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Happy Birthday 2 U (#HB2U2022 )開催決定 記念インタビュー第三弾


Happy Birthday 2 U(KJ合同誕生会)
ハッシュタグは #HB2U2202
2022年10月30日(日)17:00~23:00
@渋谷OTO
エントランスフィー:2,500円/W1D+おみやげCD

DJ

J.A.G.U.A.R.

ともに10月9日が誕生日のお二人の合同誕生日会が開催!
本イベント開催を記念してDJ ISHIIに依頼しお二人のインタビューを敢行!
全J-POP DJ必見の全40,000字(全5回を予定)インタビューです!

第3回はMOGRAとの出会いやアイドルブーム時代、パーティーとはなんなのかを語っていただきました。

I=ISHII(インタビュアー)
J=DJ J.A.G.U.A.R.
刑= DJ 刑

【MOGRAとの出会い】

I)時系列を整理してJ.A.G.U.A.R.さんの2000年代後半でいくと『電刃』やアニクラ界隈との接触もあったと思いますが。なんでしたっけD-YAMAさん(現株式会社MOGRA代表)とやっていたパーティ
J)『DIGIn@tion』(デジネーション)ね。自分で『サンタフェ』ってパーティを始めたのが2007年で
I)(新宿時代の)OTOでもやってませんでした?
J)それはちょっとあとだね。『大車輪』を新宿OTOで始めたのは2011年。最初にオーガナイズをはじめたのが2007年からのBAR SAZANAMIでのサンタフェ。その1年あとくらいかな、2008年の春にmixiで後のD-YAMAからDJコミュニティ(mixiにあるコミュニティ機能。Twitterでいうとサークルみたいなやつ)経由で連絡が来たのがはじまり。
それ以前にDJシーザーさんのプレイ動画を見て、アニソンでDJするイベント楽しそうみたいな日記を書いてたんだけど、それを読んで「今度アニソンのパーティをやるのですがDJしませんか?」というメッセージをくれて。当時青山everで開催していた電刃でプレイすると聞いて会いに行ったのが、D-YAMAとの最初の出会い。ちなみにシーザーさんがサブフロアにヲタ汁(オタクたちの熱気でできた水蒸気で天井から黒い汁が垂れてくる)を降らせたのもこの時。

自分がアニソンをクラブでかけるカルチャーと遭遇したのはここから。のちの秋葉原MOGRAの前身的なイベントである、D-YAMAとyuyuが主催の『DIGIn@tion』その一発目にDJで呼んでもらって。浅い時間だったけど結構盛り上げて、それを”いいな”と思ってくれたと思うんだけど「次からレジデントでお願いします」と。でそこで2回めからはDJ濱くんもレギュラーに加わることになって。
で、少し遡ると2008年の頭にアニソンクラブイベントの始祖にあたる月明かり夢てらすの『ヲタリズム』がスタートしていて…細かくは当事者に聞いて欲しいけど、WANさんやシーザーさんがお店と一緒に今でいう「アニソンクラブイベント」を作った的な。それまではダンパとかだったんだけど
I)そうですね。だからダンパの流れもそこで(一緒になって)。WANさんとかも合流して
J)クラブっぽく遊ぶというを始めたのはここというか。そういう時代背景かな
J)一発目の『DIGIn@tion』は2008年7月。2回目3回目とやって翌2009年の夏前くらいからアキバにクラブができるみたいな話になって。(D-YAMAから)「店長やることになりました」と言われて、MOGRAが始まったのが2009年の8月。
始まってからしばらくして当時平日月曜のデイタイムでのDJを頼まれたんだけど、まだお客もいない状態でBGM係をしてもアレだったので、それなら自分が育ってきた渋谷区や世田谷区の小箱スタイルのパーティをやりたいと思って、『PURE IBIZA』と名前をつけて2010年1月に始めたの。MOGRAがスタートした当時はアニソンメインの箱ってイメージで見られていたから、もともと既存のクラブカルチャーで育った自分はその文脈にMOGRAを混ぜ合わせるような、合流させるようなパーティをやりたくて。一発目の大きめなブッキングはドリアンと、ノンセクトラジカルズっていういぬ(三好史・ex. The JG's)とマチャールさん(ex.MID)のユニットを、新旧トラックメーカーじゃないけど、そういう時代を感じさせるようなゲストの呼び方をして。その頃は自分なりに尖っていた(笑)

I)当時のMOGRAってあれですよね?確か地下だけでしかも平日は音もそんなに出せない、みたいな
J)うん、そうだったかも。
I)それで机も出しっぱなしみたいな
J)あ、でもIBIZAのときは机はしまってた気がする。風営法のあれで机を出しとかないといけないみたいなのはあったのかな。当時は。
刑)当時は音響試行錯誤してたよね。防音どうするかとか
J)そうそう、防音もそうだし、照明もね。明るさとかも(クラブカルチャーに疎いみんなだから)暗くしなきゃいけない必然性みたいなものをまだ理解してなくて「なんで暗くなきゃいけないの?」みたいな笑
刑)それって必要なの?みたいな笑

J)それに対して(暗さは)必要なんだよって感じでテクノウチさん(DJ TECHNORCH)がテクノイベントを開催した時に真っ暗にしたんだよね。バーカンとかもカーテンとか引いてその光も入らなくして。ストロボとかミラーボールぐらいで。
I)未開の地に一からクラブ作るみたいな
J)そうそう、先輩がいないから。シーザーさんもいたけどそこ(照明)にこだわらないから。そういうだんだんクラブらしくなっていったみたいな感じ。

I)そういうのって刑さんたちから見えてたんですか?MOGRA黎明期みたいなところ
刑)いや、知ってはいたけど、くらい。
I)自分たちとは遠いもの、違うものみたいな感じですかね。オタクカルチャーの、みたいな
刑)クラブ文脈とは違うんだろうな、ってのと、元々がディアステだったのは知ってたのでオタクカルチャーっぽいイベントやるんだったら関わることはなさそうだな、という認識だった

J)なんかアニソンだけどD-YAMAはクラブカルチャーをオシャレ系のエレクトロのパーティに行っててクラブのかっこいい感じが好き。僕自身もクラブのかっこいい感じをJ-POPでやりたいみたいなところがあって共通点があったと思うんだけど。MOGRAでオープンのにぎやかなパーティがあって、その2日目のパーティーを「J.A.G.U.A.R.さんなんかやってください」と。でそこでディアステは紹介されて知ってたんだけど「ねむきゅんにDJをさせようと思うんですが」と。いいよいいよ、やろうとなってねむきゅんの初DJにレオナさんとアッキーさんと緑茶さんを。おれ地元の友達だから緑茶さん呼んだりして(笑)
刑)マイメンだ(笑)
J)そうそう。アイドル系のパーティ、そのころは俺も自分が何DJなのかカテゴライズできてなかったけど、そういうアイドルソングのパーティをやることにした。xiaoさんもアッキーさん流れで出てもらったりして。それがMOGRA2日目。『ビューティフル・ドリーマー』って名前つけて笑

刑さんと僕の共通の知り合いでもあり、のちにPURE IBIZAのレギュラーDJにもなる、現アキオクマガイのアッキーさんとは2008年の冬にD-YAMAが『私の休日』に呼ばれてて遊びに行った時に知り合って。その時アッキーさんがサブマージの、テクノのね。デトロイトテクノの超クラシックな伝説的レーベルのTシャツを着てたのが象徴的なんだけど。初見ではアッキーさんのDJって四つ打ちをスムースに繋いでいくスタイルが宇多丸さんと似てると感じた。二人がどんな関係かわからないけど。古いJ-POP DJで、申し訳クルーではないけれどすでにDJが完成されていて、こんな在り方もアリなんだなと感じて凄く影響受けました。

刑)アッキーさんはいわゆる"二丁目文化"とも関わりあったりね
J)あー!そうだね
I)ゲイハウスカルチャーっぽい要素
刑)そうそう、そちらの影響もあるんじゃないかな
J)ミックスも凝っていて、よく言うけど”ゲイン”で繋いでた。ロータリーミキサーみたいな感じでね。それも繊細につなぐからフロアからはわからない。
その頃は自分が何のカテゴリーのDJなのかはっきりしていなかったけど、アニソンDJとは別のものでありたいとは思ってた。でもアイドルソングDJと名乗るにはアッキーさんとかヤバいドルヲタいっぱいいるしなぁと思って(笑)
刑)ヤバいドルヲタ(笑)

【申し訳拡大期とアイドルブーム】

I)2010年くらいは申し訳なんかはタマフルが3年経っていよいよ現場に返りがある時期でアイドル呼び出してみたいな、いわゆる申し訳拡大期みたいな感じに入ってくるんじゃないかと
刑)ミッツィーさんがアイドルビジネスに本腰を入れ始めた時期だね(笑)
J)なんか攻め時みたいなね
刑)そう攻め時だったんだと思う。やっぱPerfumeのブレイクもあったし。ブレイクしたのがやっぱりあのへんの人達のね
I)宇多丸さん掟さんの
刑)そのおかげっていう面もあって、その手の仕事がいっぱい入ってきた時期だったような。それで調子に乗って...正直俺も一緒になって調子に乗ってたね(笑)
I)そのアイドルブームみたいなのがあったときに選曲の中にJ.A.G.U.A.R.さんはアイドルを入れるのを違うかなと?
J)いやアイドルは使い続けてた。アイドルは結構原体験にはあって、Perfumeの「パーフェクトスター・パーフェクトスタイル」をやけのはらさんとかpeechboyさんとかが遊びに行ってたTHE ROOMとか小箱とか普通のハウスの流れの中でかけたりしてたから”あ、これアリなんだな”と思って。他にもアイドル聴いたけどPerfumeでかなりスイッチ入ったところあって
刑)わかる
J)だからアイドルDJじゃないけどアイドルは結構、アイドルというか中田ヤスタカがすごい、おれをDJに駆り立てた最後のスイッチになったところはあるかもしれない。これいけるわって
刑)やけさんかけてたね
I)かけてましたよね。
I)あとは刑さんってそこらへんはK-POPとかK-POPの日本語のやつとかかけてたと思うんですけど
刑)K-POPでやり始めたのは2010年前後かな
I)2010年11年くらいですか。刑さんのイメージでなんか覚えてます
刑)見つけてきていち早くかけてたはずなんだけど。当時の少女時代とかちょうどSMTOWNがどんどんデビューしてた時期で。で日本語曲だしてたから
J)そう!そのへんの時代なんかかけてた!レオナさんとか。早い人がK-POPをかけだした感ありましたね
刑)イイキョクだ!ってみんなかけだして。鳴りもよかったし
J)新大久保とか行ったりしてましたね(編注:当時K-POPの輸入CDは新大久保で購入するのが安くて早かった)
刑)その当時はフレッシュに感じてかけてたけど、色々あって飽きてた時期もあったり...
I)アイドルブームのときの刑さんの選曲ってそんなにアイドルかけてなかったですよね?それは意識的に?
刑)やっぱり流行には逆らいたい主義なので(笑)なんとなくかけたくないな〜、みたいな。でも当時まめ(MAMEMONTA申し訳EGG)とかはAKBやらバンバンかけてたけど、全体的にアイドル曲の割合が多くなるのはよろしくないな、という気持ちもあったのかも。それもあって自分は渋いヒップホップかけたりとか(笑)
I)速い曲とヒップホップと、みたいな
刑)そう、ごちゃごちゃ混ぜてたね。それはそれとして、まめは相当フロア見ないDJですよ!(笑)
I)それ思いました!笑
刑)でしょ!その辺あいつはミッツィーさん直系だと思う
I)見ないし、だから(声優レアグルーヴに)出てもらったとき見ないからこそドアンセムがかかったりする
刑)そう、そういうことを平気でやる。あいつはホント刺さらないところでは全く刺さらない(笑)全く見ないからフロア
I)こないだの東京歌謡曲ナイト最高でしたね!スロウな曲でダンサーが来て(笑)
刑)ダンサーが来るタイミングでね(笑)バラードでこうゆったり踊ってる(笑)まぁまめは本当にミッツィーさん直系だね
ころり)とにかく目が合わない(笑)
刑)Macしか見てないもんアイツ(笑)

【ミッツィーさんの影響】

I)刑さんがミッツィーさんの影響を受けてるとしたらどういうところになりますか?
刑)前も言ってたけど(ブッダブランドの)人間発電所のイントロの口上だけかけるっていうところ。あそこだけすごい影響を受けてる(笑)
I)意地の悪い(笑)
刑)その人間発電所から電波なアイドル曲かけたりとかね(笑)他にはフロアを踊らせない、歌わせない。ってとこかな
I)確かにミッツィーさん絶対グルーヴキープできるはずなのに、例えばこないだのDOMMUNEでたときにしっかりグルーヴキープしてるミッツィーさんを本当に初めてじゃないかってぐらいに見て、基本(普段)は踊らせたくないからブツっていくじゃないですか(笑)
刑)そう!(あえて)グルーヴキープしない(笑)
サンスケ)DOMMUNE良かったね〜!
J)あれは真正面からね、J-POP DJの一番かっこいい姿を自分らしさを出さず”かっこいい”ものをガツって出した感じがね
刑)よそ行き(のプレイ)ですよ
I)BPMが違っても低音のMIXがこんだけ整ってかけられるんだって、あれはちょっとミッツィーさんすごいな…本気でやるとこの人めちゃくちゃうまいんだっていうのが(笑)
J,刑)笑
J)うまさっていうのもみんなが理解(わか)る”うまさ”なんだよね。それをちゃんとやったっていうか
刑)実は細かく裏や半拍でつないでBPM違ってもスムースにMIXしちゃうあたり、なんか小節が見えてるというか(笑)
サンスケ)グルーヴってものが見えてる
刑)タイム感が異常というか...
I)UG期(申し訳アンダーグラウンド期)はでもMIX雑だったんじゃないですか?
刑)まぁそうだね(笑)なんかそのへんの感覚わかんないんだよね
I)どれがありでどれがなしかわからない(笑)
刑)毎月のように三宿でミッツィーさんのDJ聴いて「これはこういう文脈?」とか、みんなで話したりしてたけど、本人に聞いたら沢尻みたいに「別に...」って(笑)当時はプロモ盤もらって、それをそのままかけてたりとか。でもそこはあの人の"DJ力(ぢから)"で"アリ"にしちゃうから
J)その説得力ね…誰がかけるか問題。
刑)そこが宇多丸さんも認めるミッツィーさんのすげえとこだよね。圧倒的な"DJ力"
I)ナシをアリにする力みたいなのありますよね
刑)まさに。で、話を戻すとアイドルをかけるとみんな喜ぶ時代だったじゃない?なので浸透していないK-POPをあえてかけてた
I)K-POPの客じゃない人たちに
刑)そう、タマフル(ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル)のラジオリスナーと思しき人たちに、KARAとかも知らねーだろなーって思ってかけてた(笑)
J)誰の前でDJプレイしてるかってのも結構、DJには重要で
刑)たしかにそうだね、フロア見てないって言ってもそこは見てたかもしれない
J)だからこそひねくれる(笑)
I)ツボを外すっていう
刑)外す、君らが喜ばない曲をおれはかける(笑)
I)安易にやらない(笑)
刑)もちろんイイキョクの判断基準は意識してかけてるよ。たまによくない曲もかけるけど(笑)もちろんそれはよくないと認識してかけてる
I,J)(笑)

インタビュー後カフェの前で

【パーティとはなんなのか】

I)よくないと認識してかけるのは刑さんの選曲ってスムースなMIXなのにたまに通り魔的に変な曲をかけるじゃないですか。あれは意識してやってる?
刑)なんかつまんねーなって思ったら変な曲かける(笑)自分のなかで
I)今日の話聞いてなんとなくわかってきた。つまんねーなって思ってピシャって(浴びせかける)理由(笑)
刑)つまんねーなって思ってJ-POPのパーティなのにいきなり風の谷のナウシカかけたり(笑)
J)混乱(笑)
刑)フロアが「エッ?」ってなるのを楽しむみたいな
I)ボクは割と隣でやってる(声優レアグルーヴB2BユニットSweet Sling Singaporeの)犬重さんがそうなんですよ(笑)
刑)あー!そうか。そこはちょっと似てると思うな
I)でもやっぱその天の邪鬼というかひねくれの…
刑)安易に踊らせないけど、踊らせたい時ももちろんあって、その差し引きというか。でも大事なのはパーティの流れであって、俺のときはご歓談を〜とかお酒飲んでね〜とかも意識してプレイしてる。なんかJ-POPのパーティでありがちな頭からケツまでずっとアゲてるのとか、普通にしんどいしね
I)特にこの10年、顕著になってるのがDJのショーケース化が。そこはやっぱ違うだろって(スタンスですか?)
刑)うん。やっぱ”イベント”じゃなくて”パーティ”なので。これは昔セク山さんが言ってたんだけど「俺らがやってるのはイベントじゃなくてパーティ。イベントっていうのはお客さんを喜ばせるためのショーケース的なものだけどパーティーは自由で抽象的なもの。だから極端な話、別に楽しくない時間があってもいいし、音楽聴いてようと聴いてなかろうと、どっちでもいいじゃん。いろいろなものが混在してるのがパーティーだから」って。おおむねそんな感じのこと言われて。それは自分の中に常にある
I)聴いてもいいし、聴かなくてもいいっていうのは確かに
刑)そう。だからみんなには無理に盛り上げなくてもいいんだよって言いたい。イベントじゃなくてパーティやろうよ、と。
J)そうですね。パーティって(呼んでる)
刑)結構そういう認識の人たちが多いから(自分とは)「違うな〜」とか思うときもありつつやってる

I)刑さんのスタンスっていうのは一貫してるかなと思うんですけどJ.A.G.U.A.R.さんって割と場面によって(使い分けてる)。それこそショーケース的なものを求められてブッキングをされることが多いと思いますが
刑)ゆけむりとかもそうだしね
I)ゆけむりとかは割とそういうパッケージングで
刑)あれは明確にイベントだよね
J)そうそう、(自分も)場によって合わせていったり。少しだけ外したり。例えば昨日レコード系のパーティに呼ばれてジェットストリームってラジオのちょっとメロウな選曲のラジオをモチーフにしたパーティだったんだけどそれをちょっと踏襲しつつ少し違うことをやったりとかして。逆に自分の出番だけショーケースっぽくなっちゃったんだけど、みんな100点満点のテストで90点とか取ろうとするから、自分は一瞬でも120点を取る可能性のあることを試したいなと思って。それが良かったのかどうなのかわかんないけど。なんだろ、僕はDJ始める前にクラブとか遊びに行っててパーティにちょっと飽きちゃったっていうか、パーティの80点満点みたいな感じの雰囲気がなんとなくこうモヤモヤしてなんかJ-POPなら100点満点で採点できるな、巻き込んで盛り上げたりできるなってところがあったから、流れの中で瞬間的に、そのショーケース的な感じ、DJライブみたいな。ライブパフォーマンスとしてのDJみたいなのを意識してやってるかも
I)それは肯定的に?
J)そうね。(ショーケースでも)パーティの中で馴染むようにはするけどライブパフォーマンスであることは意識してる。それを薄めたり密度上げて完全にライブパフォーマンスみたいにすることもあるし
I)(でも)PURE IBIZAとかは完全にパーティーですよね。ショーケース感はそこまで意識してない
J)そうだね。それはイベントしか存在しなかったアニクラに対するアンチテーゼとしてやってるから。さっきパーティは抽象的なものってかっこいいワードがあったけど、パーティとイベントってイベントはこう”見に行くもの”っていうかね、”催し”なんだけど、パーティは友達の友達の友達が集まってくる人間関係のもので成立しているような”集い”だから
刑)パーティは別に目的がなくていいんだよね
J)うんうん。その中でパーティを形作るものとしてDJがいて、みたいな感じの意識の仕方をしてるかな。でもこれはパーティ、イベントってわけるってよりは比率の問題かな
刑)別に全然どっちもあってもいいし
J)パッと見は同じようなもんだからさ(笑)DJが並んでて催しがあって、人が集まるというか
I)J.A.G.U.A.R.さんは両軸それができるっていうのがすごいですね
J)おれはなんかハズしたくないっていうかね(笑)その場その場での良い選曲というか良いDJでありたいから(笑)そのイベントのコンセプトというかね、沿うようにするっていう感じかな
I)5月にフェーダーで「夜猿」って、アレのときなんかは全部ショーケースだったからJ.A.G.U.A.R.さんの時間は割とクラブ的なパフォーマンスだったって聞いて
J)まああれはみんな結果的に強くて(笑)あれはおれの中では後悔が残ってるっていうか。ショーケースにすれば良かったなって。
I,刑)全部つよつよだ
J)そう強くて。パーティがめちゃくちゃ盛り上がって出番もトリ前くらいにしてくれたんだけどみんな疲れちゃってて(笑)、なんかこうショーケースにも出来ない感じになっちゃってて…
I)でも、大阪の知り合いは「J.A.G.U.A.R.さんがいてくれてよかった」って言ってましたよ。
J)ほんと?だから超自分らしいやつやったんだよね。もちろんアゲにいくんだけどさ。
I)「(知り合いが)ゆけむり辞めてよかったって」(笑)
J)まぁ自分のDJ気に入って呼んでくれてるから、あんまり大ネタ系とかじゃなくて
刑)(場の雰囲気に)乗っかる感じじゃなくて
J)ちゃんと自分らしいやつをって思ってね。丁度みんな疲れてたからハマったってのもあったんだけど、爆アゲみたいなことは出来なかったけど…わざわざ遠くまで呼んでくれててさ。その心意気には報いたいんだよね。ちゃんと応えたいというか。
I)東京は別ですけど、遠征先で観るJ.A.G.U.A.R.さんってショーケースの場面に呼ばれることが多いから、そうではない"足腰の強いDJ"をやっている姿がインパクトデカいですね。ボクがやってたカンケリってパーティーで大阪でやってもらった時はそんな感じで「俺の好きなJ.A.G.U.A.R.さんだ!」って
J)あのパーティはお客さんこそ少なかったけど、逆にDJが聞き耳を立ててる現場で、ISHIIくん居るから半端な事出来ないなって思って、(BPM)125くらいでズァ~~っとグルーヴだけ作ってったみたいな感じで
I)DISCOのアップデート版みたいな感じでしたよね。元々ハコ自体がユニオンっていう大阪で伝統的なHOUSE箱の跡地でやってたトコで、そのシチュエーションも相まってすごいよかったのと、周りのアニクラのメンバーでアニクラではない何かクラブっぽいことやりたいってパーティーだったので、そういう意味でいうと、ショーケース見慣れてる人からするとああいうスタイルの方が刺さるってのはありますよ。やっぱり両軸出来る上にそのレベルがものすごく高いってのがJ.A.G.U.A.R.さんの凄さでもあるなと。
刑)そこは認めます
J)そう言っていただけると…恐れ入りますありがとうございます(笑)夜猿呼ばれたのも5月だったし、その前週に仙台呼んでもらった時も、ゆけむり辞めた後でさ、ころりが来てくれたけど、"個人でもこれだけ出来ますよ"っての発揮したかったタイミングだったから。仙台も結構イイDJ揃っててリテラシーも高いっていうかさ、だからああいう感じでも全然ついて来てくれて
ころり)みんな曲知ってる感じで
J)普段プレイしている東京と遜色なく盛り上がってたよね。パーティ感に溢れてた。

次回ゆけむりDJs脱退後、申し訳後などのターニングポイントや選曲について!

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