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異国の集団に5時間混ざり、性格が開花した27の夜


先日、日雇いのサイトを通して、あるバイト先で1日だけ働くことになった。

あまり詳細を書くとどこのバイト先かばれるので端的に書くが、まあ結構おしゃれなメキシカン料理屋さんだ。

緊張と少しのわくわくを募らせながら店内に入り、地下へと続く階段を降りると、お店の外観では想像つかないほど広々とした空間が広がっていた。


(ちょっと広すぎるんですけど〜、そんな話聞いてないんですけど〜)


広々とした飲食店で働いたことのない僕は焦りを感じつつも、広い地下部屋というだけで心が躍った。


(とりあえず誰か従業員に話しかけないと、、)

レジ横に女性2人を発見。

だが、明らかに日本人ではない。
日本語が通じるかはわからないが、恐る恐る話しかけてみた。


「、、あの、日雇いバイトできた中村です」


「、、ああ!こちらです!」


黒髪が美しいその女性は、曇った顔を光らせ、笑顔で対応してくれた。

どうやら日本語が話せるみたいだ、よかった。

更衣室へ案内され、服を着替えた。

3年ぶりくらいに白いワイシャツを着たのでなんかそわそわした。

着替えを終え、ホールに出ると10人ほどのスタッフがいた。
だが、全員外国人だった。
そして、客も外国人だらけだった。

景色が異国すぎた。

(今からここで働くのか、大丈夫かな)

すると、日本人のオーナーらしき人から話しかけられた。


「じゃあ今日はホールをお願いね」


(ちょっとホールは厳しそうなんですけど〜、見渡すかぎり外国人ばっかなんですけど〜洗い場とかがいいんですけど〜)

思ったことは口に出さず「わかりました!」と元気よく答えた。


「僕は表に出ないから、今日はこのマリア(仮名)に教えてもらってね」


目の前にはこれまた黒髪が美しい小柄の女性が立っていた。

挨拶すると、マリアが話しかけてきた。

「お酒すき?」

「んーまあ結構すきです」

その僕の返答に対して、マリアはすごく笑ってくれた。
聞かれたことを普通に答えただけなのにこんなにウケるんだ、外国人って明るいな。

ウケた気持ちよさに浸りつつ、女性はやっぱり明るければ明るいほど可愛いなと思った。


お酒がすきだということで、マリアは僕にドリンク運搬担当を命じた。

マリアからテーブル番号を教えてもらったあと、キッチンに案内された。

キッチンを覗くと、15人ほどスタッフがいたが、またしても全員外国人だった。

(まじか、この店で日本人のスタッフ俺だけやん、えぐいって)


不安すぎたが、普通に生活していて絶対に巡り合えないこの異質な状況に、また少しわくわくしている自分がいた。


そこからは目まぐるしかった。

広いホールはすぐに満席になり、とてつもなく忙しくなった。

気付けば僕はホール中を駆け回っていた。

それに加え日本人の客は、この空間で唯一いる日本人の僕に集中的に話しかけてくる。

僕が1番不慣れなのにも関わらず。

メニューや料理について聞かれても全くわからないのに。

わからないことがあるたびにマリアに頼った。

マリアはいつも笑顔で教えてくれた。


このレストランでは、サプライズでケーキに花火が刺さったものを歌と演奏にのせて届けるという演出をおこなっていた。

サプライズされた側は驚き、感動する。

他の客も拍手をおくり、ホール内が一体化する。


とてもほっこりする光景だが、僕はそれを12回ぐらい見た。

最初の方は僕も感動し、心を込めた拍手をおくっていたが、回数を重ねるたびに拍手が流れ作業のようになっていくのが自分でもわかった。

でも、客からすると毎回が1回目。
そのことを自分に言い聞かせ、流れ作業の拍手から心を込めた拍手に無理やり修正していた。


店は広くて満席、スタッフは外国人しかいない、日本人の客は僕にばっか話しかけてくる、メニューがスペイン語だらけでよくわからない、サプライズが多すぎる、もう色々なことが相まってとにかく忙しかった。

だが、どんだけ忙しくてもマリア含め他のスタッフは、嫌な顔ひとつせずなんでも教えてくれた。

それどころか、スタッフたちは皆ずっと楽しそうだった。

めちゃくちゃ忙しくて走り回ってる最中に、急にマリアからこしょこしょされたりした。

ホールのど真ん中で丸めたティッシュを空中に投げ、キャッチしながらお皿を片付けるスタッフもいた。

女性スタッフ同士で軽い口論になり、最終的に片方がほっぺにキスをしていた、された方は笑いながら嫌がっていた。

洗い場の人はいつ見てもずっと歌っていた。

みんながみんな明るすぎた。

明るいのはまだわかる、それはまだわかるが、こんなに忙しいのにその明るさを保てるところに衝撃を受けた。

どんだけ明るい人でも、普通は余裕がなくなって険しい表情の一つや二つしてしまいそうなのに、なんて楽しそうなんだ。

そして、そんな楽しそうなみんなが可愛く見えて仕方がなかった。

ぜったい人間ってこうあるべきやん、そう思えた。


すごく忙しくて大変だったはずなのに、バイトが終わった後は爽快感で満ち溢れ、楽しかったという思い出だけが残った、とても良い夜だった。


それからというもの、僕の生活は一変した。
一変というほどでもないが、僕からしたらとんでもない変化が起こった。

前の僕なら絶対に話しかけないシチュエーションで話しかけたり、絶対に言わないような言葉を言ったり、絶対に行かないような場所に行ったりと、無意識のうちに性格が明るくなったのだ。

そんなに仲良くない人に自分から世間話をふっかけ他愛もない会話をできるようになるなんて、しかもそれを楽しいと思えるようになるなんて、こんな聖人みたいなこと僕には一生無理だと思っていた。

だが、今はそれができる。

バイト先で全く喋らなかった僕が、皆に話しかけている。

この姿を誰が想像しただろうか。

自分が明るくなればまわりも明るくなり、必然的に楽しくなる、こんな簡単なことに27歳でようやく気付いた。


でも、皆に明るくなれとは言わない。

性格なんて人それぞれで正解なんてないから。

「みんな違ってみんないい」とはよく言ったものだ。

だが、今からでも明るくなりたいという人がいればぜひ応援してあげたい。

明るくなろうと思って明るくできるほど簡単じゃないことはわかっている。
何か明るくなれるキッカケが必要なんだと思う。

そんなとき、そんな人におすすめしたいことがある。


「異国の集団に5時間だけ混ざる」


たったこれだけ。

たったこれだけで世界が変わるはず。

少なくとも僕は変わった。

今日だって、髪を切ってくれた床屋のおばちゃんと花火大会の話をした。
しかも自分から。

何気ない会話が心地良かった。

単純に僕が歳をとったせいの可能性もあるけど、それにしてはタイミングが良すぎるではないか。


よし、みんな海外へ旅に出よう。

海外に行って異国の文化に触れよう。

話はそれからだ。

まあ、僕は人生で1回も日本を出たことはないし、出る勇気もないのだけれど。


じゃあ、とりあえずメキシカン料理屋さんに1人で行くとこから始めるとしよう。

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