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「ご安全に」~気になる敬語#34

表題の言葉は、知っている人は日常的に使うので気になることもないと思うのですが、知らなかった私はかなり驚きました。
インターネットで「ご安全に」と検索すると、予測で「おかしい」などの文字が付いてきます。どうも気になるのは私だけではなさそうです。

現場にこのようなステッカーや、様々なポスターを貼って作業の安全を願っている
(画像は大阪労働局のホームページより)

「ご安全に」とは

私同様、この言葉を知らない人もいるのではないでしょうか。
「ご安全に」とは、現在、作業現場において広く使われているあいさつのようで、下記のデータベースを見ると、語源はドイツの鉱山で使われていた「ご無事で (グリユックアウフ)」だそうです。

なぜ、ドイツで言われていたように「ご無事に」ではいけなかったんでしょうか。「ご安全に」はいけないのでしょうか。

文法的な問題点~敬語は人にしか使えない

先に、安全を願うステッカーのキャプションとして「作業の安全」と書きました。これに違和感のある人はいないと思います。何を言いたいかというと、「安全」は人に係る言葉ではないということです。(「安全な人」「あの人は安全」とは、普通言いませんよね)

たとえば愛する家族が自然災害や事故に遭ったとき、電話をかけてまず確認するのは「無事か!?」ということであり、安全かどうかではありません。「無事か!?」と聞けばそれだけで主語は電話を受け、質問されている本人だと分かります。質問された人自身に、ケガや病気がないかを確認しているのです。そして、もし家族が親など目上であれば「ご無事ですか?」と敬語が使えます。

一方で、もし「安全か!?」とだけ質問するとしたら、それは質問された人自身にケガがあろうとなかろうと関係ありません。質問に答えるなら「あぁ、避難所まで来たよ。腕の骨が折れたから治療してもらってる」というような返答ができます。つまりこの場合、安全なのは「場所」です。したがって相手が親など目上であったとしても、「ご安全ですか?」とはならず、「そこは安全ですか?」「安全な場所にいらっしゃいますか?」という言葉遣いになります。

このように、敬語としての「ご」は人にしか付きませんので、「ご安全に」という使い方に対して、多くの人が違和感を覚えるのです。


休憩コーナー
(ミニチュア・クリエーター 工房てるとさんから頂戴した花瓶で、生けていないのに生けている風に撮ってみました(笑)

業界用語としての「ご安全に!」

では、人以外に対しても付ける美化語としての「ご」ならどうでしょうか。
「ご」(接く言葉によっては「お」だったり「み」だったりします)は、「これから特別な使い方をしますよ」という記号として使われます。その中で、敬意を含まなかったり、人以外に使われたりするものを美化語といいます。

では、美化語として解釈してみたらどうでしょう。「あなたのご無事」ではなく、「あなたも自分も含めた、仕事仲間全員の安全」「現場の安全」「重機類の安全な操作」「見知らぬ通行人の安全」そんなものをひっくるめているという解釈が成立しそうです。(現場で働く方がもし読んでいらしたら、感想をお聞かせくださいませ)

おそらくは、職場で「ご安全に」と日常的に言っている人も、家庭や友人に向かっては言わないでしょう。それは、「ご無事に」との意味の違いを理解して使っているということなのかもしれません。

それでは、また。

※今回の内容は、以下の講座からの展開です。


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世界や自分自身をどのような言葉で認識するかで生き方が変わるなら、敬意を込めた敬語をお互いに使えば働きやすい職場ぐらい簡単にできるんじゃないか。そんな夢を追いかけています。