かっこいい名前(?)の単位"カイザー"(cm¯¹)

長さの単位であるcm(センチメートル)。m(メートル)に接頭語のc(センチ)を付けてmの100分の1の長さを表したものです。ところで、日常では見かけない単位ですが、cmの逆数(cm¯¹)という単位があります。逆数とは元の数に掛けると1になる数のことです。例えば、3の逆数は1/3です。

その単位、cm¯¹はカイザー(kayser)と呼ばれます。なんだか少しかっこいいですね。ドイツの科学者ハインリヒ・カイザー(Heinrich Kayser)の名前が由来¹⁾のようです(ちなみにドイツ語で皇帝を意味する単語のカイザーは”Kaiser”なので綴りが異なります。)。しかし、cm¯¹をカイザーと読むのは、海外では一般的ではないようです。

調べてみたところ、過去にcm¯¹について、カイザーの他に複数の名前が提案²⁾されていたことがあったようです(ちなみに、候補は”パーミクロン”, “リュードベリ”と“バルマー”で、後者の2つは人名にちなんでいます。)。しかし、現在は”reciprocal centimeter”や “wavenumber”と呼ぶようです³⁾。また、NIST(National Institute of Standards and Technology, アメリカ国立標準技術研究所)のガイド⁴⁾にもcm¯¹をカイザーと呼ぶという記載はありませんでした。

さらに、日本化学会単位専門委員会がIUPAC(国際純正・応用化学連合)の決定に基づいて、「化学で使われる量・単位・記号」⁵⁾を作成して公開していますが、cm¯¹は表の中にありません(IUPAC(アイユパック)とは元素や物質の名前、用語をはじめとした化学のルールを決める国際組織です。)。これについては、SI単位(国際単位)で表すと、1 cm¯¹は100 m¯¹と接頭語無しで表されるので、特に新しい呼び名を考案せずとも単位を作れるのが理由だと考えたのですが、その論法で考えると、周波数の単位であるHz(ヘルツ)はs¯¹と表すことができる秒の逆数であることや、L(リットル)はdm³とデシ立方メートルで表されることがあることと矛盾してしまいます。これら2つの単位のように、cm¯¹に何か国際的に通じる呼び名があってもいい気がします。

このcm¯¹という単位はどのような場面で使われるのでしょうか?それは、赤外分光法という物質を同定する手法の測定結果の表示に用いられています(もちろん他の同定手法もあります。複数の手法を組み合わせて物質を同定するのが一般的です。)。物質は持っている構造(官能基)によってどの波長の赤外線を吸収するかがおおよそ決まっています。この言葉と説明だけを聞くと何やら身近ではないもののように思われますが、部屋を換気する目安を教えてくれるデジタル式の二酸化炭素モニターには、赤外線の吸収率を基に空気中の二酸化炭素を測定するものがあります⁶⁾。赤外分光法の測定結果は、縦軸に透過率を、横軸に波数を記載したグラフで表されます。横軸の波数の単位にcm¯¹が用いられています。

例えば、二酸化炭素は4.26 μm⁶⁾の赤外線を吸収します。この数値をcm¯¹に変換すると、2347 cm¯¹ ⁷⁾となります。この数値は二酸化炭素の波数の文献値である2349 cm¯¹ ⁸⁾とほぼ一致します。ゆえに、赤外分光法で、2349 cm¯¹付近に吸収が見えればその物質は二酸化炭素ということです⁹⁾。

物騒な話ですが、爆発物に用いられるニトロ化合物の分子中に含まれるニトロ基(-NO₂)や、覚せい剤(メタンフェタミンやアンフェタミン)に含まれるアミノ基(-NRH, -NH₂)は特徴的な赤外吸収の測定結果を示すため、この手法を使えば違法な物品を特定する1つの証拠になると思います(警察が実際にどのような手法を用いて違法な物品を特定しているかまでは調べられませんでした。)。

カイザーは日常で目にすることが無い単位でしたが、読者の方でかっこいい名前の単位や、変わった名前の単位をご存じの方はぜひコメント欄で教えてください。

【参考文献と注釈】
1) 名城大学理工学部 応用化学科 永田研究室, ブログ「天白で有機化学やってます。」: cm-1の読み方 - Meijo-u, https://www1.meijo-u.ac.jp/~tnagata/blog/20140707.html (2023年12月18日閲覧)

2) C. Candler, Nature, 1952, 170, 43.
Nature: https://www.nature.com/articles/170043b0#preview (2023年12月18日閲覧)

3) NIST (National Institute of Standards and Technology, アメリカ国立標準技術研究所), CCCBDB What's a cm-1?, https://cccbdb.nist.gov/wavenumber.asp#:~:text=A reciprocal centimeter (or%20wavenumber,as%20a%20function%20of%20wavelength. (2023年12月18日閲覧)

4) NIST, NIST Guide to the SI, Chapter 5: Units Outside the SI, https://www.nist.gov/pml/special-publication-811/nist-guide-si-chapter-5-units-outside-si (2023年12月18日閲覧)

5) 日本化学会, 原子量表/化学で使われる量・単位・記号, https://www.chemistry.or.jp/know/atom-unit/ (2023年12月19日閲覧)

6) 株式会社ジェイ・シー・ティー, 二酸化炭素濃度測定器 / NDIR方式│CO2デジタルモニター, https://www.jct-inc.jp/products/co2_digital_monitor (2023年12月18日閲覧)

7) 二酸化炭素の赤外線の吸収波長である4.26 μmは、cmに換算すると、0.000426 cmに相当します。この数値の逆数である1/0.000426 cmを計算すると2347 cm¯¹になります。

8) Sigma-Aldrich, IRスペクトル表・チャート, https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/technical-article/analytical-chemistry/photometry-and-reflectometry/ir-spectrum-table (2023年12月18日閲覧)

9) 波長と波数の関係と物質が特定できることを示す一例として挙げました。実際の赤外分光法の測定では、二酸化炭素は邪魔者扱いです。二酸化炭素と水は空気中に含まれており、測定結果に映り込みます。なので、初めにブランクの試料(空の試料)を用意し、空気中の二酸化炭素と水の測定から始めます。試料の測定結果を、あらかじめ測定した空気中の二酸化炭素と水の測定結果を用いてコンピュータ処理でデータを補正します。