見出し画像

『春望』杜甫ーー行く春を惜しんで

4月も末になり、春が通り過ぎようとしています。

「春」を詠んだ漢詩はたくさんありますが、恐らく、日本で最も知られていると思われる詩、杜甫の『春望』をご紹介します。

意味はわからないながらも、中学校時代に暗唱しました!(させられました?)、という話をよく聞きます。高校では、必ずしもこの詩を授業で取り上げるとは限りませんので、時代背景や詳しい解釈に触れないまま通り過ぎる人も多いかもしれませんね。

題名の『春望』は「春の眺め」という意味を表しています。

「山河」「草木」「花」「鳥」・・・自然界の全てが春の到来を告げているのに、

人間界は、「国破(れ)」「烽火(に見舞われ)」、

自分自身は、「涙(を流し)」「白(くなった)頭」を気に病んでいる・・・。

実は、決して春らしくない心情を表現した詩でした。

  春望Chūn wàng    杜甫Dù Fǔ

国破山河在  Guó pò shānhé zài

城春草木深  Chéng chūn cǎomù shēn

感時花濺涙     Gǎn shí huā jiàn lèi

恨別鳥驚心     Hèn bié niǎo jīng xīn

烽火連三月     Fēnghuǒ lián sānyuè

家書抵万金     Jiāshū dǐ wànjīn

白頭掻更短  Báitóu sāo gèng duǎn

渾欲不勝簪    Hún yù búshèng zān

【書き下し文】

国破れて山河在り        

城春にして草木深し      

時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ

別れを恨んでは鳥にも心を驚かす

烽火三月に連なり

家書万金に抵(あ)たる

白頭掻(か)けば更に短く

渾(す)べて簪(しん)に勝(た)へざらんと欲す

【詩の形式】

五言律詩   押韻は、「深・心・金・簪」                   

【作者】 杜甫(712~770)

「詩聖」と呼ばれ、李白(「詩仙」と称される)と共に唐代を代表する詩人。

社会の矛盾を歌うことが多く、「杜甫、一生を憂う」と評された。

24歳の時に科挙(官吏登用試験)を受験するが失敗。

安禄山の乱(756年)の折、反乱軍に捕らえられ長安城内に軟禁された。

この詩は、757年、杜甫46歳の春に作られた。

【桂花私訳】

都長安は反乱軍に壊されても、山も川ももとの姿のまま

都には春が訪れ、草や木がいつもの春のように生い茂っている

無茶苦茶になってしまった今を思うと花を見ても涙がこぼれ

家族との別れの悲しさに、鳥のさえずりにもビクッとする

戦(いくさ)ののろしはこの三月(みつき)ずっと立ち上り

万金に値するほど大切な家族からの便りは途絶えたまま

白髪頭に手をやると髪は一層短くなっており

こんなことでは冠をかぶろうとしても、とても簪(かんざし)はさせそうにない 

*「冠」は、役人の象徴です。髪がうすくなって冠がとめられぬようになるとは、役人生活に復帰できないことを意味します。戦乱の世を平和にもどす事業に参加するため、早く役人生活に戻りたい。しかし今は年老いて、それもかなわぬのか、と杜甫は嘆いているのです。(①『漢詩入門』より引用)

1300年近く前の、中国での出来事ではありますが、その中で生きる人(杜甫だけではなく)に思いを馳せると、21世紀に生きる私たちにも通じるところがあるような気がします。

人間の世界は進歩していますか?

自然界はどのように変化しましたか?

皆さんそれぞれにこの詩にまつわるエピソードをお持ちかも知れませんね。

過ぎ行く春を惜しみつつ、もしよろしければ、一緒に思い出してみませんか?

【参考書籍】

①『漢詩入門』   一海知義著・岩波ジュニア新書

②『図説漢詩の世界』 山口直樹著・河出書房新社

③『新国語総合ガイド(四訂版)』 井筒雅風・樺島忠夫・中西進共著       京都書房            


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?