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ある日突然、バイクに恋する。

35歳だった夏のこと。
当時付き合っていた夫に、四国を巡るツーリングに連れて行ってもらった。もちろんタンデム。
参加者は大勢いて、四万十川で泳いだりキャンプをしたり、足摺岬あたりで焚き火で焼いた極上の鰹のたたきを食べたり、驚くほど美しい月を見たりして楽しかったのだが、バイクについての感想は特にないまま、黙って後ろに乗っていた。

ツーリングは続いていたのだが、「今日中に帰らなければ」という夫と共に別行動を取り、早朝に空港を目指して太平洋側の海岸線を走った。
林の中の道はしっとりと涼しく、海が見えると突然明るく暖かくなる。
何なんだろう、この感覚!
まるで、ダイビングをしているみたいだ。冷たい水と温かい水がそれぞれの流れになって混じり合っている感じ。こんなことが陸でできるなんて。
ショックだった。

それまでも、都内で移動のために、後ろに乗せてもらったことはあった。学生時代の仲間にはバイク乗りも多かった。
けれども、特になんとも思わず、一度たりとも自分で乗ろうと思ったことはなかったが、この時は、まさに「天啓にうたれた」という感じだった。
帰りの飛行機の中で、私は、「どうやって免許を取ろうか」しか考えていなかった。頭はフル回転していたと思う。

午後に、当時住んでいた実家に帰りつき、その足で、教習所に向かった。自動車の免許を取った教習所が比較的近くにあり、バイクの教習もあったことを思い出したのだ。
実家近くに送迎バスの停留所があったはず、と確認したら、そのときも同じ場所にあった。教習所に通ったのは17年も前のことなのに、これはラッキー!
さっそく時間に合わせて乗り込み、講習申し込み。
かなり前のめり。

もちろん親には、教習所のことは内緒。
反対されるとかそういうことではなく、取れる自信がまったくなかったので、失敗がバレることが嫌だったのだ。
翌日から、いきなり教習を始める。いま思うと怖いもの知らずというか、何やってるんだとも思うが、とにかく、前日の四国での興奮が体に入り切っているので、躊躇や恐れはまるでない。

乗るのはホンダのCB400。オンロードなので足付きは悪くないし、400ccで、バカでかいという感じでもないので乗ることは乗れたが、転びまくって全身青あざだらけ。でもイヤだとはまったく思わなかったので、かなりイカレていたのだと思う。

とはいえ、2段階目までは苦労した。
どうもバイクと自分が一体化していない感じで、しっくり来ないのだ。
でもあるとき、タンクに両手を置いて、「私のために走って」と念をかけたら、突然、エンジン音がハートで聞けるようになった。これは本当。
教習所だから、毎回違うバイクに乗るのだが、音はいつも同じように聞こえるようになり、それからは俄然ラクになった。

車の教習は、かなり嫌々通っていたが、バイクにはそれがない。
教官も皆、にこやかないい人たちで、自分がバイクに乗ったり、教えたりするのは心底楽しそうな様子。
女性は毎回一人いるかいないか。

一度、「なんで免許取ろうと思ったの? 彼氏が乗ってるの?」と若い教官の一人に聞かれたことがあった。
「彼氏とは関係なく、私は一人でもバイクに乗る」という決意があったので、「いえ、そういうわけでは」と答えたら、その人はなんと、私が乗った送迎バスの後を追っかけてきた。
さすが、バイク乗りである。速いw
停留所でのお誘いは丁重にお断りしたが、その後、またサッとバイクで去っていく姿はなかなかのものだった。

やる気だけは満々だが、とにかく、教習の時間割がうまく組めない。一日2回乗るとかはザラで、3回の日もあり。
主要駅からの送迎バスもあったので、朝会社に行ってから中抜けして教習所に行き、また会社に戻ったことすらあった。その頃は深夜まで働いていたので、そんな芸当が可能だった。

後半はなんとなくうまく行き、バイクを自力で起こす、という検定項目もなんとかクリアして、とにかく2週間で免許取得。
いま思えば、集中的にやったことが、逆によかったのだと思う。

免許センターに行ったとき、「あなたのようなお嬢さんがバイクねー。へー。なんで? なんでかねー」と窓口の方に言われたのを覚えている。
やっぱり、バイクは危険、というイメージか。当時もいまも。
ルンルンで親に報告したら、もちろん、呆れられました。

(つづく)



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