空の先

冬の空は、空気が澄んでいるから
遠く遠くに宇宙が見える。

なんなら、地面に射す木漏れ日などの暖かさにも宇宙を感じる。

気がする。

よく空を見るという人が、
「宇宙見えちゃうかあ」
と返してきたから、それは私みたいな目が悪い人間だけが見える妄想なのかもしれない。

いつか、その人も、
うんと疲れた時や、老眼になった時に
見えてしまえばよいとおもう。

きっと、そんな不安定な世界に必要な、綺麗な景色だから。

情報が多い。
テキストコミュニケーションが多い。

あんまり、本当は得意じゃない。

なにが正しいかわからない。
正しいを推し図りながら、言葉を渡すのもなんか違う気がする。

だから、隣に誰かいればいいなと思う。

私にとっての事実だけを、俯瞰的に、綺麗な要素だけを紙の上(ワードの上)に残したい。

足跡のように、生きた証のそれは、力強く、未来の自分をなにかしらで救ってくれることを知っているから。

別に、離れても、去られても、逃げる側でも、なんでもよい。

目の前の一瞬に、なにか自分らしさを残せたら、執着のない優しさをわたせたら、多分よい。

もしかしたら、損をしているのかもしれないけれど、よいものは作れている。

だから、私は、やっぱりあんまり向いていない。

でも、綺麗なものを、届いて欲しいとか、一緒にいて嬉しかった人たちに、渡したい。
そこに私がいなくても、私が作ったと知らなくても。

東京、冬、港区の朝、太陽付近の白い場所にはやっぱり宇宙が溶けている。

街路樹の桜の木には、春が浮かび始めている。

このくらいの執着で、ありえないくらいの純度と速さで、私の中の綺麗な世界を、見えない誰かに渡し続けられるといいなあ。


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