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お絵描きと対話

メンタルヘルスの界隈での「絵」とは、どんなものが思い浮かぶだろうか?

理論とデータに基づく描画検査
描画の分析的解釈
子ども、病気・障害を持つ人を対象としたアートセラピー
クライアントと関係を作るための介在物としての描画
アールブリュト

これらが、わたしの思うところの「メンタルヘルスにおける絵」のイメージである。

ところで、わたしの知人に、絵を描くことを生業にしている人がいる。

彼女はたまに「お絵描き講座」なるものを開いている。
対象は大人である。
画家やイラストレーターを目指すための教室ではない。
単純に「一緒にお絵描きしましょう!」という呼びかけだ。「お絵描き」ということばのとおり、ボールペンや鉛筆、サインペンなど、身近に転がっている筆記用具で、ちょこちょこっと描く絵。「イラスト」というか「らくがき」というか「いたずらがき」というか。

来る人がいるの?と思うが、意外に人気である。
もともと絵を描くのが好きな人、保育士さんなど絵の近くにいる人もいるが、まったくお絵描きとは無縁だった人がむしろ多い。「なんとなく面白そう」とわらわらと集まるようだ。なかには元政治家というユニークな経歴の人もいる。

みな最初はおっかなびっくり、そろそろと線を描くのが精一杯。だが、回を重ねるごとになんだか楽しげになっていく。線に力強さが生まれ、自由に伸びやかになる。なかには独り言をいいながら夢中になっている人もいる。手が汚れることも気にしなくなる。顔が自然にほころんでいる。まるで大人の幼稚園だ。

そのうちに、互いの絵をのぞき込みながら、感じたことを言い合うようになる。「いいですねー」「これはなんですか?」「わたしはこんなふうに描きましたよ」「あなたのこのあいだの絵を見習ってみたのです」。ジャッジもアドバイスもない。相手の良いところを見つけ、自分の絵もおもしろがる。失敗だと思っていたところを「味がある」と褒められる。場がなごみ、温かくなっていく。月に一回のお絵描き講座が、いつのまにか居場所になっている。

はたで見ていると、一番楽しそうなのは、講師の彼女自身だ。だが、実は彼女は、入念な準備をしている。どんな内容で、どんな説明をして、どういうふうに進行したら、みなが緊張せずに楽しめるか。彼女の事前のメモ書きには、アイディアと気をつけるべきことがびっしり書き込まれている。

対話とは、狭義では、言語を介したものであろう。
しかし、「お絵描き」もまた広義の対話ではないか、と思う。彼女のお絵描き講座は、対話の場だとわたしは思う。

彼女は「対話は、誰でも、どこででも、何を使ってもできる」ことを教えてくれる。対話とは、本来、肩肘はらない、いつでもすぐそばにあるものなのだと思う。






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