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#3 アラビア語のうた

武満が「準備された音」について語ったとき、僕の頭に浮かんできたのは、夜道で熱唱するアラブ人だった。

就職直前の2月、僕はフランスのブザンソンに1か月滞在していた。

フランス語を勉強するためだったけれども、なぜか全く勉強する気になれなかった。

(猛反省。)

ブザンソンはスイス国境近くの小さな街で、留学生がたくさんいた。

モンゴル人がチーズ作りを学びに来ていた。

(モンゴル人がチーズ職人になるためにフランスに留学している。大手企業の総合職を意図もなく片っ端から受けるという、典型的な日本の就職活動を終えたばかりの僕には、彼はまぶしすぎた。)

特に多かったのはフランス語系アラブ人だった。

クウェートから来ていたムハンマドくんと、ほぼ毎日一緒にケバブを食べていた。

(ありがとう、ムハンマドくん。元気かな。)

いつかの帰り道、一緒にいたムハンマドくんと、もう名前を思い出せないリビア人が、盛り上がって急にアラビア語で歌い始めた。

アラビア語圏で有名な曲だというので、僕も覚えようかと思って、彼らの音程を追おうとするけれど、その音の流れに驚いた。

彼らの歌う音程に全くついていけない。

真似しようと思っても真似できない。

でも彼らは楽しそうに一緒に歌っている。別にプロでもないのに。僕の知らない音階で。

不思議だった。それは僕の知っているドレミファソラシドではなかったのである。

あの時、僕は世界の広さを知った。

まさか音階が違うなんて、つゆにも思わなかったよ。

Triggered and Inspired by
『木村敏対談集1 臨床哲学対話 いのちの臨床』、青土社、2017年。


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