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オフコースのオリジナルアルバムを勝手にレビューするシリーズVolume11:「Over」

やや順番が前後したが久々にやろう。ということで「Over」だ。

このアルバムぐらいになると、1曲の長さが極端に長くなりがちで、4分未満の短いのは「心はなれて」のインスト版と歌入り、それに4曲目に収録されている「ひととして」(海援隊とは同名異曲)ぐらいなものだろう。
というわけで、例の如く敬称略。中黒についてはもう触れない。

序説

この辺りから、オフコースの解散説が出始めてくる。それは、鈴木康博が脱退を希望していたからだが、彼とて小田をはじめとする他のメンバーを嫌悪していたわけではない。
オフコースというグループの枠から、抜け出してみたいという、音楽家としては実に素直な欲求が、彼を脱退に走らせた。
既にこの頃、鈴木の脱退は決定づけられており、小田は長年の盟友である鈴木抜きでオフコースを継続することには消極的だったと言われる。

この頃を描いている本で、最も有名なのはこれかもしれない。

スポーツライターとして著名な故・山際淳司の「Give up」がそれだ。時期としては「We are」辺りから、次作「I LOVE YOU」の後ぐらいの頃までを含んでいる。入手は難しいかもしれないが、ぜひ一読をお勧めする。

本書でも何となく触れられてはいるが、先述の通り、この時期になると鈴木の脱退はほぼ既定路線であり、その終幕のつけ方をどうするか、という話し合いがあったようだ。
その中では、武道館10daysの後に横浜でのコンサートを行おう、というアイディアもあったらしい。しかし、結局それは実現しなかった。その代わりというわけでもないが、例の「NEXT」という番組が制作された。

さて、「Over」に戻ろう。

このアルバムのレコーディング風景は、NHKが当時「若い広場」という番組で捉えて放送していた。

私はこのDVDを持ってはいないが、番組自体を視聴したことはある。オフコースがこの頃、どういうレコーディングをしていたのか、彼らの曲はどういうプロセスを経て制作されるのか。それが、余すところなく描かれた。

ジャケット写真及び歌詞カードに掲載された写真は、「We are」ツアーの最終日に「僕等の時代」を演奏した時の風景らしい。

アルバムとしての完成度は、たぶん著しく高い。9曲どれも高いクオリティを保っている。ビル・シュネーのエンジニアリングも、この頃になるとグループの個性を十二分に捉えたものとなっているようだ。

だが、楽曲の内容的に充実した作品である反面、「We are」の時にも述べたが、彼らの音楽の飛躍的成長が、彼ら自身を幸せにしたわけでは、必ずしもないんじゃないか、という気がして仕方がない。

もちろん、小田が悪いわけでもなければ、脱退を決意した鈴木が悪いわけでもないし、清水や松尾や大間が悪いわけでももちろんない。ビル・シュネーのせいでもない。

一つ言えるのは、オフコースは恐らく、終わり方を間違えたのではないか、ということなのかもしれない。私にはそんな気がしている。

この辺りは、次作「I LOVE YOU」のところで述べたい。

曲は全部で9曲しかない。

1:心はなれて~instrumental~
2:愛の中へ
3:君におくる歌
4:ひととして
5:メインストリートをつっ走れ
6:僕のいいたいこと
7:哀しいくらい
8:言葉にできない
9:心はなれて

1と9は同一曲で、1はストリングス中心のインストゥルメンタル、9はピアノ主体の伴奏による歌入り曲。1・2・4・7・8・9が小田の作品であり、鈴木の作品は3・5のみ。松尾の作品が6のみ。
鈴木と松尾の作品には全て大間が作詞に加担しており、鈴木の5には加えて安部光俊が、松尾の6には小田と松尾自身も加わり、作詞をしている。
鈴木も松尾も歌詞を書くこと自体はかなり苦労していたようで、特に鈴木の在籍末期の曲の多くは他人を頼ることも増えている。
これに対して、小田の曲は全て小田が一人で賄っている。

1:心はなれて~instrumental~

聴けばわかるが、文字通りのインストゥルメンタルである。この時期に出ていたオフコースのインストゥルメンタル集である「From me to you」というアルバムがあるが、あれに収録されていたら肯ける作品だったろう。
布袋寅泰が、彼の最初のソロアルバム「GUITARHYTHM」でストリングスでアレンジした「LENGED OF FUTURE」という楽曲を冒頭に収録していたが、あれみたいなものだろう。
ビックリするほどの名作でもないと思うが、最終盤に収録される本曲の歌入りの予告篇だと思えば良いだろう。
(作曲:小田和正)

2:愛の中へ

数年後に渡辺徹が同名の曲を歌うが、全く別の曲である。アルバムと同時にシングルカットされた作品だ。
前年にシングルカットされた「Yes-No」の亜流みたいな作品であり、ギターソロ部分は松尾の「せつなくて」に近いものがある。
カップリング曲は、1978年のクリスマスイヴに放送されたFM東京のラジオ番組「パイオニア・サウンド・アプローチ」で企画された音源が元になっている「Chirstmas Day」で、小田と鈴木の共作ということになっている。
(作詞・作曲:小田和正)

3:君におくる歌

鈴木の作品。翌年にシングルカットされる「言葉にできない」のカップリング曲でもある。作詞は鈴木と大間。
非常にゆったりした歌メロの作品だが、その分、少々テクニカルなパッセージを含むギターソロが特徴的だと言える。寡作気味だった当時の鈴木の作品では、好感を以て捉えたい作品。
エンディングのギターソロの前に小田が、歌っていたコーラス部分の最後に特徴的な歌唱をする。
(作詞:鈴木康博・大間仁世、作曲:鈴木康博)

4:ひととして

小田の作品。冒頭以降度々登場するのは富樫要によるフリューゲルホルン。少し複雑なコーラスワークが聴かれる作品で、終盤に松尾が高音部で大活躍する。間奏のハーモニカも松尾のはず。
如何にも当時の小田らしい作品であり、正直なところ、小田はこの曲をどのように位置づけていたんだろう、という気もする。
(作詞・作曲:小田和正)

5:メインストリートをつっ走れ

鈴木の作品だが、作詞は鈴木と大間、それに安部光俊。翌年にリリースされたシングル「YES-YES-YES」のカップリング曲でもある。採用されたヴァージョンは、本作と同一。
鈴木には、いくつか一人称が「俺」の曲があるが、本曲もそうした作品の一つ。これは安部の影響か大間の影響かは不明。
またヴォーカル録りをアルバムのレコーディング最終日に実施したという。
(作詞:鈴木康博・大間仁世・安部光俊、作曲:鈴木康博)

6:僕のいいたいこと

序盤はリズムマシンによる淡々としたリズムから入り、やがて生ドラムが入ってくるという、松尾による、ある意味、プログレッシヴな風味のある実験作とも呼べる楽曲。
メインメロディの他に2番までと、3番の後半部にはカウンターメロディがあり、これも良いアクセントになっている。
作詞は松尾と小田と大間。本作は「NEXT」でも効果的な使われ方をしていたように記憶している。
(作詞:松尾一彦・大間仁世・小田和正、作曲:松尾一彦)

7:哀しいくらい

小田の曲。このテイクに於けるサックスはGary Herbig。シングルにはなっていないが、名曲とはされている。
ところで、この曲はちょっと珍しい変遷を辿っている。彼ら自身で二度ほど英語詞でリメイクされている、ということ。
最初はシングル「緑の日々」のカップリング曲となった「City Nights」であり、もう一つはその後、アルバム「Back Streets of Tokyo」に収録されることにもなった「Melody」だ。
前者は「アメリカでやってみたい」という漠然とした希望を持っていた頃に作ったデモテープの中の一曲で、後者は1985年に制作したアルバム「Back Streets of Tokyo」の中の一つに選ばれた。
前者の作詞はJimmy Compton、後者はRandy Goodrum。後者のGoodrumはその後もオフコースや小田と多くの仕事をすることになる。
例の「若い広場」の番組中にこの曲の変遷する様子が取り上げられており、Aメロなどは初期ヴァージョンと感性テイクとではかなり異なっている。
(作詞・作曲:小田和正)

8:言葉にできない

小田の作品で、ストリングス編曲も彼。「NEXT」に登場するメドレーにはイントロのギターのパッセージしか登場しないが、強烈な印象を残している。また、6分以上ある非常に長い作品でもある。
ソロになってからも大変に著名な作品で、明治安田生命のコマーシャルに於いて、大変に印象深い使われ方をしている。
小田によれば「ラララ」のフレーズは元からアイディアとしてあったのだという。メロディを修正していく中で付随する歌詞もいくつか浮かんできて、最終的に今の形になったのだという。
ツアーでは、この曲の演奏時に映画「ひまわり」のワンシーンを流すという演出がされたことがある。
他に、武道館10daysの最終日や後年のラストコンサート「The Night with Us」で、本作の歌唱中に小田が言葉に詰まって歌えなくなったことがある。
エンディングにぼんやりと聞こえるのは「We are over thank you」というメッセージ。そのメッセージで、少なくとも5人のオフコースが終焉に向かっていることを示唆しているとも取れる。
(作詞・作曲:小田和正)

9:心はなれて

エンディングは小田の曲で、小田のピアノとストリングスだけの簡素な伴奏になっている。オープニングではストリングスカルテットの演奏するインストゥルメンタルになっている。
後年の「The Best Year of My Life」に於ける「二人で生きている」みたいな色合いの作品と言うべき。
改めて考えるに、「Over」というアルバムは、この曲をオープニングとエンディングに配した組曲的な作品、と言えるかもしれない。
(作詞・作曲:小田和正)

アルバム全体の短評

本作は、コンサートで言えば、クライマックスを飾る作品、と言えるかもしれない。

ただ、「We are」の時にも思ったのだが、本作を巡る評価は、またしてもとても難しいものになっていると言わざるを得ない。

傑作か否か、と言えば、断然の傑作だろうと思う。確かに5人期のオフコースにとって、技術的にも音楽的にも上り詰めた作品、という言い方ができるだろう。そこは否定してはいけない。

クオリティが信じられないほど高まって、商品としてこれほどまでに心地好い作品が供給できるようになったオフコースではあるが、「We are」の時にも言ったが、そのクオリティがグループ自身を幸せにしたのかどうか。
このアルバムの前にリリースされたシングル「I LOVE YOU」の、如何にも雑然としたアレンジや音作り、ラジオの企画で制作された「Christmas Day」で聴かれるチープな音像などに、何故か安心する自分がいる。
確かに「We are」以降、アルバム「I LOVE YOU」までの3作は、5人期のオフコースの頂点を極めたと言える。
だから、それぞれがリリースから40年近く経過した現在に於いても、非常に高い評価を受けるに至っているのだと思う。

ただ、グループとしての音楽そのものや演奏面、サウンドなどのクオリティと引き換えに、何かを失わざるを得なかったオフコースの、我々外野の人間には窺い知れない苦悩を内包した作品、と「Over」を考えてしまう。

本作の後にリリースされたシングル「YES-YES-YES」で「あなたを連れて行く」とした先が何処だったのか。今となっては、たぶん小田にしかわからないだろうし、それどころか、小田にすらもわからないのかもしれない。

この後、本作にまつわるツアーが続行され、その大団円の舞台として例の武道館10daysがあった。
そして、余韻のような「I LOVE YOU」というアルバムが登場し、更にコンサートのアンコールじみたテレビの特番「NEXT」が世に問われて、その後、鈴木の脱退を以て5人期のオフコースが静かに幕を閉じた。

そんな混沌を交えた一時代の終焉を迎えようとする時のプレリュードみたいなもの、という位置づけで、私は本作を捉えている。

基本的に他人様にどうこう、と偉そうに提示するような文章ではなく、「こいつ、馬鹿でぇ」と軽くお読みいただけるような文章を書き発表することを目指しております。それでもよろしければお願い致します。