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ととのえないよ、湿度では

深夜ひとりの事務所で
久しぶりに最後の一人になった。事務所を閉めてエレベーターに運ばれながら、最終確認の印鑑をひとつ押し忘れたことに気づく。心の中で失態に毒づきながら、同乗者をおろし元のフロアへ。面倒さゆえ暗闇で刻みつける朱の円に、ひっそりと覚える高揚感。誰も居ない深夜の仕事場が好きなのは、頑張っている自分を認めてあげられる気分になるからだ。残業は決して正ではないが。

チョウブン
noteのような長文は書けるかの波があって、乗れたら何本も書けるけど乗らない時は読めすらしなくなる。時々言葉の海に漂わせる、なり損ないの「呟き」という弔文を、たまにこうして供養できる夜が来る。風を感じる帰り道では書き出しから締め方まで想像できるのに、テレビをつけた瞬間に思考がもぎ取られてしまうから恐ろしい。数日前に感じた秋の訪れは大型台風のせいで家出してしまったようだ。災害レベルの頻発加減に地球の限界を感じる。或いは人間が此処で生きていくことに対して。

怠惰
伸びすぎたネイルがたたく画面、無用に生まれる誤字を消しては、馴染めない街を想う。行きつけのサロンを見つけられないまま次の地へと流離う予感はきっと当たる。爪を綺麗にするのは決して必要でも急でもないが、それがあるから頑張れる時だってある。それが転じて怠惰の目安であり、伸びすぎても取れてもメンテナンスに行けない時は身体もそうだが心がやられている。「多忙は怠惰の隠れみの」というフレーズを思い出す。

ととのう
手に持ち歩いていただけで携帯が水没する未来も遠くない、などとくだらない想像に至るのは文字通り熱に浮かされているからだろうか。いや、その頃にはその概念も無いくらい防水性に長けているのかも。サウナが流行っているからと言って、こんな不快な湿度では到底"ととのう"ことはできない。違う理由で伝ってみせろよ、と自虐ごと拭い去る。仄暗い部屋のベッドで、眼の前の髪から滴る汗がこの頰を打つ瞬間の、言い知れぬ愛おしさを想起する。もう奪われているとしても、心ごとあげたいと想う、スローモーション。ととのい方なんて知らないし、ととのえてなんかやらない。じっとりとした外気はまだ手放せない情念のようで、正しい有り体なんて解らず、揺らいでいる。


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