見出し画像

The Cure:Album10(ウィッシュ:Wish)& Live Album 『Show』『Paris』

このアルバムはキュアー史上一番チャートで上位に入ったアルバム(一番売れた『Disintegration』はこの『Wish』の2倍売れてる)となる。
もちろん「売れてよかった」ではあるが、と同時に「売れるってのはなんなのだろうか?」とも思ってしまう。売れても自分たちを自分たちでコントロール出来なくなったら、逆に大変なストレスにはなるまいか。

スミス:『Wish』の制作中はすごく疎外感を覚えてた。他のメンバーはただ仕事をこなしてるって感じで、僕はレコードを独りで完成させようとしてるみたいに感じてた。何もかもうまくいく日ももあれば、どうしようもなく酷い気分の日もあった。
(中略)『Wish』には新鮮さは皆無で、惰性で作っているように感じてた。それってやっぱり良くないんだよ、自分たちの足場を固めようと必死になってるみたいでさ。
アルバムを出してファンを増やしてコンサートの規模を大きくしていく、そういうことに僕は興味をなくしてしまったんだ。歌詞の中には僕のそういう思いを反映している部分があるし、ヴォーカルには割り切ったようなドライさが滲み出ていると思う。

https://rollingstonejapan.com/articles/detail/30010/10/1/1

前アルバムの『ディスインテグレーション :Disintegration』でキュアーは望んでいなかったスタジアムバンドに化けてしまった。その結果、あんまりキュアー知らない人が大勢ライブに聴きにきてしまうことになってしまう。
そんなキュアー初心者さんが野外の広い会場で遊園地のアトラクションのように楽しめるような、抜けのいい曲たちを収録したアルバムが『Wish』のように思う。一回聞けばおぼえてしまうようなわかりやすさがあるし、冒険娯楽映画を見ているような楽しい作品である。最初にキュアー聴くならこのアルバムだと思う。

●ハイ:High

『High』はアルバム『Wish』からのリードシングルとしてリリースされた。この曲はほぼ好評で、商業的にも成功し、アメリカのビルボード・モダン・ロック・トラックス・チャートで1位、アイルランドのシングルチャートで6位、イギリスのシングルチャートで8位を獲得した。
ポルトガルでは最高位2位、オーストラレーシアではオーストラリアで5位、ニュージーランドで4位となり、両国でバンド最高のチャートインを果たしたシングルである。

https://en.wikipedia.org/wiki/High_(The_Cure_song)

▼この時期メンバーが次々と脱退
実はこの前のアルバムの録音後に、バンドメンバーがロバート・スミスと2人になった時期もあったのにがんばってやってきた、創設からのメンバーの(太ったおっさんこと)ロル・トルハーストがバンドから脱退している。

トルハーストはイギリスのロックバンド、ザ・キュアーの共同創設者の一人で、1976年からバンドのドラマーとして、アルバム『スリー・イマジナリー・ボーイズ』『セブンティーン・セカンズ』『フェイス』『ポルノグラフィー』に参加した。1982年のポルノグラフィー・ツアーの後、バンドのキーボーディストとなる。
1989年初頭、キュアーの8枚目のスタジオ録音作品『Disintegration』のレコーディング中、アルコールと麻薬の使用が彼のプロとしての信頼性に悪影響を与えたため、ロバート・スミスからバンドを脱退するよう要請された。

https://en.wikipedia.org/wiki/Lol_Tolhurst

そして、ドラマーのボリス・ウィリアムスが(別のバンドに専念するため)このアルバムまででキュアーを脱退する。彼は『ザ・ヘッド・オン・ザ・ドアー:The Head On The Door』からこのアルバムまでの4枚のアルバムで在籍した。

ロバート・スミス:
「ボリス・ウィリアムスは文句のつけようがないドラマー
だ。「Six Different Ways(『The Head on the Door』に収録)」みたいな曲ができたのは、それまでのドラマーと違って彼が8分の6拍子を叩けたからだ」

https://rollingstonejapan.com/articles/detail/30010/7/1/1

さらに、16年在籍したギタリストのポール・トンプソン(トンプソンはザ・キュアーの前身であるイージーキュアーのメンバーであった)もこのアルバムで脱退した。

振り返ってみるとドラマーのボリス・ウィリアムスの在籍の時期がキュアーのバンドとしての黄金期だったのかと思う。この人のドラムがキュアーの楽曲にとって、相性がよかったのかもしれない。
ロバート・スミスの作った曲をいい感じに広げて、作曲者が思いもしなかった形に仕上がっていったように感じる。ここでボリスが去ったことは、ひたすら残念である。

●フライデー・アイム・イン・ラヴ:Friday I’m In Love

『Friday I'm in Love 』はアルバム『Wish』からのセカンドシングルとしてリリースされた。この曲は、全英で6位、全米で18位となり、モダンロックトラックスチャートでも上位に入るなど、世界中でヒットとなった。
また、1992年のMTVビデオ・ミュージック・アワードでは、ヨーロッパの視聴者が選ぶベスト・ミュージック・ビデオ賞を受賞している。

この曲のライターであるロバート・スミスは1992年に、この曲は「両手を挙げてハッピーになろうぜ的なレコード」であり「非常にナイーブでハッピーなタイプのポップソング」であると評している。

https://en.wikipedia.org/wiki/Friday_I%27m_in_Love

▼2枚のライブアルバムをリリース
このアルバム『Wish』のライブツアーで、キュアーは2枚のライブアルバムを収録する。1枚目『ショウ:Show』はポップなヒット曲を集めて、2枚目の『パリス:Paris』は初期のダークな曲を集めた。

1993年9月13日にライブアルバム『ショウ:Show』発売

『Show』は1992年に成功したWishツアー中にミシガン州オーバンヒルズ(デトロイト郊外)のThe Palace of Auburn Hillsで2夜にわたって行われたライブが収録されている。Showはコンサートビデオとしても発売された。
このライブアルバムは、「Just Like Heaven」、「Pictures of You」、「Friday I'm in Love」など、バンドのポップで最近の楽曲にやや傾いている

https://en.wikipedia.org/wiki/Show_(The_Cure_album)

1993年10月25日にライブアルバム『パリス:Paris』発売

1992年10月、The CureがWishツアー中にパリのゼニットホール(Le Zénith de Paris)で録音したライブアルバムで、1993年10月にリリースされた。
『Paris』は、アメリカで録音された『Show』と同時期にリリースされた。このアルバムには「The Figurehead」や「One Hundred Years」といったカルト的な名曲が『Show』よりも多く収録されている。

https://en.wikipedia.org/wiki/Paris_(The_Cure_album)

発売からかなり後になって『パリス:Paris』を聴いた。選曲も演奏も録音も素晴らしく何度も何度も聴き込んだし、今でもよく聴くライブアルバム(『ショウ:Show』も聴いてみたらよい録音でした)。

ロバート・スミス:
『Show』に収められているのはデトロイトでのコンサートで、バンドは絶頂期を迎えてた。あの時点で8年間活動を共にしていて、演奏もすごくタイトだった。その様子を映像として残しておくことにしたのは、『Wish』のツアーを最後にバンドが崩壊すると分かってたからだよ」

https://rollingstonejapan.com/articles/detail/30010/10/1/1

●ア・レター・トゥ・エリーズ:A Letter To Elise

MTVアンプラグドより。
3枚目のシングル曲で、メロディーがやさしい名曲かと思う。

私が思うに、すべてロバート・スミスひとりで作り込んでしまうと、一定のイメージに落ち着いてしまって(『ザ・トップ:The Top』とか)、結果的にはまとまり過ぎてしまう。
ロバート・スミスから発して、バンドのメンバーのアイデアやダメ出しなんかが入って、当初は思っていなかったような得体の知れない形になっていったりすると、なんだか面白いものなるんではないかと思う。

そんな、お互いが自由に意見を出し合えるようにバンド関係は、このアルバムまでで終わりを告げることとなった。


次の曲なんかをスタジアムで聴くと盛り上がりそう。
会場の群衆がまるで大きな海の波に見えるんではないかという、聴いててアガる曲。

●From the Edge of the Deep Green Sea(Live)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?