Don't get angry with Hackney Diamonds~ローリング・ストーンズ最新作をレビューする

序章

もうミックもキースもお爺ちゃんだし、ビルはとっくの昔に一抜けたしてるし、チャーリーは死んだし、ロニーはいるけど、懐メロをアリーナでやって大ウケしながらフェイドアウトしたら、それもまた彼らしくて良いかも…。

少なくとも自分はそう思っていた。

たぶん、次に出すアルバムはローリング・ストーンズの終わりの始まりになるだろう、とさえ。

そして、その見立ては今も変わっていない。あまりにもゲストが多いし、それらに埋没はしないけれど、「A Bigger Bang」の時みたいに外部の参加者をほとんど要しない作品は、もうできないだろうな、と。

俺はこの作品をどう聴いたら良いのだろう。

リードシングルになった「Angry」を初めて聴いた時、ある種の困惑に近い感情が生まれてきてしまった。そんなことはローリング・ストーンズを聴いてきた中でも初めてのことかもしれない。
この感情は今も整理できていない。

アルバム全体について話すより、先ず個別の曲について話そうと思う。その方が個人的にも話がしやすい。
なお、予めお断りしておくがボーナストラックの「Living in a ghost town」は入っていないもの、として計上させてもらう。

01:Angry

オープンカーの上で踊り狂っている女性は、若手女優のシドニー・スウィーニー。
前に「Scarlet」のビデオクリップで男優のポール・メスカルを起用したことがあるように、これぐらいのレジェンドの作品であろうが、逆に物怖じしないところが良い。
アルバムのオープニングトラックとして考えてみると、景気づけには良いと思う。
強いて言うなら「Exile on main st.」のラストに入っている「Soul survivor」みたいなリフを刻んでくるところが良いかもしれない。

サビのキメフレーズにもあるように…

おまえは何で怒ってんの?

そんな風に訊かれて「これこれこういう理由だよ」って答えられるぐらいでは、まだダメなのかもしれない。
この曲にはたぶん「有無を言わせない何か」が潜んでいる。それを、ビデオクリップの中のシドニー・スウィーニーのあのクレイジーな踊りが示している。

この曲は日本のテレビドラマの主題歌にもなっているそうだが、そんな安っぽい「仕掛け」なんて不要だと思えるほど、この曲には底知れぬ強さを感じずにはいられないのだ。
(Mick Jagger/Keith Richards/Andrew Watt)

02:Get Close

やや落ち着いたグルーヴの曲。そこに何気なく絡んでくるエルトン・ジョンの摩訶不思議なピアノ。
変化球としては最高かもしれない。本人たちも半ばそういうつもりで作ったように思える。

本曲だけの話ではないが、だからこそエルトンの色を求めてはいけない。これは他ならぬローリング・ストーンズのアルバムだから。たまたま彼はこの曲などで腕を貸してピアノを弾いただけだ。

エルトンはあくまでもバックミュージシャンに徹している。それでいい。ストーンズの作品なのだから。
(Mick Jagger/Keith Richards/Andrew Watt)

03:Depending on you

アルバムの日本盤ライナーノーツにもあるように、これはまさしくミックとキースの真っ当な意味での「共作」なのかもしれない。
アレンジは少し凝っているが、それを敢えてミックは施したし、キースも承知している。
「Exile on main st.」を度々引き合いに出すようで恐縮だが、この曲のアレンジの成り立ちは、あれの「Torn and frayed」をイメージできるかもしれない。あれを現代風にやるとこの曲になるのかもしれない。
ここまでの3曲は作者の中に、本作でプロデュースを務めているアンドリュー・ワットが加わっている。
(Mick Jagger/Keith Richards/Andrew Watt)

04:Bite my head off

物凄いドライヴの効いたベースがポール・マッカートニーのそれだと聞いたら、むしろビックリするんじゃないか。
昔、「Aftermath」に入っていた「Flight 505」のファズがかかりまくったベースみたいな趣すらある。但し、ポールはもちろん「Flight 505」を知らないはずだ。
こういう作品でこそ、通しでチャーリーのドラムスを聴いてみたくなる。でも、もうチャーリーはいない。
だけど、ポールがもし、リンゴとでなく、チャーリーと組んだら、と思うと最高じゃないか。
たぶんポールは、ロックンロールに安易な迎合はしないだろうから、それでチャーリーと何らかの衝突が生じる。そこに生まれた緊張感がどんな効果を表出させるかに、興味は尽きない。
(Mick Jagger/Keith Richards)

05:Whole wide world

いい曲かどうかは難しいところだが、悪いわけでは決してない。そういう曲だろう。
「Undercover」辺りよりは、「Voodoo lounge」辺りにこっそり入っている感じはする。
アルバムの日本盤ライナーノーツにも触れられているように、曲の速さについて闘争があったようだ。でも、速くても遅くても、それなりの作品にはなっていたかもしれない。
なんというか、冬の鬱々したロンドン辺りで聴いたら、この曲は最もハマってくれるかもしれない。

一言で言ってしまうと、この曲からは「明るさ」が想起できない。作った本人たちはそういう感想を不本意だと思うかもしれないが、この曲にまつわるイメージは、決して「陽」ではないと思う。
(Mick Jagger/Keith Richards)

06:Dreamy Skies

てっきりこういうタイトルなのでドリーミーなポップナンバーでも並べるのかと思ったら、とんでもないカントリーブルーズを用意してきた。
キースはこれに於けるミックの歌唱が好きらしいが、ミックもそれに応える堂に入った歌唱を聴かせる。

敢えて「断絶」に身を置いた主人公を、ミックは淡々と演じている。それがたぶんキースには心地好かったのだろう。

この曲に限ったことでもないが「Blue and Lonesome」の頃に聴かせた現代的なブルーズの解釈を、この曲辺りでより広げていて、あの「Blue and Lonesome」への寄り道は決して不要ではなかったと思うのだ。
あのアルバムがあったればこそ、このような曲ができたということは言えるかもしれない。
(Mick Jagger/Keith Richards)

07:Mess it up

亡くなったチャーリー・ワッツのプレイをフィーチュアした曲がいくつかあるそうで、これはその一つ。
趣としてはディスコ的なものがあるようで、最初にドン・ウォズが関わっていた頃から既にそうだったらしい。ただ、やり過ぎは良くない、となってボツになったらしい。

だが、結局これは蘇ってきた。挙げ句、チャーリーのプレイがフィーチュアされた。
もしもチャーリーが生きていたら、という想像は、たぶん誰でも一度ぐらいはすると思う。その結果がどうなるとしても。それぞれの「生前のチャーリー・ワッツ」がいていいと思うし、いなきゃダメだ。

そういう「想像力」こそ、音楽を楽しむ上では大事なものだ。
(Mick Jagger/Keith Richards)

08:Live by the sword

まだ前の曲(「Mess it up」)はいい。この曲に至っては、チャーリー・ワッツどころか、ビル・ワイマンまでもがそこにいるのだから。
ストーンズからリタイアした後、自分のプロジェクトで悠々自適にやっているビル・ワイマンがどういう思惑でそこに参加したかは知らないが、話をもらった時、彼はどう思ったのか、ぜひ訊いてみたく思う。

なお、エルトン・ジョンがここでも顔を出しているが、あくまでも彼はセッションマンとしての役割を全うしている。その不気味な従順さが、逆に面白いと言える。
(Mick Jagger/Keith Richards)

09:Driving me too hard

良くも悪くも、「今のストーンズ」だと思う。「A Bigger Bang」の時の、得も言われぬテンションの塊ではなく、もっと柔軟で落ち着いた、そんな音を彼らが欲していたのかもしれない。
だからかどうか、この曲を聴いた後、すぐに感じたのは「ホッとした」という感情だった。今までストーンズの曲でそんなことを思ったことがなく、これはどういう感情の発露だろう、と思った。
それほどまでに、この曲は、クロージングに向けた大きな役割を果たしつつあるのかもしれないと思わせるに十分すぎるものだった。
だが、次の曲がクロージングを飾るわけではない。まだ続く。
(Mick Jagger/Keith Richards)

10:Tell me straight

本作にキースが歌う曲は一つもないのか、と思ったら、あった。このところのキースはこういう「締め付けられるような曲」をストーンズ向けに書いて寄越す

そして、この1曲だけでキースの世界が十分すぎるほど成立しているように思われる。
キースの曲に余計な口数は必要ないと思う。
(Mick Jagger/Keith Richards)

11:Sweet sounds of Heaven

何年か前にストーンズがステージでかのレディー・ガガと共演したのを見た時、「あの人、ストーンズを喰いまくるよな」と予想した。

しかし、レディー・ガガはストーンズへの敬意は最大限に表した上で、その時点での彼女にできる最高のパフォーマンスをした。

そして本作への参加。レディー・ガガという人の底知れぬ歌い手としての強さを感じずにはいられない。
これを否が応でも盛り立てるのが、ストーンズのソウルくさい演奏以上に、スティーヴィ-・ワンダーの魂のキーボードワークだったりする。これは何なのだ、とたまげた。

驚いたのは、レディー・ガガという人のとんでもない才能。そしてそれを受け止めるミック・ジャガーの懐の深さ。

俺は仮にこれが「ローリング・ストーンズが示す、彼らなりの『絶唱』、つまりは『スワンソング』の一つ」だとしても、それを受け入れる用意があるとさえ言うであろう。

このど迫力を前に、誰が文句を言えようか。
今時の若い連中の言い方をするなら、これは「かなりヤバい」作品だ。
一分の隙もないほど緊張感に包まれたこの曲を、何人たりとも通り過ぎていくことはできない。
仮に逃げおおせても、スティーヴィー・ワンダーががっしりと捕まえて離そうとはしないだろう。

最後の最後に、ローリング・ストーンズはとんでもない謎かけをしようとしている。
(Mick Jagger/Keith Richards)

12:Rollin' stone blues

バンドの名前の由来でもあるマディ・ウォーターズのこの曲についてくどくど説明する必要はあまりないかもしれない。

だけれども、彼らは敢えてこの曲をやった。それも、メンバーの半数近くがいなくなったこの時代に。
それは、ローリング・ストーンズが近い将来現役のバンドとしてではなく、過去のモニュメントになるかもしれないという覚悟をしておけよ、という彼らなりのメッセージなのかもしれない、と思った。

だからこそこの曲は、他と違ってモノラルで録音されている。この曲だけはステレオではダメなのだ。

個人的にこの曲は活動歴およそ60年超のローリング・ストーンズの最後の挨拶になるであろう可能性は高いと感じている。もちろん、ミックもキースもロニーも生きていてバンドが存立する現段階では、そんなわけはない。

だが、結果としてそうなってしまうことは考えておきたい。誰かが言っていたような気がするが、ローリング・ストーンズとは究極の一代芸なのだ。誰一人、あの芸を継承はできない。

繰り返すが、今はまだバンドも無事だし、彼らも活力に満ちている。だからそんな話は現実的ではない。
だが、現実として彼らはすっかり歳をとってもいる。今は活気に満ちて元気であってもそうなる可能性は頭の片隅に入れておくべきなのだろう。

俺は、そうなったとしても、ならなかったとしても、この時代にこの曲を問うてきたことに深く敬意を表したい。

それどころか、あの歳だからこその深みを感じさせる表現が、全ての理屈を超越すると感じる。

なお、これは願望なのだが、もし、日本盤のボーナストラック「Living in a ghost town」を続けて聴く時は、数十秒の間を開けてから、聴いてほしい。
シームレスとかで聴いてはダメだ。
(Muddy Waters)

アルバム全体

この「Hackney Diamonds」が出るとは、自分は全く予想していなかった。恐らく「Blue and Lonesome」がバンドのグランドフィナーレになってしまうかも、とすら思っていた。

だからこそ、これを制作し、出したことに素直に驚いている。

今回プロデューサーの一角に名を連ねるアンドリュー・ワットは、非常に若い気鋭の人物だ。

彼と仕事をした連中をざっと挙げてみると、オジー・オズボーンやイギー・ポップ、このアルバムにも参加しているエルトン・ジョンやスティーヴィー・ワンダーの名前も出て来る。
間違いなく近年の音楽シーンの顔役の一人、ということは言えるだろう。

そんなワットにヘルプを仰ぎながら、ローリング・ストーンズもできる限り若くあらんとしている。
もちろん、年相応に振る舞ってこそいるが。

18年前の「A Bigger Bang」が、結果的にゲストを絞った作品だとすると、今回は反対に多くのゲストとの共同作業で成り立っている。

レディー・ガガはもちろんだが、ポール・マッカートニーやスティーヴィー・ワンダーなどの古なじみ、エルトン・ジョンまでがいるのだから驚いてしまう。
そして何と言っても、ビル・ワイマンまでがここにいる。これを驚くなという方が無理だし、あまつさえワイマンは、チャーリー・ワッツと「共演」すら果たしている。

更に驚いたことに、例えばマット・クリフォードの名前が多く見られる。彼はかつて「Steel Wheels」などでも大きく腕を振るった人物だが、今でもこうして頼られている。
そればかりか、一部の曲にはかつてプロデューサーに名を連ねたドン・ウォズの名前すら見られる。
それを見ても何となくわかるのだが、長らくコツコツと制作は続いていたのかもしれない。
恐らくはチャーリー・ワッツが存命の間に、このアルバムを完成させたかったのではなかろうか。そんな気がしてならない。

残念ながら、それは叶わなかったものの、今こうしてこの作品は日の目を見ることになった。

アルバムは、リードトラックの「Angry」が象徴する「怒り」よりは、むしろもっと根源にある個人的な葛藤のような思いに根ざしているのではないか。
そう思えば、このアルバムは非常にパーソナルな心情に基づいた作品集だと言えるように思う。

12と数を絞った作品群は、パワーとエネルギーに満ちている、とまでは思わない。
それはそうだ。あれはどう考えても若々しさとはかけ離れた作品群のようにしか見えない。
だが、今の年齢だからこそできる円熟なんだろうな、と思わずにはいられない。

この先、現役バンドとしてストーンズが我々を驚かすことはなかなか難しいかもしれない。だからこそ、その終焉を迎える心づもりは必要なのだろうと感じてしまう。
くどいようだが、もうバンドの大半は80のお爺さんたちだ。そのことは頭に入れておくべきだし、入れていなければウソだ。

あの長寿こそ奇跡なのだ。

この先、何年バンドが継続するか、誰にもわからない。もちろん彼ら自身にもわかりはするまい。

活動歴60余年の彼らが、今もこうしてアルバムを出せていることを喜んでおければ良いのだろうが、くどくど言うようにそのリミットも迫りつつあることは覚えておくべきだと思う。

とりあえず、ローリング・ストーンズの名の下にこれら作品集を楽しめることを、我々ファンは喜んでおくことしかできないだろう。

基本的に他人様にどうこう、と偉そうに提示するような文章ではなく、「こいつ、馬鹿でぇ」と軽くお読みいただけるような文章を書き発表することを目指しております。それでもよろしければお願い致します。