当社6月新刊『わたしは、不法移民』は、自らも不法移民であった著者が、不当な労働によって搾取され、虐げられ、精神を病むヒスパニック系不法移民の実情を克明に描いたノンフィクション作品です。
今回は、訳者の池田年穂氏より、原著者であるカーラ・コルネホ・ヴィラヴィセンシオ氏(本書が著書初邦訳)のプロフィールと本書の特徴について、補足の文章をいただきましたので、以下に公開いたします。ぜひご覧いただければ幸いです。
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カーラ・コルネホ・ヴィラヴィセンシオ(Karla Cornejo Villavicencio)の作品がわが国で紹介されるのはこれが初めてです。というより、原著はカーラの発表した唯一の作品です。
2020年に刊行されるや否や話題を集め、バラク・オバマの推薦図書にもなりました。ちなみに、拙訳のあるタナハシ・コーツの『世界と僕のあいだに』の原著 Ta-nehisi Coates, "Between the World and Me"(全米図書賞受賞作)もオバマの推薦図書でした。
刊行後は、全米図書賞、全米批評家協会賞、LAタイムズ・ブックプライズなどの重要な賞のショートリストに次々と入り、ベストセラーとなりました。
カーラをよく知る人間によると、彼女はシャイな人間だそうです。そのためか個人的なデータの提供にはあまり協力的ではありませんでした。
ただ、不法移民だった彼女の法的地位にはこちらもこだわります。カーラへの問い合わせの結果④を確認できて、彼女が①不法移民→②DACA取得者→③グリーンカード保有者→④アメリカ市民、と順調に法的地位を上昇させてきたことが分かりました。
カーラのプロフィールは本書の〈著者紹介〉では下のようになっています。
これに付け加えるとしたら、上述のように原著が全米批評家協会賞などのファイナリストにもなったこと。また、同性のパートナーと愛犬とともにニュー・へーヴンに住んでいることでしょうか。
本書では「訳者解説」を9頁にわたって載せました(本書の221頁から229頁)。主としてそれからの引用を交えながら、記してゆこうと思います。
ヒスパニックの記事はわが国のメディアにもしばしば登場します。
ただ、訳者がこの本をまことにユニークだと思うのは、アメリカ=メキシコ国境に焦点をあてているわけではないことです。
“不法移民1世”という言葉が適当かどうか分かりませんが、本書は全米に散らばる1100万人もの「不法」移民(Undocumentedの訳としては候補を他にも考えましたが、結局わかりやすいこれにしました。本書の「凡例」4をご覧下さい)の実態を描こうとしているのです。そこに見られるのは社会の底辺で必要とされる労働と苛酷な搾取、社会的な疎外なのです。また、「法的地位」と「英語の力」が(不法)移民社会のヒエラルキーを形作ります。
本書の構成を形容するのに、「訳者解説」では下のように記しました。
カーラのビルドゥングスロマンとしても読ませる作品となっている本書ですが、コールドウエルやスタインベックを思わせるルポルタージュもきわめて興味深いものです。
ここで例として「第4章 フリント」を取りあげてみましょう。
訳者はムーアのドキュメンタリーに登場する大統領オバマが、住民の不安を和らげようと上水道の水を飲んでみせるパーフォーマンスで口を湿らすに留めたのを見て、オバマはエリートだなあと感じ入ったものですが。
例えば、カーラのこうした反応が訳者には興味深いものでした。
undocumented Americans, illegal immigrants のPC的表現は “undocumented workers” でしょうが、それに対してカーラはこう述べます。
黒人のタナハシ・コーツの作品にも通底しているのは、まさにここです。自分たちの肉体は、脅され、暴力を振るわれ、犯され、殺害されるものとしての肉体であり、労働すること、搾取されることによってのみ存在を許される肉体であるという認識。そして、カテゴリーだけがあり、ひとりひとりの個性は無視されてしまうという諦念と恚りです。
近所の本屋さんで〈入管〉というコーナーに本書が並んでいるのを発見しました。
本書はアメリカの大統領選挙を来年に控えてさまざま知識や情報を与えてくれますが、同時にわが国のガストアルバイター、移民や難民の受け入れの問題を考えるうえでも示唆的な書と言えるでしょう。
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↓ 書籍の詳細はこちらから
↓ 本記事でも言及された『世界と僕のあいだに』などに関する訳者による寄稿もあります。
↓『世界と僕のあいだに』の一部が立ち読みできます。
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