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私が政権批判等「政治的発言」をやめた理由

 私は去る10月31日をもって、狭い意味の「政治的発言」をやめ、同日、ツイッターで以下のようにツイートした。

その動機も、その2日前にツイートした。

 有言実行が私の信条なので、以来今日まで、私はそのように行動してきている。ここでは、なぜ私がそのような決意を固めて実行するに至ったのか、その詳細を述べておこうと思う。

すべては政治への強い関心がなせる業

  私は小学校高学年の頃から政治に強い関心を持ち、学生運動や労働運動を通して、また、その後の長い空白を経て、2011年の3・11後の脱原発運動への関わりを通して、政治へ深く関わってきた。また、2010年から始めたツイッターでは、広い意味、狭い意味を含めた政治に関するツイートを中心につぶやいてきたし、それ以前から続けてきたブログやこのnoteでも、度々政治に関する記事をアップしてきた。

 とりわけ、3・11後、なかでも2012年末のアベ政権登場後は、日本の政治状況に強い危機意識を持ち、しばしば絶望感に打ちひしがれながらも、強烈な政権批判や、時にふがいない野党に対する建設的な批判を繰り返し行ってきた。

 アベ政治が、当初の特定秘密保護法や安保法制等の強行成立等に見てとれるような独裁的傾向のみならず、モリカケ桜等の権力犯罪を犯し腐敗堕落を極めるに至り、安倍晋三には単に首相辞任でよしとせず、法と正義に従って逮捕・起訴・裁判を経て下獄するまでは決して許さないという強い公憤を覚えてきた。

 ところが、突如襲ったコロナ禍で、アベ政治がなんら有効な手立てを打てずに迷走してアベ辞任に至り、その後を継いだスガがほぼ私の予想通り1年ほどで退陣を余儀なくされる状況下で迎えた先の総選挙は、本来なら野党がほぼ9年ぶりに政権を奪回する絶好のチャンスとなるべきだった。

 しかし、長期腐敗独裁政権のもと、マスコミがアベスガのコントロール下に置かれた状況下で政権交代を実現するには、支持率が低迷したスガ政権下においてでさえ、単なる野党共闘では無理で、野党連合政権の具体的政権構想と首相以下の主要閣僚名簿を前面に掲げて一丸となってたたかわない限り政権交代は難しいし、もしこの好機を逃せば、今後、少なくとも10年は政権交代は無理だろうと、私は断言してきた。(次の総選挙で一発政権交代を決める秘策等)

 そして、選挙結果はご存じの通りであった。また、今後、維新のような現与党の補完勢力が政権参加したりその主導権を握ることはあったとしても、まともな野党が政権の座に就くには、10年という歳月は短すぎるかもしれない状況にあることは、現在の野党の惨状を見れば論を待たないだろう。

 そうしたことを見越して、私は結果が出る前に、ツイッターで冒頭のような宣言をあえて行った。

 私が社会に対して影響力のある人物なら、こうした言動は社会変革を求める勢力に大なり小なり悪影響を与えるかもしれないが、作家という肩書きを持ちこそすれ、ツイッターのフォロアー数がたかだか1,500人程度のほぼ無名の私であってみれば、幸いこうした宣言やその実践も、社会にさざ波ひとつ立てるものではなかろう。

日本政治と日本人の政治的部分に見切りをつけた

 では、なぜ私がこうした結論に至ったのかといえば、ひと言でいって日本の政治と日本人の政治に関する部分に最終的に見切りをつけたということだ。今まで、何度となく裏切られ、絶望を繰り返しつつ、なんとか一抹の希望を持って見守り続けてきたものを、ついに見限ることにしたわけだ。

 なぜなら、今後少なくとも10年は、少しでもまともな政治、まともな社会が望めないだろうに、その10年後に私が生きている保証はどこにもない。いい方を代えれば、私が生きているうちに、この日本に少しでもまともな政治が蘇ることも、少しでも住みやすいと感じられる社会になる希望も持てないということだ。

 私がもっと若ければ、10年先、20年先のよりよき社会に希望をつなぐこともでき、そのために政治的活動をできる範囲で行うこともできようし、せめて20歳、いや25歳若ければ、逆にこの国を見捨ててさっさと海外移住を果たすこともできるだろうが、今の私にはそのどちらも不可能だ。

 私が絶対に許せない安倍晋三が、韓国の前大統領のように下獄する可能性も、その間に犯罪事実がどんどん時効を迎えて限りなくゼロへと近づいていくだろう。ほんとうは私は、彼が下獄することによって彼を許したいのだが、現実はそれさえ許してくれない。

 希望の持てないことにエネルギーを費やすことほど、しかも、本来必ずしもプラス、マイナスどちらかに偏るべきものではないはずのそのエネルギーが、どうしても負のエネルギーに傾かざるをえないことに注ぎ込むことほど、ばからしく健康によくないことはない。

 だったら、残された人生、その政治的なものへ向けられていたマイナスのエネルギーを、趣味の野鳥撮影やそれをインスタグラムに上げるというプラスのエネルギーに投じた方がよっぽど幸せになれる。そしてそれは、たとえどんなに刹那的な幸せであっても、現世で私が得ることのできる決して多くない大切な幸せには違いない。(来世を信じない私にとっては、そんな小さな幸せも、大げさに表現すれば“至福の時”と感じる瞬間すらある。)

 それを敗北主義というなら、そのそしりは甘んじて受けよう。

日本人の頑強な保守性のDNAと私

 それにしても、ここで改めて思うのは、教育によって培われた日本人の政治的無関心と、類い希に見る保守的な国民性だ。小学生の頃から政治に関心を持ち、リベラルでラジカルな生活様式と思想の持ち主である私にとっては、とても不幸なマッチングだったとつくづく思うしかない。

 日本人の保守性に関していえば、それは単に政治的なことに留まるものではない、歴史と伝統、社会、生活の隅々にまで染み込んだ日本人のDNAといっても差し支えないものだ。そしてその保守性は、時に極右的なものなら極端な過激思想とさえ親和性を示しつつも、逆に、進歩的、革新的、ましてや革命的なものとは決して相容れないだけでなく、少しでもリベラルなものさえ許容しない頑強な保守性だ。

 戦後の55年体制下で日本社会党が永遠の2分の1野党に甘んじてきたことに象徴されるように、日本社会において革命的、進歩的、革新的、リベラルな勢力は、決して社会の四半以上を占めることはできない運命にある。2009年の民主党政権誕生も、その党が自民党の片割れと旧社会党右派勢力の寄せ集めでできた八方美人的な曖昧集団だったからこそ実現したようなものであり、そこにまた民主党政権の敗北の必然性も内包されていたのだ。

社会問題への批判的視点と私の生き方

 冒頭に掲げたツイートでも述べたように、私が口を閉ざしたのは、あくまでも狭い意味での政治、すなわち、国会論戦がどうのとか、個々の政治家が何したとか、何々党がどうとかいう問題であって、もっと広い意味の政治(私がかねてより関心を持っているベーシックインカムや国際政治等を含む)や、LGBTとかフェミニズム、性暴力、民族・人種差別等々、個々の社会問題についてまで目を背け口を閉ざすものではない。

 また、このどうしようもない日本社会を少しでもよくしようと、その社会であえぎ苦しんでいる人々をひとりでも救おうと、そうした社会問題に地道に取り組んでいるNPOや市民運動家、社会活動家等には深く敬意を表するものである。

 今の私にそうした問題に対してできることといったら、文字の力で連帯を表明すること以外には、せいぜいネット署名を行うことくらいしかないが、それくらいのことはそうする力が尽きるまで続けたいと思う。

 引き合いに出すのも憚られるが、先頃亡くなられた瀬戸内寂聴さんのような強靱な生き方(政治への関わり方ひとつとっても)は、私にはとうてい真似できるものではない。弱い私は弱い私らしい生き方を最期まで全うするしかない。

付記:こうして狭い政治へのコミット・コメントを手放してからの変化を述べると、まず、ニュースチェックの時間が大幅に減った。上述した国会論戦がどうの、個々の政治家が何した、何々党がどうとかいう記事は、あまり読む熱意が湧かなくなったのだ。

 そして、第2の変化は、そうした政治への怒りとか失望、絶望をあえて遮断することによって、より精神的に健康な日々を送ることができるようになった。どうせどうにもならないことなら、ひとこと言ってすまそうじゃないか。
勝手にしやがれ!


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