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人の怨みを軽く視る社会

「カルトの子」という書籍がある。容易に想像がつくように、親のカルト教団への献身・献金で、ネグレクトされた子ども達の話。

ごく常識的に、その教団がカルト的、しかも反社会的なカルト教団の疑いが少しでもあれば、当然近づかないに越したことがない。

カルトの定義は様々あるが、私がもっとも注目する点は「外部情報を聴き入れなくするマインドコントロールを行うこと」である。
(内部の教えを知らない)外部からのアドバイスにはサタン(悪)が憑りついたものだから耳に入れてはいけないと。
これに落とし込めば、教団の言うがままの思考停止ロボットになり、献金など無限に吸い尽くせるだろうし、被害者の目が覚めるということもない。

統一教会という反社会的カルト教団は明らかにこの事例に相当し、これまでも散々社会問題化してきたし今も何ら本質的に変わっていないようだ。
先日のすっとぼけた会長の会見も、この問題に真摯に取り組まれてきた弁護士の方々から後日、「あれは嘘だ」と指摘されている通りである。

問題は、このような明らかな反社会的カルト教団とズブズブの関係にあった政治家。その暗殺において、まるで容疑者の「誤解」とか「飛躍」「思い込み」のような表現が平気でマスゴミに垂れ流されていることだろう。

影響力のある政治家であればあるほど、そんな悪の権化と蜜月であっていいわけがない。容疑者が「教団総裁が無理ならこの政治家を!」となっても、誰が非難できようか?? あれほど反社反社と騒ぐマスゴミ。この教団が反社会的でないと言えるか?? 普通の家庭を破産させてもまだ平気な顔をしている教団のどこが反社会的ではないのか??

日本の良識などとっくにどこかに消滅したならば、むべなるかなである。

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