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【エッセイ】ストーリーを紡ぐ

 私の手元に、古い日傘がある。

 その女性物の日傘は、現代に比べてかなり小ぶりな作りで、骨の数が多い。藍染の木綿の布が貼ってあり、模様が白抜きになっているのだが、あまりの経年劣化で、白色が日に焼けて茶色になっている。持ち手は竹で、こちらも経年により、なんとも言いようのない味を出していた。中棒も、気のせいではなく確実に、若干曲がっている。これは、
50年近く前に亡くなった祖母のもので、祖母亡き後、母が使っていたが、そのうち、母が日よけに帽子をかぶるようになり、使わなくなったので、私が愛用しているのである。

 不思議なことに、この祖母の日傘は、どこで忘れても私の手元に戻ってきた。
 この初夏にも、渋谷のホテルの化粧室に忘れたが、原宿まで歩いてきて気づいたとき、先方に電話をしたら、レセプションに届いていた。よくもまぁ、こんな古びた日傘を、どなたかが届けてくださったものだと思う。
 さて、こうなると恐怖に思うのは、これをどこかで失くした時のことである。この日傘が、失くなるようなことがあったらどうしようと、私はここ数年、いつか来るかもしれないその日を心配していた。そして数年の間、この祖母の日傘に代わる日傘はないものかと、いつも探しながら夏を過ごしていたのである。
 3年ほど前、都内の百貨店で、これはというものを見つけたが、あまりに高額なため購入するには至らなかった。2度も見に行ったが、買う決心がつかず、その後も私は、祖母の古びた日傘を愛用し続けていた。

 今年の夏、ブランドコンサルタントを生業とする友人が、日比谷のホテルで、期間限定ショップをオープンしていた。その審美眼で選ばれた幾つかのブランドが、所狭しと商品を並べていたのだが、広報写真の中にひときわ目を引く日傘があった。
 3年前の二の舞いにならぬよう、私は何度もその写真を拡大し、小さな数字の価格表を確認してからお店に向かった。幸い、私でも買えそうなお値段が付いていた。
 その傘はやはり、持ち手が竹で作られている。熱を加えてリング状にした竹が先端にあり、それがブレスレット状なので、すぐに手首にかけられる。どこかに忘れやすい人にはピッタリな、しかもお洒落なデザインになっていた。貼られた麻の布は、何種類かあったが、私は紫色の美しさに一目惚れして、購入を決めた。
 その場に居合わせた、製造販売を手掛ける会社の代表は、古びた祖母の日傘を手に取り、『丁寧に使われたモノ』と褒めて下さった。
 和傘の体をなしている事、今はなかなか製造出来ない事、使い込まれた景色が良い事、自社製品と同じく持ち手に竹の根が使われている事
。人柄がお顔に表れたこの代表は、使い込まれた祖母の日傘に、感動して下さっているご様子だった。

 丁寧に作られたモノは、それだけでストーリーを生み、その後もストーリーを紡いでいく。紫の日傘も、すでに新しいストーリーを紡ぎ出している。
 ストーリーを紡ぐモノ。

 新しい日傘の製造元は、創業大正14年、鹿児島の【八木竹工業】という。

●随筆同人誌【蕗】掲載。令和3年10月1日発行

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