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【漫画】二月の勝者(第20集まで)

第20集が出ました。
今回は中学入試もひと段落……の前の、繰り上げ合格の波乱が描かれます。
実はうちの次男も昨年の今頃、第一志望に繰り上げで合格したので、この感じわかるーと思う話でした。

私が本作に気づいて購入したのは第2集が出た頃だったと思いますが、長男が絶賛受験勉強中でした。
以降、単行本が出る都度購入していますが、3歳違いの長男と次男が受験を終えてもまだ、作中では1年と数日が経過したのみ。
受験はもう関係なくなったから読むのをやめる……とはいきません。
非常に優れた作品であり、最後まで読む価値があると思うからです。

作者の高瀬志帆は自身の経験をもとに描いているわけではないようで、単行本の巻末にある中学受験に関するたくさんの参考文献(私も何冊か読みました)、またおそらくは作中の「桜花ゼミナール」のモデルになったであろう塾への取材を行って、それらをもとに物語を構築しているとみられます。

塾校長・黒木が「君達が合格できたのは、父親の「経済力」そして、母親の「狂気」」と塾生に向かって言い放つ強烈な冒頭場面から始まりますが、この言葉を軸に、中学受験のさまざまな側面が描かれます。

登場人物は多彩ですが主に三層にわかれます。

1.塾講師たち
物語上の主人公は新人の佐倉、黒木校長、黒木のライバルである灰谷、その他の塾講師。
佐倉という新人に黒木や先輩たちが仕事のイロハを教えていくことで、読者にも、中学受験にまつわる各種の情報を提供する役割を果たします。
ここは青年誌に多くある「お仕事もの」の定番という感じではないでしょうか。

2.塾生の親たち
中学受験における親の役割は大きく、感情的な振幅を最も激しく見せる人たち。
読者の多くがここに近い立場にいることもあり、感情面の視点人物となってます。
父親がそんなに熱心じゃなくて揉めるとか、あるあるなんだろうなあ……とか、何かとわかる感じもあります。
でも本当、金があるから受験させるってわけでもなくて、結構大変なんすから……

3.塾生たち
勉強よりゲームをしたい盛りの小学生たちが、講師たちの導きで意欲を高めたり能力を発揮したり、子供なりの悩みを抱えながらも目標に向かって突き進むようになる姿が描かれます。
塾生同士の友達関係もとても重要……ですが、小学校にも友達がいる塾生があれほどお互いにコミュニケーションとるかなあという感じもあり、物語を構成するためのフィクション感は強いかもと思いました。
ここは「学園もの」や「スポ根もの」のセオリーがいろいろ入ってるところです。
一方、うちの子供たち同様、親と一緒に本作を読む現役受験生も多いでしょうから、彼らに自分を重ねながら受験への意欲を高めたり、時折紹介される受験テクニックを得たりもできる仕掛けです。

(私が小学生の頃にも中学受験漫画がコロコロコミックに載ってました。その名も『とどろけ! 一番』。答案用紙2枚を両手で同時に書くとか、月面宙返りとか、役に立たなさが甚だしかった……)

こうして見ても、中学受験に興味を持つ親が読まずにいられない要素がしっかり詰まっていて、中学受験をする家庭がこぞって購入するだろうと考えると実にすぐれた企画だなあと感心しきりです(作品自体がそういう視点で描かれてるから遠慮なく買いますよねー)。

だからといって情報漫画、学習漫画みたいにはせず、情報を手際よく提示しながら多くの登場人物を動かして常にエモーションを提供する、作者の手腕には見事なものがあります。

しかしながらそれだけではなく、上記とはまったく別の、第四の層が設定されているのです。

4.高度な教育にアクセスできなかった人々
ある程度の親の豊かさ(経済的豊かさとは限りません)に恵まれず、中学受験どころか高校に行ったり、そもそも落ち着いて勉強すらできない、できなかった子たちが存在します。
そんな子供たちが集まる無料塾が出てきます。
しかもその運営に深く関わっているらしい、黒木のもうひとつの顔……
というミステリーが漫画のもうひとつの軸です。

つまりこのようにして、冒頭の「経済力」という言葉が切り捨てたものについても、きちんと目を向けているわけで、そこが本作の素晴らしいところです。

桜花ゼミナールの塾生には「君達のクリスマスと正月は2月までお預けです」と言う黒木が、そのあと無料塾に向かい、子供たちのパーティに参加します。
無料塾の子達はどこの家庭でも行われるようなクリスマスパーティの経験すらなく、そこではじめてホールケーキやチキンの丸焼きを楽しむことになります。
ピザの切り分け方を考えたり、チキンの骨に解剖学的興味を示す子供たち。
子供らしくはしゃぐ姿とともに、そうした知性のあらわれが描かれ、彼らもまた、中学受験を目指して勉強に励む子たちと何らかわることのない可能性を持っている。
それが表現されたこの場面は、私が最も感動した箇所です。
ここ見て涙が出そうになるのは変かな?
ホールケーキとかピザというモチーフには、話題になった新書『ケーキの切れない非行少年たち』を意識しているのかなとも思え、問題意識の奥深さが感じられます。

作品の時間は、上記のように1年あまりの出来事を6年以上かけて描いていますので、途中で発生したコロナ禍は登場せず。
でも、受験で気をつけることとして「感染症」という言葉が出てくることにはコロナ禍の影が感じられます。
コロナ禍以前は「風邪やインフルエンザ」みたいな表現だったと思うんですよね。
でも作中に描かれる携帯電話は6年分の変化が反映されてそうな……
べつに2018年当時という設定にこだわる必要がない分、常に現在を表現する必要もあったりで、それはそれで作者も大変だろうと思います。

また日本テレビでTVドラマ化されましたが、これもコロナ禍の影響で延期となり、製作発表から放映までかなり長くかかりました。
最近、小学館の漫画が日テレでドラマ化されたことをきっかけにした悲劇的な事件があったので気になってしまいますが、同じ小学館-日テレのドラマ化作品ではあるものの『二月の勝者』は非常に良いドラマ版であったと思います。
これについてはまたの機会で語ろうかな。

というわけで、中学受験に関わる方だけでなく、現代日本の貧困と教育の問題にも関心を持っている方にも一読してほしい小学館漫画賞も納得の傑作です。

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