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金木犀 3

(金木犀 2 の続き)

その頃の朝のルーチンは、ちょっと早めに教室に着き、バルコニーから青空廊下が一番よく見えるポジションに陣取り、マリコちゃんが現れるのを待つことだった。何故か、マリコちゃんは、いつも必ず見上げて手を振ってくれた。

どちらかと言えば一匹狼的で少し大人びたマリコちゃんは、クラスメイトからの風当たりも強かったようだ。ある放課後、私がいつも通り外の風に吹かれていると、マリコちゃんが悲しそうな顔をして教室から飛び出してきた。そして私の肩に顔を埋めて、すすり泣きを始めた。
『えっ!? どうしたらいんだぁ~!? 嬉しいけどぉ~。』
びっくりした気持ちと、後ろめたさとうれしさの半々な気持ちに固まってしまった。
『外国の映画みたいにマリコちゃんの背中に腕を回して抱きしめたい』という下心とこっそりと戦っていた。
この肩でマリコちゃんの重さと温かさを受け止めている時間がただ、愛おしくて一秒でも長くこのままでいられるように、じっとしていた。
マリコちゃんの首すじからは甘い匂いがする。その不思議なm幸せな気分にさせてくれる香りを、マリコちゃんに気付かれないようにそっと深く吸い込んで、記憶に刻んだ。
明るかった秋の空が薄暗くなるぐらい暫くの時間がたった頃、マリコちゃんは落ち着きを取り戻たようだ。恥ずかしそうに顔を上げ、その目は涙で赤くなっていた。なんだか見てはいけないような気がして、まっすぐと見ることができなかった。
「ずっとこのままでいたいよ」というマリコちゃんの呟きに、秘密でいっぱいの中学生の心臓は、誰かに聞かれてしまいそうなぐらい『ゴックン』と大きな鼓動を刻んだ。
『自分も』と言う勇気は持ち合わせておらず、「大丈夫?」とだけ聴くと、マリコちゃんは「うん」と大きくうなずき、照れくさそうに笑った。

その日の帰りは少し回り道をしてマリコちゃんの家の近くまで歩いた。
私はポケットに手を突っ込んで歩く。なぜ泣いていたかを聞くこともできずに、当たり障りのない会話とで二人の間の空間を埋めていた。
その時、マリコちゃんは、その腕を私の腕の輪の中に後ろから手を入れて、肩を寄せて歩きだした。
そして、耳元でささやいた、「ケイちゃんが男の子だったらよかったのに…」と。
背中の腰の辺り強い衝撃を感じ、それは背骨を伝わって後頭部にまで駆け上がった気がした。嬉しさが胸いっぱいに広がったとほぼ同時に『男の子じゃないんだ』という虚無感が胃の底の辺りからこみ上げてきた。
顔がくしゃくしゃになって泣き出す、その一歩手前でかろうじて踏ん張った。すっかり暮れた夕闇のお陰で、このくしゃくしゃの顔をマリコちゃんに見られずにすんだ。

その後、この時のことを二人で話すことはなった。

(続く)

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