見出し画像

GoToキャンペーンを超えて:新しい旅の価値創造

1. GoToキャンペーンと「新しい旅のスタイル」

まもなく開始予定の政府のGoToキャンペーンが、賛否両論の騒動になっている。新型コロナで売上の落ち込んだ観光産業など、国内需要回復の起爆剤として期待されているが、東京を中心に感染者拡大の第二波が起きる中で、全国に拡げてしまうリスクも否定できない。

実際、観光産業のダメージはもっとも深刻だ。政府観光局のデータでは、感染対策の渡航禁止措置によりインバウンドが前年比約99%落ち込み、国内もこの5月、書き入れ時のゴールデンウィーク需要が緊急事態宣言の影響で、宿泊費が実に97.6%も減少している。

経済的な負の影響も大きい。観光庁の2017年(最新)の分析によると、国内における観光消費は27.1兆円、観光消費による生産波及効果は55.2兆円、雇用効果は472万人と、日本経済にとって自動車に匹敵する非常に重要な産業である。急激な落ち込みに損失補填だけでは全く足りず、消費者の需要回復が不可欠だ。

しかも観光産業は運転資金の少ない中小企業が多く、既に売上急減が半年に及んでいる。このまま夏の最需要期に落ち込みが続くと、政府・自治体の支援金や銀行の短期借入で凌いでいたホテルや旅館・旅行代理店にタクシー・バスなど交通事業者の多くが、廃業や事業売却を迫られるという予測が現実のものとなっていく。特に観光産業依存度の高い地方では、地域全体の衰退を招きかねない状況だ。

このように”今”でなければならない瀬戸際の状況の中で、政府は「ウィズコロナにおける安全で安心な新しい旅のスタイルを普及定着させることも重要な目的だ」と述べている。

ホテルリゾート産業を支援している中で事業者視点で実態を見ると、三密対策による受け入れキャパ(→客室稼働率)自体の減少や人件費支出、感染対策(設備改装投資・ビュッフェの廃止や非接触テクノロジーへの対応など)によるコスト増も、経営を圧迫している。

他にも問題点は多い。従来の国内観光のメインターゲットが感染リスクの高い高齢者が中心であることや、夏休みの家族旅行は短い休暇時期に人気観光地に人が集中しやすく平準化が難しい点、さらに値引きで旅行する人は中々リピーター顧客になりにくいという問題もある。

GoToキャンペーンは既に政治問題化しており、現実的にやる・やらないの二択の乱暴な議論ではなく、本稿執筆時点ですでに経済効果を犠牲にしても①感染拡大が懸念される東京発着を一定期間対象外とするオプションが、まずは着地点となっている。

ただしそれだけではなく、②リスク分散も含め休暇時期の分散化・長期滞在化・少人数旅行を促進する、③需要喚起が不十分な(負け組的な)地域は支援金に回すなど、一律ではない丁寧な実行アプローチが求められるだろう。

あまり言及されていない点だが、生活・ワークスタイルが大きく変わる中で、特に②の休暇スタイルの意識・行動変化こそ、本当の意味でこれからの新しい旅のスタイルの浸透、という観点で重要だと思っている。

2. 新しい旅の価値創造を考える

さて、短期の需要刺激策を超えて、このタイミングだからこそ、ウィズコロナ時代の今後の新しい旅の価値創造について改めて考えてみる必要があるだろう。いわゆる旅行業者の安全安心対策のプロトコルなども整備されてきているが、旅行者のニーズや価値観が大きく変化する中、それだけでは守りの戦略に過ぎないからだ。

まず旅の価値を考える前提だが、旅は決して余暇=不要不急の活動などではない。人が移動することによってリアルな出会いや体験・発見が生まれ、新しい価値の創造や移転が起こり、社会的・経済的価値が生まれるがゆえに、人間社会にとって欠かせないものなのだ。

そして個人的に、旅は単なる観光消費に終わらず人の価値観変化や文化的創発の入り口だと思う。「発想は移動距離に比例する」というある経営者の発言にもあるように、価値は「差異」が大きいほど上がるので、移動距離が大きいほどイノベーションが生まれるというのは、ある種の真実を突いている。

また、交流を通じてローカル=地場の独自価値が再発見されたり、ダイバーシティ&インクルージョンが地域で進むという、インバウンドの文化・社会的意味も大きいことを感じる。

一方観光業界では、近年京都や由布院など、急増する観光客による景観・環境破壊やブランド毀損・旅の満足度の低下など、オーバーツーリズムが最大の問題になりつつあった。ウィズコロナ時代には、従来のような効率の良い団体旅行が難しくなる中、大箱の施設は業態転換も難しく、観光産業も「量」からの「質」への転換が避けられない。ここでは新しい旅の価値創造のキーワードを考えていきたい。

①Small(スモール)な旅スタイルへ

最近、90か国で520社が加盟するSLH(スモール・ラグジュアリー・ホテルズ・オブ・ザワールド)は、「Stay Small, Stay Safe」キャンペーンを開始した。加盟するのは平均50室しかない小規模ホテルで、混雑が少ない親密なホテル体験を実現し、最高の安全基準を備えた人里離れた個別の旅のオプションを提供するというものだ。

少人数で、小規模なホテルや民泊へ滞在するプライベートな旅のスタイルは、これからの時代により適応したものとなるだろう。スモールであるがゆえに、オーダーメイドのニーズに応え、急激な環境変化にも柔軟な対応が可能となるからだ。今後のホテルリゾート開発にあたっても、小規模で柔軟性の高い客室空間活用が求められるだろう。スモールは規模よりも付加価値型ビジネスへの転換も意味する。

Second Home(第二の家)としての旅

もう一つ明確なトレンドとして、旅行先の滞在地としてのホテルではなく、「家のような長期滞在スタイル」を拡張するニーズが世界中で広がっている。これはホテルの客室設計や契約スタイルにも変化をもたらす流れだ。

例えば米国のホテルチェーンのInTown Suitesでは、ターゲットを絞った改装により、魅力的な価格で家具付きのアパートスタイルの生活ができる需要を捉えることに成功している。またAirbnbもコロナ禍で旅行・民泊需要が激減する中で、最低28泊の長期滞在プランを拡大、「夏の田舎の隠れ家」というコンセプトでもう一つの家への滞在をはかる需要喚起を行っている。家とは異なる環境に住みながら気分転換できるセカンドホーム需要をどう捉えていくかは、先に述べた休暇スタイルの変化にもつながるものだ。

③Workation(ワーケーション) 仕事の滞在体験化

このコロナ禍でテレワークが急速に浸透する中、ビジネスでの出張需要は大幅減となっていく一方、場所に囚われない仕事のスタイルとして、ワーケーションが急速に現実的になりつつある。

すでに全国の自治体レベルでも組織的な市場創造の取り組みが始まっているが、潜在市場規模が大きく、平日需要の拡大・休暇の平準化と長期滞在にも繋がること、そして仕事を通じた地域との関係構築のチャンスでもあるはずだ。

GoToキャンペーンなども発想を変えて、中長期の新しい市場創造のインセンティブとして、法人向けのワーケーション促進に予算を割いてもよいのではないか。この数カ月で全国のテレワーク実施率は35%程度になったが、その1割でもワーケーションを実施して一人5万円程度の需要を生めれば一千億円市場である。

すでにワーケーションのポータルも登場しているが、旅先にワークスペースを設置するだけでは、新たな価値と需要創出は限定的だろう。土地や地域との出会いを体験価値として作り出し、ユニークな仕事や消費機会、関係づくりの場の創出をはかることが、単なる遠隔の仕事場以上の価値を生み出していくはずだ。

④Well-being セルフケア体験の旅

長期に渡る在宅で多くの人が運動不足になったり、外気や自然を味わう体験が不足しており、セルフケアのニーズが増加している。欧米の大手ホテルブランドでは、スパやフィットネス、スポーツ体験などのプログラムで、滞在の安全安心を超えて、積極的なウェルビーイングの体験価値を提案し始めている。非宿泊型のビジネスとしても、体験価値創造視点で開拓していくチャンスがある。

また人との接触の欠如や、長期に渡る巣篭もりの孤独感など、精神的な犠牲から回復したいという欲求も顕在化しており、マインドフルネスや瞑想プログラムなど「心と身体の避難場所」としての体験サービスなども、今後需要が高まっていく可能性が高いと思われる。

ちょうど6月に立川の昭和記念公園そばという、都市郊外に開業したSORANOホテルなどは、奇しくも今そのコンセプトが最先端に躍り出ているかも知れない。

⑤Slow(スロー)ツーリズムとコミュニティ価値

人気観光地のキャパを超えたオーバーツーリズムが顕在化する一方、ミレニアルズなどの新しい世代の旅の価値観変化が起こる中で、”遅い旅”(スローツーリズム)というコンセプトが近年拡がっている。長期滞在しながら地域の人や文化、自然に触れてもらい、その土地の価値や魅力を発見する旅行スタイルを指すものだ。そしてウィズコロナ時代には、上記のキーワードと相まってスローツーリズムの流れがより加速していくだろう。その時に重要となるのが「コミュニティ価値」だ。

ホテルの中核価値はその土地に人が集い、滞在する場である。そして観光業全体がダメージに苦しむ今、地元のレストランやショップ、ガイドや観光サービスなど、地域とユーザーを繋ぐコミュニティの拠点として、顧客への情報発信やエンゲージメント形成を図っていく役割を担いうる。

例えば米国の1 Hotelsは、"Sustainable Luxury"を提唱し、単なるホテルを超えて「社会を変える行動のプラットフォームとなる」ことをブランドパーパスとしている。ウィズコロナの環境下で、リアルな場をオンラインに移して地域コミュニティとの対話を続けてFacebookページのウェビナーで発信しながら、ファンづくりやローカルコミュニティ支援を行っている。

ホテル滞在のリアル接点を起点に、オンラインの繋がりを活かして、エシカルな製品の物販やドネーション(寄付)なども行いながら、地域の環境やコミュニティ価値をユーザーと共に高める取り組みは、一過性の観光から参加による継続的な関係づくりの価値を生み出す、これからの新しい旅のプラットフォームを志向していると感じるのだ。

※本稿は、未曾有の危機に直面する観光業界の未来の可能性を見出すという、未だ正解のないテーマのため、今後新しい取り組みや情報をさらにアップデートしていきたい。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?