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【著者特別寄稿】なぜ日本は難民政策をとるのか(土田千愛)

当社1月新刊『日本の難民保護』は、戦後日本が、どのようにして難民保護を検討してきたのか、また、どのような言説が政策に反映されたのか、を政策形成過程から明らかにする学術書です。

今回は、著者の土田千愛ちあき氏より、本書の研究に着手した動機や本書の読みどころについて、書き下ろしの文章をいただきましたので、以下に公開いたします。ぜひご覧いただければ幸いです。

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 困っている人がいれば、助けるのは当たり前。なんて道理が通らないのが、難民保護というものである。どれほど国際人権法が発達しても、依然として、国家には、国境を越えてやってきた庇護希望者を難民として受け入れるかどうか、を主権に基づいて決定することが認められている。結局のところ、グローバル化は、人の移動を管理する境界線を曖昧にするほどには進展していない。

 2005年1月にそういうことに興味を持ち、2024年1月に本書を上梓した。本書は、戦後日本の難民保護の政策形成過程を通時的に辿った、日本で初めての、政治学的な難民研究の学術書(和書)である。

 近年は傾向が少し変わってきているものの、日本の難民認定率は、長らく1.0%未満という状況が続いていた(「人道配慮による在留許可」などの庇護数を含めると、もう少し高い)。そんな日本を、難民保護に携わる人々は、「難民鎖国」と揶揄する。一度不許可になっても、再び難民認定を申請し、難民として認定されるのを待っているあいだに、子どもが結婚したり、お孫さんが誕生したりしている庇護希望者すらいる。そういった状況を目の当たりにしながら、ずっと疑問に思っていたことがある。

SOSの旗揚げ航行の難民船 島根県沖で空撮
(毎日新聞社提供 撮影日:1989年8月31日)

 なぜ日本は難民政策をとるのか。

 日本の難民受け入れ実績を見て、先人たちは「日本政府には難民を保護する意思がない」と評してきた。しかし、そうであるならば、なぜ日本は、「難民の地位に関する条約(以下、難民条約)」に加入したり、庇護希望者の法的地位の安定化を図ったり、ウクライナ避難民など特定のカテゴリーの人々を受け入れたりして来たのだろうか。このように、難民政策を形成したり、転換させたりしてきた歴史は、どのように説明されるべきなのだろうか。

 研究動向として、先行研究は、政策形成過程に主眼を置いてこなかった。日本では、誰をどのように保護するか、国際的に見て日本の難民政策はどうか、という法学的な研究が主流である。また、世界的な難民研究において、国家が難民保護に貢献する理由は、十分に解明されていない。さらに、移民研究における政治学的な研究も発展途上にある。このように先行研究を整理しながら、難民保護において日本ができたことを辿り、それを政治学的な観点から捉えれば、新たな視座を見出せるかもしれないと考え、本研究に取りかかった。

 手始めに、1981年に日本が難民条約に加入した背景を探ってみた。国会会議録を渉猟し、難民条約加入について議論されている部分を抽出してみると、日本政府の意思が国内の政治過程で醸成され、変化していく様相が確認できた。本書第3章である。

 では、難民条約に加入する前はどうだったか。ふたたび国会会議録を中心に、国内に難民政策がなかった時代の、難民保護に関する議論に着目してみた。日本の難民保護は、「第二の黒船」と呼ばれる1975年のボートピープルの到来を起点に捉えられることが多い。しかし、1962年には、すでに政治亡命者の保護について国会で議論されていたことがわかった。また、冷戦期には、迫害を受ける恐れのある地域へ政治亡命者を送還しないように、と方針が定められていく様子が見て取れた。こんなに早く、送還に関して日本が自己制約的になっていたことは、注目に値する。本書第2章である。

 ここまで来ると、難民条約加入後についても気になり、難民保護の方針が変わった、2004年の「出入国管理及び難民認定法(以下、入管法)」改正と2023年の入管法改正についても検証を進めた。それぞれ本書第4章、第5章で取りあげている。

 このようにして、本書は、「外圧」の影響を強調し、「難民鎖国」という視点で議論されてきた日本の難民研究を問い直した。また、欧州諸国を中心に発展してきた難民研究と移民研究に対し、日本の文脈から学術的な示唆を提供している。さらに、これまでとはやや違った観点から、政策提言を行っている。

 難民政策は、庇護希望者の運命を左右するとともに、社会へ影響を与える可能性もある。人権的な観点からだけでは捉えられないからこそ、しばしば意見が対立する。そうではあるものの、難民を受け入れることに賛成か反対か、日本の難民政策をどのように評価しているかにかかわらず、ぜひ、たくさんの方々に本書を手に取っていただきたい。

 国際情勢が複雑化している今、難民保護は、各国に共通した喫緊の課題となっている。終章で記したように、日本の難民政策に「対外的なアピールの手段」という側面があればあるほど、難民保護は、日本を表象するものだと言える。だからこそ、難民保護について、今後、日本はどうありたいか、できるだけ多くの人びととともに幅広く議論していく必要がある。

 本書は、分析の範囲を限定しつつも、これまでの日本の難民保護の軌跡を示した。本書をきっかけに、さまざまなバックグラウンドを持つ読者がこの議論に加わり、多角的な観点から日本の難民保護のあり方が検討されるようになれば、本望である。

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