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パラレルワールドの東京五輪

このショートストーリーはフィクションであり、実在する人物、団体等とは関係ありそうでありながら、パラレルワールドでの出来事なので実際とは異なります。(実際、こうなったらかなりヤバいかも。でも、現実の方が想像をはるかに凌駕することが多すぎると感じるこの十年余です。)

開幕

アナ:2021年7月23日午後8時、待ちに待った2020東京オリンピック開幕の瞬間がおとずれました。全国のみなさん、こんばんは。ここ東京のオリンピックスタジアムは、現在気温28度、湿度70パーセント、晴れの夜を迎えています。日中の最高気温が36.4度でしたから、かなり気温が下がっているのでしょうか、私どものおります放送席には、閑散としたスタジアムの熱気は全く伝わってきません。
この放送は、女子マラソンオリンピック元代表の三須田通草(みすだあけび)さんの解説とともにお送りしてまいります。三須田さん、とうとうやってきました。

三須田:こんばんは。そうですね、歴史的な瞬間が今、幕を開けようとしています。前回、東京オリンピックが開かれた年に生まれた私としましては、57年後に再び迎えた東京オリンピックの場に立ち会えて、ほんとうに感無量です。昨年のコロナ禍で1年延長されたこの大会ですが、この1年間、IOC、組織委員会、東京都、そして日本政府が、一丸となって万全の体制を整え、今日この日を迎えることができました。まさに「世界の団結の象徴」と言えるオリンピックじゃないでしょうか。

アナ:あっ! ご覧ください。スタジアムの上空を今、無数のサーチライトが照らし出しています。そして、それに呼応するかのように、空をつんざくような轟音が聞こえてきました。テレビをご覧のみなさんには、スタジアムの中央に据えられたカメラからの映像をご覧いただけると思います。
何ということでしょうか! 今、夜空に青、黄、黒、緑、赤の五輪旗が大きく浮かび上がりました。祝田(いわた)解説委員、これは……。

祝田:航空自衛隊ブルーインパルスのアクロバット飛行ですね。ブルーインパルスはコロナ禍の昨年5月29日、東京都心を展示飛行して医療従事者を励ましたことで、一躍注目を浴びる存在になりました。しかし、そのときと違って、夜間のアクロバット飛行はかなり危険を伴うものと聞いています。わが国の自衛隊が誇るブルーインパルスだからこそできる離れ業ではないでしょうか。ほんとうに素晴らしいですね。

三須田:確かブルーインパルスは前回、64年の東京オリンピックでも、秋空のもとに今晩同様の五輪旗を描く飛行を行っていますよね。半世紀以上の時を隔ててのこの演出、なんとも粋ですね!

アナ:ああ、しかし、上空はかなり風が吹いているようです。五輪旗の輪郭がどんどんくずれて消えていきます。しかし、その消えいく五色の雲をサーチライトが乱舞するように映し出し、思わぬ幻想的な光景を醸し出しています。この奇跡の2020東京オリンピックを象徴しているかのような美しい光景です。

五輪ピッグ

アナ:星稲葡萄(ほしいなぶどう)の「東京サディスティック」のメロディーが流れてきました。今、会場中央にライトが灯されました。そして何かが出てきましたよ。ああ、今会場のスクリーンにもアップで映し出されました。これは何でしょうか? ブタです! 子ブタです! 1、2、3、4……5匹のかわいい子ブタが走り回っています。よく見ると、それぞれ青、黄、黒、緑、赤の首輪をつけています。「五輪ピッグ」ということでしょうか。何とシャレのきいた演出でしょう!
あっ、そして今、子ブタたちが走り去ったあたりがせり上がり、何かが登場します。ああ、2匹の大きなブタです。子ブタたちの親でしょうか。ブタの着ぐるみです。ブタの着ぐるみをまとった親ブタの登場です。手を取り合って進んでいます。そして今、立ち止まって頭部を脱ごうとしています。
あっ、着ぐるみから顔を現わしたのは、何と! 安倍晋三前首相と森喜朗組織委員会前会長のふたりです。意表を突く演出の連続です。

祝田:これは前回、2016年のリオオリンピック閉会式でスーパーマリオ姿になって世界の注目を浴びた安倍前首相の発案によるものと聞いています。森前会長は当初、自身の登場を固辞したそうですが、安倍前首相の「森さんがいてこそ実現した東京五輪」との口説き文句にほだされたとのことです。

アナ:そうでしたか。思えば、2013年の東京五輪招致を先頭に立って実現したのが当時の安倍首相でしたし、組織委員会会長として五輪開会を一貫してリードしてきたのは森前会長でした。

三須田:森前会長は昨年、ちょっと残念な発言があって会長を退くことになったわけですけれども、このおふたりの二人三脚と言いますか、息の合ったコンビネーションがあってこそ実現した東京五輪だと、私も思っています。

アナ:今、ふたりは客席に向かって手を振り、大きく頭を下げています。そして、その先には、貴賓室で天皇・皇后両陛下がお立ちになり、にこやかに手を振りお応えになっています。さらに、その右隣には、菅首相と真理子夫人の姿も見えます。

祝田:安倍前首相は、予定どおり昨年にオリンピックが開かれていれば、今、菅首相のいる席にいたわけですから、内心、心穏やかならざるものを感じているのかもしれませんが、そんなことを微塵も感じさせずにピエロ役を買って出るあたり、ほんとうに安倍前首相の人柄が偲ばれます。

入場行進

アナ:さあ、いよいよ選手団の入場です。最初はオリンピック発祥の地、ギリシャ選手団です。旗手は陸上競技審判員のソクラテス・シノポロスさんです。なお、ギリシャからの参加はシノポロスさん1人です。
そして次は、中東の紛争地イラツク共和国です。イラツクの旗手は男子砲丸投げのイラツク記録保持者フセイ・アリ選手です。イラツク共和国は選手1人の参加です。

祝田:安倍前首相は在任中にイラツクを訪問して和平に大きく貢献し、復興資金として1兆円の援助を行いました。

アナ:なお、選手団の入場は従来アルファベット順に行われるのが恒例でしたが、本大会では日本の古式に則ってイロハ順に行われています。

祝田:これは森前会長の発案と聞いています。日本の伝統あるイロハ順の入場、既成概念にとらわれないとても斬新なアイデアですね。

アナ:そういう間にも、入場行進は次々と進み、ロンバルシア王国、ハングリー共和国、ニノウエと続いていきます。残念ながら、各国の紹介を十分にする時間がありません。これも本大会の特徴であるスピーディーなオリンピックの表れでしょうか。
あっ、そして今、中国の大選手団が入場してきます。何と30人の大選手団です。中国は本大会に、主催国の日本に次ぐ大選手団を派遣してきました。

祝田:ご承知の通り、来年2月に北京で冬季オリンピックが開催される予定です。そんな中、アメリカのバイデン政権は中国に強硬姿勢を貫き、オリンピックボイコットも示唆しています。中国には、本大会に大選手団を派遣して日本に恩を売るという政治的意図が感じられます。もしアメリカが北京大会ボイコットというような挙に出ると、菅首相としては難しい政治判断を迫られることになるかもしれません。

三須田:多くの強豪国が欠場するなかで、本大会で中国は日本にとって最大のライバルになりますね。そして、この中国の大選手団は、まさに「人類がコロナに打ち勝った証」とも言えるでしょう。

祝田:おっしゃるように、新型コロナウイルスは一昨年の年末に中国の武漢から始まり、当初、中国政府がそれを隠蔽しようとしたこともあり、多くの犠牲者を出しました。しかしその後、中国は社会主義体制の強権的手法を用いてコロナ封じ込めに成功しています。

アナ:中国の次は西アフリカのリビエラ共和国です。リビエラの旗手は男子マラソンのムハンマッド・カッザーフィー選手です。

三須田:この選手は国際的にはほとんど無名ですが、灼熱のサハラ砂漠でトレーニングを積んでいると聞きました。マラソン競技は札幌で行われますが、日程は8月8日です。北海道も地球温暖化の影響で、8月上旬に30度を超える日も少なくありません。そういう意味では、カッザーフィー選手もダークホース的存在として目が離せませんね。

アナ:三須田さんのお話が続いている間にも、ルワンタン、オランチ、ヨルダワ、ソマレア等、アフリカ諸国の入場が続きました。

祝田:安倍首相は在任中、本大会の参加30ヵ国中、実に25ヵ国を歴訪し、計12兆円の経済援助をしているのですね。まさに安倍外交の花が思わぬかたちで今咲いたと見ることができるのではないでしょうか? そしてそれは、安倍外交をしっかり引き継いだ菅首相の手腕を示すものでもあるでしょう。

アナ:ほんとうにそのとおりですねえ。あっ、そして今、スリナンカ共和国選手団のあとにひときわ目を引く一大選手団の入場です。開催国日本です。選手、コーチ、審判ら総勢312人の主催国の名に恥じない巨大選手団の入場です。旗手は女性活躍の代表、女子レスリングの須田沙恵選手です。ああ、選手のみなさんはかなりリラックスした表情で、観客のいない客席に手を振っている選手もいます。ほかの国の選手がみなマスクを着用しての入場のなか、日本選手団は全員ノーマスクです。安全・安心の東京オリンピックをまさに身をもって示しています。頼もしい限りです。

聖火の点火

アナ:さあ、これから選手・審判・コーチの宣誓が行われます。宣誓するのは病を克服し奇跡の復活を遂げた水泳の沼井瑠華(ぬまいるか)選手です。

三須田:沼井選手の復活劇は、ともするとコロナ禍で暗いニュースばかりの日本社会に、大きな希望をもたらしてくれましたよね。私たちは沼井選手のためにも、何が何でも東京オリンピックを成功させなければならないと、あのとき誓いました。沼井選手には、この大会でぜひ大活躍してもらいたいところです。

アナ:さて、オリンピック旗掲揚に続いて、会場は厳かな雰囲気でいよいよ聖火の入場を待ちます。最終ランナーの1964東京オリンピック金メダリスト、二宅信義(にやけのぶよし)さんは、すでに聖火台の下に控えています。思えば今年3月15日、復興五輪の象徴である福島を起点に全国をめぐってきた聖火が、今、オリンピックスタジアムに到着しようとしています。
あっ、今会場に聖火が到着した模様です。ランナーは誰でしょう。

三須田:1988年ソウルオリンピックシンクロナイズドスイミング、今回からシンクロはアーティスティックスイミングと名称を変えましたが、その代表の大谷知加子さんのようですね。

アナ:ああ、そうですね。大谷さんです。大谷さんがグラウンドをゆっくりと走り、最終走者の二宅さんのトーチに今点火しました。御年81歳になられる二宅さんが、ゆっくりとスタジアムを駆け上がっていきます。
そして今、二宅さんが聖火台に到着しました。スタジアム内もかなり風が吹いているようです。二宅さんのトーチの火が今にも消えそうです。そして、今聖火台に点火します。……強風に煽られてなかなか点火しません。……係員が駆けつけて何かしている模様です。ああ、二宅さんのトーチの火が消えてしまったのか、今、再度点火した模様です。……まだ、聖火台に灯がともりません。……二宅さんのトーチの火がまた消えてしまったようです。……あっ、聖火台に灯がともりました。どうなったのか、ここからはよく確認できませんが、とにかく聖火台に灯がともりました。さあ、いよいよ17日間の2020東京オリンピックが開幕しました。

金メダル3桁

アナ:さて、明日から各競技が本格的に始まるわけですが、三須田さん、ズバリ日本のメダル獲得目標は?

三須田:はい、日本選手が過去、金メダルをいちばん多く獲得したのが1964年の東京大会と2004年のアテネ大会の16個なんですね。そして、アテネは5位、東京が3位でした。しかし、この記念すべき歴史的な2020東京大会では、3桁の金メダルを狙って堂々の1位に輝いてほしいと思います。

アナ:3桁ですか。ずいぶん大胆に出ましたね。可能でしょうか?

三須田:私は今の日本選手の実力なら、十分に可能だと信じています。そして、そういう機会はめったにめぐってこないので、ぜひとも実現してほしいですね。

アナ:祝田さんの方からも最後にひとこと。

祝田:この開会式でも確認できたように、2020東京オリンピックは、当初から「コンパクトなオリンピック」の実現をめざしているんですね。参加選手数だけでなく、無観客の実現によるボランティアスタッフや警備人員の大幅削減も実現しました。一部で懸念された医療スタッフの動員も最小限ですみました。まさに、これからのオリンピックの新しい方式を世界に示す大会になるのではないでしょうか。

アナ:NHKでは明日から閉会式までの全日程を独占放送してまいります。日本選手団の金メダルラッシュが期待される2020東京オリンピックを、みなさん、ぜひお茶の間でお楽しみください。
以上、異次元ワールドのオリンピックスタジアムから、実況生中継でお伝えしました。

(終)

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