックスそのものに大差はないが、これも尺が15秒ほど短い
曲自体は、これまでのオフコースの作風とは一線を画すように、アタックの強い音質になっているイメージ。
その一方、フェイドアウト部分に見られるおとなしさとの対比で、新生感を出そうと考えてもいるようだ。
後に「Eyes in the back of my heart」のタイトルで英語化されていて、テレビドラマの主題歌にも採用された。
この曲ではビデオクリップが作られたが、「NEXT」で映像作りの一端に触れた小田らは制作に関与していない。このためビデオクリップ集「Movie The Best Year of My Life」には未収録。
メンバーによる再編集版は「Digital Dictionary」に収録されているが、オリジナル版はメディアに未収録。
ところが、フジテレビで当時放映していた土曜日夜の人気番組「オレたちひょうきん族」に「ひょうきんベストテン」1位という名目で出演し、ビデオクリップの鑑賞会が行われた。
これは、リアルタイムで実際に見ていたが、たまげた。いや、「NEXT」という前例があったにしろ、あれとは異なるのだから。
「The Best Year of My Life」ツアーのパンフレットやチケットのデザインには、様々なグループが関わる写真を切り貼りしたものが使われていたが、当番組出演シーンも含まれている。
(作詞・作曲:小田和正)

5:緑の日々

これも小田の曲で、やはりシングルカットされた。ヴァージョンはアルバムと同一。
本作からもビデオクリップが作られており、主演は清水。当時は高樹沙耶を名乗っていた女優、武田鉄矢らが出演した他、ボクシングのシーンもあるため、名トレーナーとして名高いエディ・タウンゼンドまで出演した。
さながら「ロッキー」と「天国から来たチャンピオン」との合作みたいな感じのビデオクリップらしい。
小田によると、主演の清水はこの撮影にかなり入れ込んでいたらしく、多くのアイディアを考えてきて、提案までしたという。
シングルのジャケットではメンバー全員、秋物を着て老けメイクをしているが、撮影時期が夏だったので、全員汗だくだったらしい。
なお、シングルの初回盤はタイトルにちなんで、ライトグリーンの透明カラーディスク仕様になっている。
カップリング曲は、小田の「哀しいくらい」を英語でリメイクした「CITY NIGHTS」である。スタッフの知人でイギリス人のJIMMY COMPTONという人物。この人物と小田はたいそう仲が良かったらしい。
1983年3月にアメリカのキャピトルレコード(日本で言う東芝EMIと系列的にはつながる会社)との契約を目指して作成した9曲のデモテープの中の一つ。
だが、キャピトルにはこのデモテープは受け入れてもらえなかった。小田も述懐していたが、そんなに甘くなかったのだ。
なお「哀しいくらい」はその後、「CITY NIGHTS」とは別に「Melody」というタイトルで改めて英語化された。
「緑の日々」はイントロ、サビがBメジャーのキー。Aメロと間奏がBマイナーのキー。大サビからアウトロがD♭メジャーになっていく。
シンセサイザー中心にバッキングが作られているが、ギターによるカッティングがいい味を出している。
(作詞・作曲:小田和正)

6:愛を切り裂いて

松尾の作品。作詞は小田。後に「Love's on fire」のタイトルで英語化されている。
松尾のギターソロが堪能できる。清水が恐らく、Bメロの部分で下のメロディを歌っていると思われる。大間が叩いているドラムスは恐らくシモンズかそれに類するシンセドラム。
(作詞:小田和正・作曲:松尾一彦)

7:愛よりも

松尾の曲で、松尾と大間で作詞した。松尾は本作収録曲の事例にも見られるように、作詞はあまり得意でないようで、この後も外注したりしている。
本作はシングル「君が、嘘を、ついた」のカップリング曲でもある。ミックス等はアルバムヴァージョンと大差ないが、フェイドアウト部分が15秒程度短く編集されている。
本曲でも松尾のギターソロが聴けるが、こちらはやや大人しめ。その代わり終盤部の大間のドラムスは圧巻だと言える。
(作詞:大間仁世・松尾一彦、作曲:松尾一彦)

8:気をつけて

小田の作品。イメージ的には「言葉にできない」に近いのかもしれない。一番まではドラムスの類は控えめ。二番からバスドラムが少し大きくなり、サビでようやくフルに出てくる。
松尾によるハーモニカが良い効果を出している。オフコースは、サックスよりはハーモニカの方が似合う。
このハーモニカの部分をサックスで置き換えられては、一気に興ざめしてしまいそうだ。
これも後に「Her Pretender」のタイトルで英語化されている。
(作詞・作曲:小田和正)

9:ふたりで生きている

クロージングは小田による。恐らく清水・大間・松尾の三人は参加していないものと思われる。
歌詞にアルバムのタイトルフレーズが登場するので、事実上のアルバムタイトルトラックと言える。
「Over」で言えば「心はなれて」みたいな感じの作品。後年、テレビ朝日のドラマの主題歌に採用された。また、この曲の映像が「Movie The Best Year of My Life」に収録されている。
(作詞・作曲:小田和正)

アルバム全体の短評

最初にも言ったように、オフコースの名前で出したもの、としては、最後の傑作と言って良いものかもしれない。
発展的解消のような心持ちで鈴木康博が脱退し、残った小田が、いろいろありながらも残存の四人で当座はやっていこう、と。

少なくとも、小田はいつも通りの小田で居続けている。澄んだヴォーカルも相変わらずなら、キーボードワークも堂に入っている。
松尾のギターは、鈴木がいなくなった分、役割も増えて大変だが、それでも演奏を聴く限り、その負担を楽しんでいるフシが見受けられる。
清水のベースにしても同じだし、大間のドラムスにしても、これも同じようなことが言える。

ただ、どう言えば良いんだろうか。

確かに四人になったことによる、一種の開放感というか、五人の時とはまた違う高めのテンションがそこにはあったんじゃないか。
あのテレビ番組「NEXT」の頃から、とまでは言わないとしても、たぶん小田が清水の助言を受け入れて、四人での活動を決めた辺りからと言っても良いのかもしれない。
その頃から鈴木以外の四人には共通して存在していたかもしれない高揚感のようなものが、彼らを支配していたのだとしたら。

鈴木はソロアルバムを発表し、郷ひろみに曲を提供して、それが大ヒットすることで、独り立ちが間違いではなかったと認識できた。
一方のオフコース。いくら小田和正という強力な個性を持った核があるとしても、「やはり鈴木の脱退は良くなかったのでは?」と思われてはマズいだろう。

鈴木は鈴木自身の力量を証明する必要があったように、小田らのオフコースもまた、彼ら自身で何処まで高められるのかを、明らかにしたかったのではないか。

その指標になるべきなのが、本作「The Best Year of My Life」だったのかもしれない。そして、オリコンのチャートでは1位を獲得し、彼らもまたその力を証明してみせた……

……と思うのだが、この「四人期のスタートダッシュ」に注力した度合いについて、果たしてどのように見るべきなのだろう。

確かにアルバム自体のクオリティは非常に高い。

だが、彼らは「鈴木康博の不在」をあまりにも意識しすぎだったように思うし、そのことに拘りすぎなのではないか、という気もする。

いや、彼らが明示的にそれを意識していたわけではないと思う。しかしながら「ヤスさんが抜けてもオレたちやれるよ」と、清水に大間に松尾らはともかく、リーダーの小田までも、そう思い込んでいたのではないか。
それがどういう影響をもたらすかは、少なくともこの後に登場するアルバムの「as close as possible」や「STILL…a long way to go」で明らかになるだろう。
今までなら「オフコースでなければならなかった」はずのものが、「別にオフコースでなくても良いじゃん」に、前述の二作で変わったような気がするのだ。

木村史郎が指摘したように「男っぽくなった」のは、オフコースが「鈴木康博という存在」を敢えて消しにかかったことの証左だろうし、それは成功した部分もあるだろう反面、そうでないと思える面もあるんじゃないか。

鈴木がいなくなったのなら、そのありのままの姿を見せて臨んでほしかったように思う。
本作からは、どこかの歩兵連隊が「物理的な欠損で足りなくなった武器を補うために、今ある武器にプラスして必要以上の重武装をしたらこうなった」みたいな、そういう印象を受けてしまう面もある。

このアルバムの頃から、徐々に浮かんでくる違和感は、小田の思っていたように若い三人のメンバーが、その音楽面での実力的にも独り立ち可能になってきたことと不可分ではなさそうだ。
そうして精神的にも対等な関係になっていくであろう、彼らとの関係性をどう維持していくかを小田は考えていたのではないか。
まだ、清水は歳が近いので、話せば何となくわかるだろうが、松尾や大間は少し歳が離れているので、何処まで理解し合えるか。

もう一度言うが、「The Best Year of My Life」は名作の部類に入るべきだと思う。それは疑いない。仮に「オフコース四人期の」という注釈がついたとしても。

そのように考えると、本作はたぶん、音楽的にもグループの歴史的にも「オフコース名義で出される必然性が感じられた最後のアルバム」なのかもしれない。

基本的に他人様にどうこう、と偉そうに提示するような文章ではなく、「こいつ、馬鹿でぇ」と軽くお読みいただけるような文章を書き発表することを目指しております。それでもよろしければお願い致します。