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山本太郎は日本のサンダースをめざして野党第一党に参加すべき

 アベが2週続けて慶應大学病院を受診し、それをマスコミが追いかけ回す中、憲政史上最長の在任記録を更新するや、「アベXデー」がささやかれる等、政界は風雲急を告げる局面に突入したかに見える。実際、今日この瞬間にも、なにか重大発表があってもおかしくない状況だ。

立国合流は「やらないよりまし」

 そんななか、立憲民主党と国民民主党の合流が決まり、9月に民主系無所属会派も合わせて衆参両院議員150人規模の新党が誕生することになった。
 難航してきたこの旧民主党・民進党系の合流話を、私は当初から冷ややかな目で見てきた。なぜならそれは、単なる数合わせ、旧民主・民進系が元の鞘に収まるだけにしか思えず、それではとうてい多くの国民の支持が得られないと思ったからだ。実際、最新の世論調査でも、この新党に「期待が持てる」が17%で「期待が持てない」が68%だった。(每日新聞世論調査、8月22日実施)

 しかし、今回の合流は、当初立憲が主張していたように立憲への国民の吸収合併ではなく、両党が解散したうえでの新党結成で、党名も投票で決定する一方、立憲が掲げてきた「原発ゼロ」が綱領に織り込まれる等(その点に関しては、国民内の電力総連をはじめとする連合の組織内議員の抵抗もあり、結党までそのまま維持されるか不透明な点はある)、立憲が名を捨て実を取った感が強い。

 そうだとすると、9月に結成される新党は、八方美人的な中道政党であった「旧民主党・民進党の再現」というよりも、少し左へシフトした中道リベラル政党の誕生になる可能性が高い。実際、今回新党へ合流しない前原誠司をはじめ、細野豪志、松原仁、長島昭久等の右派議員の多くは、すでに両党から離脱している。

 また、野党共闘の面からみても、旧民主党や民進党では共産党との共闘が限定的なものにとどまり、政権交代後の政権には共産党はせいぜい閣外協力以上の関わりが期待できなかったが、新党の下では共産党との共闘関係がいっそう強化され、新政権への共産党からの入閣も現実みを帯びてこよう。

 こうしてみると、今回の立国合流・新党結成は、少なくとも「やらないよりまし」なこととして、肯定的にとらえることができる。

山本太郎と都知事選

 一方、先の都知事選で久しぶりに存在感をアピールした山本太郎は、その後起こった大西つねきの発言問題が尾を引き、一部党員の離党を招く等、風前の灯火といっても過言でないような状態に陥っている。

 私は山本が都知事選立候補を表明するはるか以前の4月21日に「コロナ禍の今こそ山本太郎を東京都知事選野党統一候補に」と主張した。現実には彼が立候補を表明するより前に、宇都宮健児が事実上の野党統一候補に決まっており、山本太郎は独自のたたかいを強いられることとなった。

 そして選挙の結果、山本は宇都宮に次ぐ3位ながらも66万票近く(得票率10.7%)を得た。コロナ禍によって全国ツアーや街頭記者会見の「自粛」を余儀なくされ、YouTuberのような存在になっていた山本太郎が、テレビ局の異常なまでの都知事選報道の少なさにもかかわらず、再び表舞台へと登場し、存在感をアピールする場として大いに機能したといえよう。

 存在感をなくした山本太郎と新選組

 しかし、上述したように、その後に起きた大西つねきの発言問題は、まず新選組支持者の間に対立を生み、一部支持者の離反を招いた。それだけにとどまらず、この問題は、新選組の組織問題へと発展した。現在も党の規約をめぐって議論が交わされているようだが、私には今の山本太郎と新選組にとって、それはエネルギーと時間の浪費以外のなにものでもないように映る。

 衆議院議員の任期はあと1年あまりであり、今の政局を考えると、コロナの第2波がピークアウトしたかに見える現時点では、早ければ9月の解散総選挙も充分にあり得る。新選組が現在まで候補者として擁立を発表したのはたったの13人。その後、コロナ禍の中でも内々に擁立作業は進められているのかもしれないが、目標の100人以上にはとうてい及ばないのではないか? また、もし解散となって擁立を急げば、大西のように党の理念にそぐわない候補者を擁立する誤りを、また招かないとも限らない。

 一方、万一「消費税5%」での野党共闘が実現したと想定すると、次の選挙で新選組の当選者は、山本太郎を含めてせいぜい2、3人が関の山だろう。そして、当の山本太郎は小泉進次郎よろしく、人寄せパンダ的に野党共闘のシンボルとして大いに利用されることになるだろうが、その結果は、新選組の埋没にほかなるまい。

新選組とMMTへの違和感

 私は3・11後の脱原発運動の中で、山本太郎をいちばん信頼できる活動家として期待し、2012年年末の総選挙にも立候補すべきだと影ながら背中を押し、翌13年に参議院議員になってからは最も信頼できる国会議員として一貫して支持してきた。翌14年年末に小沢一郎の「生活の党」に合流したときも、議員としての発言の機会を得るための方便と心得たし、昨年の参議院選を前に自由党が国民民主党に合流する際に離党したのも当然と受け止めた。

 しかし、その後彼が新選組を立ち上げると、私は新選組と山本太郎に若干の違和感を抱くようになった。ひとつはその党名だ。私は昨年5月に元号が変わったのを機に、それまでの西暦主義を徹底し、新元号を「言わない・書かない・使わない」と宣言した。その党を○○○と一般的な呼称を使わず「新選組」といい続けている所以だ。

 それはさておき、私がその頃から山本太郎に抱きはじめたいちばん大きな違和感は、彼のMMT(現代貨幣理論)への傾倒ぶりだ。私は消費税ゼロや反緊縮には共感するが、MMTには同調できない。ましてや、彼がMMTに傾倒するあまり、与党内のあやしげな議員やトンデモといっていいような学者と研究会のようなことをやることには、大いに疑問を感じている。

枝野幸男にあって山本太郎にないもの

 とはいえ、私も昨夏の参院選では立憲支持から新選組支持へと乗り換え、その躍進を願ったひとりである。しかし同時に、新選組はあくまで「山本私党」に過ぎない、というのが当時から現在まで一貫した私の見方だ。そして、その私党としての矛盾が吹き出したのが、今回の大西問題とそれに引き続く組織問題だと思っている。

 私は現在も、山本太郎に、次が無理でも次の次の首相候補として変わらぬ期待を抱いている。彼はその器であるし、国と国民を率いていくリーダーシップも持ち合わせている、そしてなにより、政治のリーダーとして必要とされる共感力や弱者への熱い眼差しを誰よりも強く持っている。

 しかし、現在発現している弱点(であるとともに強み)は、彼は本質的に一匹狼であり、自ら党を組織し率いていくのが苦手な政治家だという事実だ。もし枝野幸男と比較して山本太郎が劣る点があるとするならば、まさにこの点だろう。

ポデモスになれない新選組

 私が新選組に距離をおいた理由は、もうひとつその理念にある。現在掲げている個々の政策に反対だというわけではない。ただ、足りないものが多いのだ。

 私が現在最も共感する政党は、スペインのパブロ・イグレシアス率いるポデモスだ。ポデモスに限らず、イタリアの五つ星運動等、ヨーロッパにはベーシックインカムの導入をはじめ、ポスト資本主義社会を展望した理念や政策を掲げる21世紀型のリベラル・左派政党がいくつも存在する。いわゆる「左翼ポピュリズム」政党だ。

 新選組もポピュリズム政党視されることがあるが、肯定的な意味での「左翼ポピュリズム」政党として欠けるのは、上述したような未来志向の政治理念だ。それでも当初は、新選組がそのような政党に発展していくことを期待したが、この1年余りの新選組を見ていると、下手をすると逆に「右翼ポピュリズム」の方に絡め取られかねない危うさを感じることさえある。

 しかも、組織は未だに「山本私党」を抜け出せずにいる。

アメリカ民主社会主義者の戦略

 惜しくも2回続けて大統領候補になれなかったものの、バーニー・サンダースの活躍を通して、アメリカの「民主社会主義者」の存在が世界に知れ渡るようになった。サンダース自身は無所属でバーリントン市長や下院・上院議員を務めてきたが、彼を一貫して支えてきたのは、アメリカ社会党を前身とする「アメリカ民主社会主義者」だった。

 承知のように、アメリカの政治は民主・共和両党の2大政党制に支えられており、大統領選挙は事実上、このふたつの政党によって争われる。無所属や弱小政党から立候補することも可能だが、ほんとうに大統領になろうとしたら、2大政党の予備選挙で勝ち上がるしか現実的には道がない。そうした中で、前回2016年の選挙では、民主党ではサンダースとヒラリー・クリントンが予備選で最後まで争い、共和党も生え抜きの党員ではないドナルド・トランプが予備選を勝ち抜き、本選でクリントンを破って第45代大統領になったのだった。

 サンダースを支えたアメリカ民主社会主義者は、議会選挙では民主党等への加入戦術をとっている。2018年の中間選挙で28歳で下院議員に当選して脚光を浴びた、MMTの信奉者でもあるアレクサンドリア・オカシオ=コルテスもそのひとりだ。

日本のサンダースをめざせ

 日本も、1994年に小選挙区制が導入されてから、2大政党制へと移行した。この制度には民主主義の議会制度としては少数意見が反映されにくいという決定的な欠点がある。(参照:完全比例代表制なら自民155議席の衝撃!-多数決の横暴・小選挙区制の廃止を!)また、現在では2大政党制どころか、実質的には1強独裁体制を招いてさえいる。

 上述したように、こうした現実を踏まえると、山本太郎が新選組代表として首相になるには、新選組自体が野党第一党になるか、かつての村山政権のように、連立政権下のパワーバランスの結果、少数党の党首として首班指名を受ける以外に道はない。

 しかし、今秋にも予想される総選挙で、そのような構図ができあがる可能性はほぼゼロに近い。

 いや、万一、新選組が100名以上の擁立に成功してほぼ全員が当選し野党第一党になり、与野党逆転も実現したとして、今のような山本私党状態では党運営がうまくいくかさえ覚束ない。問題発言やスキャンダルで炎上する議員が続出するかもしれない。そうしたリスクを避けようとしたら、何年もかけてしっかりとした政党に育てていく必要があるだろうが、残念ながら時間がない。今の日本は、すぐにでも「山本首相」を必要としているからだ。

 そのための解決策は、大きくいってひとつしかないように思われる。それは、新選組が野党第一党に合流するか、新選組を解散して山本太郎が新党に合流するかだ。(後者の場合、舩後靖彦・木村英子両参議院議員にはそれぞれの判断で道を選んでもらうことになろう。)

 その際、消費税5%云々といった議論は封印するのだ。新党の中にも消費減税論者はたくさんいるのだから、そこで議論すればいい。

 山本太郎が新党に合流すれば、化学変化が起きる可能性は充分にあるだろう。次期総選挙で、新選組独自でたたかったり、野党共闘でたたかうよりも、より多くの議席を獲得できることは間違いないだろう。

山本太郎というアイコン

 山本太郎が希有な政治家であるのは、上述したような首相として必要な才能を備えているだけではない。消費税をめぐるこの間の議論や3年前の立憲ブームと昨年の山本太郎現象等から招来した枝野幸男等の一部政治家との感情的確執を除くと、彼ほど敵の少ない政治家も珍しいのではないのか? 左は共産党から、社民党、立憲内の反緊縮派、そして国民内にも小沢派はもとより彼と気脈を通じる政治家は少なくない。

 山本太郎はそういう意味で、野党共闘共通の唯一最強のアイコンになり得る。そして、そのアイコンは国民に対しても有効だ。なるほどアベシンゾーというアイコンも予想以上の国民にこの間、何となく受け入れられてきたが、一方で私のようにアレルギーを引き起こす国民も少なくないアイコンだった。しかし、山本太郎は、一部のネトウヨ的感性の持ち主を除くと、多くの人々の共感を誘いうるアイコンだ。少なくとも、彼の演説を一度でも聞いた人の多くを引き込む力を持つアイコンだ。

 それは中道・リベラル・左派共通の財産であるばかりか、大多数の国民にとっても得がたい財産だ。そのアイコンは大切に守り育てていかなければならない。

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