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小説「ホーチミン・シティ」1

1  ホー・チ・ミン・シティ
 テト攻勢がはじまった。1968年1月30日のことだった。この機会を逃しては後がないとでもいうように、或はこの機会に乗じて米軍の力を封じ込めようと一気に、本来休戦となるべき旧正月を控えて、北ベトナム政府軍と解放民族戦線は、特にフエ、サイゴン、ダナンにおいて大規模なゲリラ攻撃を行った。
 この戦いでアメリカとアメリカの後押しにより戦っている当事国の南ベトナムは苦戦を強いられ、辛うじて勝利はしたものの、ニュース等を通じて米軍の北爆や残虐な行為が世界に知れ渡るにつれて、反戦の声がアメリカ国内のみならず世界でも急速に沸き上がり、アメリカは撤退の道を余儀なくされることになる。 しかしベトナムにおける戦いは、近代戦を制する者は勝利するという従来の戦いを覆す歴史的なものだった。
 それは私がまだ中学一年の終わりで、それらの一連の出来事をテレビを通じてしか知ることが出来なかったが、ベトナムという国の強さを強烈に印象付けるものだった。 
 それは、政治体制を超えた民族の勝利であり、大国の介入を血で阻もうとする小国の強い意志の結果でもあった。フランスに植民地化されたインドシナの一部であるベトナムの苦難の歴史を知ることになったのは、そのずっと後になってからのことだった。


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