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【9】すぐできなかった納骨と支えとなった母の言葉。

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2018年の死産した時のお話です。
当時のことを
できるだけリアルに書いています。
苦手な方やショックを受けてしまうと
思われる方はご注意下さいね。
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【8】はこちらからお読みいただけます⭐︎↓


環菜の肉体がお空に帰ってから、
心に穴が空いてしまったような気がしました。



何をしていいか分からなくて、
何を考えたらいいか分からない。



絶望しかない。


初めて夫に


「この世からいなくなりたい」


と言ってしまいました。


自分からこんな言葉が出る日が来るなんて
思ってもいませんでした。


ひたすらベッドで横になり、
自分を責めて、
後悔して、
泣いて、
家から出れない日が続きました。




何日か経って、
ようやく久しぶりに外出した時に、
今までは平気だった人混みが、
どうやってかわせばいいか分からず、
人をうまく避けられない。




実家にもなかなか帰れませんでした。
合わす顔がないし、
何て言われるか怖かった。




しばらくは
夫以外とは誰にも会いたくありませんでした。




1人で行動したり
うまく話すことができず、
何をするにも夫に同伴してもらっていました。


人と話すのが怖くなっていました。


それから
納骨はすぐにはしませんでした。



一般的には火葬したらすぐに、
お墓に納骨されることが多いと思います。


身内には


「成仏できないから早い方がいい」



と言われ、


水子供養してくださったお坊さんにも


「いつまでにという決まりはないけれど
 早い方がいいですよ。」

と言われました。


けれども、
私は自分のそばに
環菜にいてほしかったので
自分が納得するタイミングまで
待ちました。


納骨は亡くなってから
7ヶ月後に行いました。


実は、
環菜が亡くなってから、
追いかけるように、
実家の犬が亡くなり、
またその後に
私の祖父が亡くなりました。


半年間で3つの命が亡くなり、
家族みんなが
気を落としていました。


立て続けに大切な存在が
この世から去っていき、
悲しみは増えました。


でも、
祖父の四十九日が近づく頃、


「私のおじいちゃんと環菜が
 天国で出会えるといいな。
 納骨をしたら、
 環菜の魂も天国へ向かうことが
 できる気がする。」


という気持ちが湧いてきました。


納骨する前に、
分骨して、
骨の粉をブレスレットにできるものを、
夫婦でお揃いで作りました。



納骨してからは、
気持ちがすっきりした部分もありました。



だからといって
寂しさや悲しみはなくなりません。


でも私の中では、
一つの区切りになりましたし、
環菜の魂は骨壷の中には
既にいないような気もしました。


深い悲しみを感じながら
過ごす日々の中で


私の大きな支えとなったのは
母の言葉です。




目の前に環菜がいなくて
どう生きていっていいか分からなくて
悲しくて仕方がない時に
母に気持ちを聞いてもらいました。




母は  


「環菜ちゃんは、あなたの目の中にいて
 あなたと同じものを見て
 同じことを感じているよ。」



と言ってくれました。


その言葉は自分の中にすっと入ってきました。



肉体はなくなったけれど、
魂は存在している気がする。
自分は大丈夫。
環菜は寂しい時やそばにいてほしい時は
きっと私の中にいるんだ。



そう思えるようになっていったんですね。



続きます。




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