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実例 手紙の事典

実家で、亡くなった父の部屋の整理をした。

いや、正確には整理をしようと思ったが、机の引き出しから思い出の品を見つけたり、本棚の本を出して読み耽ってみたり......。

まぁ、作業は進捗しなかったけれど、面白い本を持ち帰ることができた

『実例 手紙の事典』
文学博士 吉田精一 編
集英社 刊


奥付には、
昭和44年10月20日 第1刷発行
昭和58年11月25日 第24刷発行
とある。

わたしにとっては、昭和58年というとそれほど昔という気もしないのだが、中身を読んでみると、プッと吹き出してしまうほど、古臭い例文もある。

小説家など著名人の貴重な手紙文も掲載されていて、興味深い。


そんな中で、たまたま頁をめくっていて、なんかいいなぁ、と感じた手紙をご紹介してみたい。

砂糖とクリームはひかえ目に

〈会社員・後藤正一氏からうらやみを兼ねたお祝いを友人へ〉封書

武君 君の結婚が、こんなにも僕の気持を高ぶらせるなぞ、ついぞ考えてもみなんだことでしたよ。今夕、社を退けて、おいどうだネと夜の街に誘いをかけようと受話器を握ったら、君が結婚して、いま蜜月にあると気づいたときの気持を、どう伝えたものだろう。妙にこうなつかしいようで、物足りないようで、してやられたといまいましいようで、そのくせそれらをすっかり自分のよろこびとしていたのです。電車にゆられている間、夜ふけの街を歩いていた間、僕のこころはあたたかいさびしさに満たされていたのだ。
 そんな風でしたから、記念になるものと思っても、べつに妙案もうかばず、一抹いちまつの恥ずかしい感情も添えて、ここにコーヒー・セットを差し出します次第しだい。まあときには、このポットで、このカップで、コーヒーを楽しんでいただければそれで十分、僕の目的は達せられたことになる。
 注意事項一つ。砂糖とクリームはひかえ目にすること。なぜなら、そうでなくても君たちがかもし出すものは甘いのだから。ねがわくば、出来るだけ早急に、かつ君によく似た赤ちゃんを生み出してくれたまえ。
           後藤 正一

(p104〜105 原文のまま抜粋)


愉快なような
微笑ましいような
回りくどいような

時代を感じますね。

用件を簡潔にいえば「お祝いにコーヒー・セット送るね」ということになります。


でも、こんな手紙をもらったら、きっと捨ててしまうことなどできないでしょう。