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【この作品いいよね!】 マンガ「ふれるときこえる」のすすめ

他人の心を知って揺れ動く感情を繊細に表現
他人が何を考えているかがわかる、相手の心が読めるという能力をもつ人物が登場するストーリーは数多くある。今回紹介するマンガ「ふれるときこえる」では、心を読める人物を含んだ男女4人ついての四角関係が描かれている。特に、相手の思っていることがわかるようになった主人公「噪」が抱く様々な感情を、高い解像度で描写している点が秀逸である。

ストーリーの概要 ある日突然心の声が聞こえるようになる

肌と肌で触れると、相手の“心の声”が聞こえる──
バスケに打ち込む高校生・噪を突如 襲った異常、
その原因は不思議な転校生の少女・さとりだった…!! 触れたい、聞きたい──だけど真実を知りたくない。
じれったさと切なさが胸を打つラブ・ストーリー、開幕!!

出所:小学館 ホームページ

転校生の少女「さとり」がクラスに来た日から、高校生「噪」は、触れた相手の心の声が聞こえるようになる。実はさとりは心の声が聞こえる力をもち、その力はさとりが好きな相手(噪)にも伝染するのだ(ただし、力を持つ者同士が触れても心の声は聞こえない)。
他人の心がわかるようになった噪は、長年自分が思いを寄せる結川の気持ちを知りたいと思い、彼女の心を覗き見るが…。その結果、噪は結川が噪の親友「拓海」を想っていることを知ってしまう。
落ち込んだ噪に対して、さとりは「全身全霊であなたの恋を応援します」という言葉をかける。心の声が聞こえるようになった噪の恋の行方は…?

※以下、ネタバレを含みます。この記事をここまで読んで、ネタバレをされたくないと思った方は、いったん「ふれるときこえる」を読んで頂いて、その後にこの記事の残りを読んで頂けたら嬉しいです。

一方通行の四角関係 主人公「噪」につくすヒロイン「さとり」

まず、さきほど述べた四角関係について説明しよう。四人のそれぞれの好意は以下のように向けられている。
ヒロイン①「さとり」→主人公「噪」→ヒロイン②「結川」→親友「拓海」
完全な一方通行である。さらに、この構図はかなり序盤(確か1話目)で明らかとなる。この一方通行の中で最もうまくいっている関係は、ヒロイン①「さとり」→主人公「噪」である。
なぜそんな良好な関係を構築できたのかといえば、さとりは好意の対象である噪に対して、見返りとなる好意を求めていないからである。それだけではなく、さとりは噪の恋が成就することを全身全霊で応援するよう努めている。さらに、噪に限らず、さとりは関わる皆に正直に接している。さとりは、自分の幸せよりも他人の幸福を願い、一貫して滅私奉公な立場をとっている。また、相手に正直に自身の気持ちを述べ、誰に対しても誠実に向き合っている。欲を退けたその態度こそ、「悟り」と呼ぶにふさわしい。

人間らしい主人公「噪」はエゴを抱える

翻って主人公「噪」はどうだろうか。彼も正直者で、正義感もあり、友達思いでもある。
しかし、結川への恋を成就させたいという願望を抱き続けており、さとりよりもだいぶ常人に近い。ごく普通にエゴや欲を抱えた、生身の主人公である。
また、噪は「相手の心が読める力」を過信し、相手の心を知るに至るも、理想とは異なる相手の内面に一憂する。そして、他人が隠している心の声を耳にし、思いもよらない真実を知ることで、傷つくこともある。過信する姿、傷つく姿をみせる噪は、まさに「人間らしい」のだ。

噪の言動、感情はどこをとってもリアルだ。
好きな人(結川)が好きな人(拓海)に向ける心の声を耳にしてしまうことへの拒否感。結川への告白を約3年間先延ばしにしていたこと。結川と自分の望みが相反すると、自分を抑えて結川を優先するが、自分の願いもあきらめきれず、あたふたする姿。結川が嬉しそうに語る拓海に対する嫉妬。結川に、さとりのことを考える自分に嫉妬してほしいという思い。結川から昔好きだったと言われるが、今はその気持ちがすでに自分には向いていないということを知っているがゆえに、自分や周囲に対して覚える後悔と苛立ち…。
これらは、エゴを少しでも抱える一般人にとって誰もが、身に覚えのある感情・出来事ではないだろうか。

そして、そんな人間くさい噪は、さとりが引っ越すことを聞いて、さとりに対する友情(以上の感情もありそう)を嫉妬とともに覚える。
噪はさとりの心の声が聞こえないからこそ、気持ちが通っているような気がしていたのだ。きっと人間は相手の気持ちが完全にはわからないから、気持ちを通わせることに感動を覚えるのだと思う。

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出所:ふれるときこえる 本名ワコウ(小学館)

誰かに伝えることで想いは世界に初めて生まれる

その後、噪は言うべきことは伝えるように心がけていく。自分の心の中にしかない、誰にも伝えない想いは、いずれ自分が忘れれば、なかったことになってしまう。口に出すことで想いは生まれ、その想いが相手に受け止められることで、人の心は通じ合うのだろう。

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出所:ふれるときこえる 本名ワコウ(小学館)

終盤、噪は結川に告白する。噪は結川に対する気持ちを言葉にし、結川への恋をあきらめることができた。
伝えるべき相手に言いづらいことを自分の心の中に留めておけば、思い通りの結果にならなかった際に傷つかずにすむ。けれども、伝えないということは、相手の反応を引き出すこともできない。「伝えない」という行動をとった場合、「あのとき、○○を伝えていれば、今の状況よりももっと良い結果だっただろうなぁ」という仮定法の想像にいつまでも悩まされてしまう。「伝えない」という行動を選択したのは、ほかの誰でもなく自分であったのに…。「伝える」という踏ん切りをつける勇気を持ち合わせていなかったのに…。

噪は伝えることを先延ばしした結果、ずるずると結川への恋を、告白するまで引きずってしまった。そして、噪は気持ちを口にするとともに、恋人にはなれない結川との関係を受け入れ、3年間の想いは終わりを告げた。

献身的な「さとり」も主人公になった

別れ際、さとりは噪に対して、好意を伝えていたものの、他人事のように話していたことを詫びる。さとりは噪の恋を応援しており、自身の恋を成就させることは考えていなかった。しかし、ストーリーの最後に二人が再会したとき、さとりは自身を全身全霊で応援できるようになり、ついに自分の人生の「主人公」となったのだ。

ふれるときこえる力の役目とは

最終回の続きがあれば、ぜひ読んでみたい。勝手な推測だが、噪がさとりに想いを伝えたとき、さとりの「心が読める力」はなくなるのではないだろうか。本来その力は、自分の恋を成就させる手助けとなる役割をもっていたのではないか。相手の気持ちが自分に向いているかを確認することもできるし、作中で述べられていたように、心を読めることは大きなアドバンテージとなりうる。恋が成就したとき、「きこえる力」は役目を終えて消えるのではないかと感じた。

※本名ワコウさんの他の作品は以下でレビューしています!


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