その時間泥棒はすぐとなりにいる
<1200文字・読むのにかかる時間:3分>
「そのときね。大きく揺れたんですよ」
って突然声をかけられたから、思わず「え? なにがです?」って聞き返しちゃんたんですよ。ね、先輩。聞き返すじゃないですか。そんなの。
さっき買ったコンビニコーヒーを、座って飲もうって思って、公園のベンチに腰掛けただけですよ。自分がベンチの右端で、そのおじいさんが左端に座ったんです。ちょっと近いかなぁなんて思いましたけど、まぁ、珍しいとは言えない状況じゃないですか。
話好きの人って、話を聞いてくれる人を見つけると離さないじゃないですか。だからまずいなって一瞬思ったんですけど、遅かったです。だって、話の導入部分が秀逸すぎません?「そのときね。大きく揺れたんですよ」って。
そりゃ「え? なにがです?」って聞きますよ。
「ご存知ないのも無理はない。右へ左へと、大きく身体が揺さぶられましてね」
「はぁ」
「それはもう恐ろしいなんてもんじゃない。畏敬の念すらおぼえるほどです」
「ちょっとお話が見えないんですが」
「まぁまぁ、若い人は常に気持ちが急いでいる。そのコーヒーが冷めないうちに話は終わりますので、少しだけ付き合ってくださいな」
言われなくったってコーヒーは飲むんですけどね。そのおじいさん、散歩中だったんでしょうね。杖というかストックというか、そういうものを両足の間に立てて、両手をてっぺんで重ねてるんです。指はごつごつして皺が深いから、昔は身体を使う仕事でもしてたんですかね。
「揺れが一瞬だけおさまったかな、と思ったらその直後です。地面がせり上がってきたんですよ。孵化するヒナが殻をやぶる最初の一突きのように、地表は一気にひび割れて。わたしの足元にもそのヒビが」
「それは、驚いたでしょう」
「驚いたなんてもんじゃない。そのあとなにが出てきたと思いますか?」
「いや、ちょっとわからないです」
「白い円柱です」
「白い円柱?」
「ええ、そのときは円柱に見えました。それが下からどんどんせり上がってきて、わたしの背丈を軽く超えましてね。それでもぐんぐん伸びていくんです。怖くなってわたしは後ずさりしました」
「大丈夫だったんですか?」
「そう、後ずさりしたのは正解でした。その円柱、下からいちだんと太いのが出てきたんですよ。最初の円柱の三倍くらいの太さです。またそれがせり上がって」
「さらにせり上がったんですね」
「最後には、あなたがいま見ている状態にまで成長したってわけです」
「え?」
「あれですよ。正面に見えてるでしょ」
「東京スカイツリー!?」
って、どう思います、先輩。おじいさんの話だから、てっきり戦時中の出来事をノスタルジックに話してるんだと思うじゃないですか。スナックでママに聞かせるようなしょうもない酒飲みトークだったんですよ。
これを月曜の昼間に聞かされるのしんどいですよ。結局コーヒーはちょっと冷めるし。
え? 時間泥棒みたいなもんだから、訴えれば賠償金を取れるんじゃないかって?
いや、先輩。それはムリですわ。
そのおじいさん、実在してないんで。
ぜんぶ自分で考えたんですけど。どうですか、この話。
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