集合行為問題の数理モデル:どうする独裁者 第5話ウェブ付録
「どうする独裁者」の第5話では、集合行為問題(collective action problem)に言及しました。複数の人間で何かを成し遂げようとすることを、集合行為と言います。反乱や革命を通して政権を転覆させようとする反政府活動も、集合行為の一種と言えます。しかし、多くの人の間で意見や行動を調整することは大変な作業です。目的を成し遂げることが人々にとって最適な帰結であっても、それができないかもしれません。この問題を、集合行為問題と呼びます。第5話2節では、集合行為問題を含めて粛清を分析した数理モデルを紹介しました。しかし、紙幅の都合上、集合行為問題の部分には踏み込まずに議論していました。そこで、この付録では、その詳細な分析を議論します。
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1 モデルの設定
まずは、第5話3節のモデルの設定を振り返りましょう。独裁者と$${N}$$人の人々がいるとします($${N \geq 9}$$)。第5話では独裁者は「粛清」という選択肢を有していましたが、ここでは粛清は行われなかった状況を考えます。つまり、$${N}$$人の人々は全員、生き残れたということです。この人々が、反乱に参加するか否かの意思決定を行います。よって、独裁者はプレーヤーとして意思決定はせずに、$${N}$$人の人々だけが反乱に参加するか否かの意思決定を行います。人々のうち、$${r}$$の比率以上の人が参加すれば反乱は必ず成功し、独裁者を倒せます($${0 < r <1}$$)。人々の数が$${N}$$人だと、反乱の成功に必要な人数は$${rN}$$人ですね。それ以外の場合は、反乱は失敗し独裁者は倒せません。単純に、$${rN}$$は整数であると考えます。ただし反乱に参加した場合には、その成否にかかわらず$${c>0}$$の費用がかかるとします。参加しなかった場合は、この費用はかかりません。
第5話で仮定した、仮定①($${1/4 < c < 3/4}$$)、および仮定②($${r \leq 1/3}$$)は、ここでも成立しているとしましょう。仮定①のもとでは、「穏健タイプ」の人々はどのような状況下でも反乱を起こしません。反乱を起こそうとするのは、「敵タイプ」の人々です。また、$${N}$$人の人々の中に占める敵タイプの比率は$${1/3}$$、穏健タイプの比率は$${2/3}$$であるとします。よって、仮定②は、敵タイプだけで反乱を成功させるために十分な人数が集まることを意味しています($${rN < N/3}$$)。仮定①から、穏健タイプの人々の最適戦略は常に「参加しない」であるため、その意思決定を詳細に分析する必要はありません。問題は、敵タイプの人々が反乱に参加するか否かです。
反乱が成功した場合に、敵タイプが得る政策からの利得は$${-1/4}$$でした。よって、反乱が成功した場合、その反乱に参加しているときの総利得は$${-1/4-c}$$であり、反乱に参加していない場合の総利得は$${-1/4}$$です。一方で、反乱が失敗した場合に、敵タイプが政策から得る利得は$${-1}$$でした。反乱が失敗した場合、その反乱に参加していれば総利得は$${-1-c}$$であり、反乱に参加していなければ総利得は$${-1}$$であるということですね。
第5話では、以上の設定下では次の2つの状況がナッシュ均衡であることを指摘しました。次の節では、その理由を分析していきましょう。
(i) 敵タイプの人々のうち、ちょうど$${rN}$$人が反乱に参加する
(ii) 誰一人反乱に参加しない
2 ナッシュ均衡
ナッシュ均衡を求める前に、個々の敵タイプの最適反応を考えてみましょう。あなたが、敵タイプの中の1人だとします。このとき、あなたを除いた他の敵タイプは、$${N/3 - 1}$$人います。この他の敵タイプの人々が、どのような行動をとっているかによって、あなたの最適反応は異なってきます。そこで、以下の3つのケースに分けてみましょう。
(1) 反乱に$${rN - 2}$$人以下の他の敵タイプが参加している
(2) 反乱にちょうど$${rN - 1}$$人の他の敵タイプが参加している
(3) 反乱に$${rN}$$人以上の他の敵タイプが参加している
まずは (1) のケースです。あなたが反乱に参加したとしても、参加人数は$${rN - 1}$$人であり、$${rN}$$人に満たない数です。あなたが反乱に参加するか否かにかかわらず、反乱は失敗します。よって、あなたの総利得は反乱に参加していれば$${-1-c}$$であり、反乱に参加していなければ$${-1}$$です。$${-1}$$の方が利得としては大きいので、(1) のケースにおけるあなたの最適反応は「参加しない」です。
次に (2) のケースです。あなたが反乱に参加すれば、参加人数は$${rN}$$人になるので、反乱は成功します。この場合の総利得は、$${-1/4 - c}$$です。一方で、あなたが反乱に参加しなければ、参加人数は$${rN - 1}$$人であり、反乱は失敗します。この場合の総利得は、$${-1}$$です。仮定①より、$${-1/4 - c}$$が$${-1}$$より大きいため($${c < 3/4}$$)、(2) のケースにおけるあなたの最適反応は「参加する」です。
最後に (3) のケースです。あなたが反乱に参加しなくても参加人数は$${rN}$$人以上であり、反乱は成功します。つまり、あなたが反乱に参加するか否かにかかわらず、反乱は成功するということです。よって、あなたの総利得は反乱に参加していれば$${-1/4 - c}$$であり、反乱に参加していなければ$${-1/4}$$です。$${-1/4}$$の方が総利得としては大きいので、(3) のケースにおけるあなたの最適反応は「参加しない」です。
以上の最適反応の分析は、表1にまとめています。また、最適反応の総利得は〇で囲んであります。この表は、ゲーム理論で用いられる利得表ではなく、他の敵タイプの人の行動を所与とした場合の最適反応を示していることに注意してください。
この最適反応をふまえると、ナッシュ均衡はどの状態になるでしょうか。以下の4つのケースに場合分けをして検討してみましょう。
(ア) 誰も「参加する」を選択しない
(イ) 人以下が「参加する」を選択する
(ウ) 人が「参加する」を選択する
(エ) 人以上が「参加する」を選択する
まずは、(ア) です。誰も参加していない状況では、他に参加している人もゼロ人であり、$${rN - 2}$$人以下が参加している(1)の状況です。よって、全員の最適反応は「参加しない」です。敵タイプ全員にとって「参加しない」が最適反応であり、かつ実際に全員が「参加しない」を選択しているので、(ア) はナッシュ均衡です。
次に、(イ) です。$${rN - 1}$$人以下の敵タイプが参加している状態では、反乱は成功しません。ここで、参加している敵タイプの1人を考えてみましょう。この1人にとっては、他の敵タイプの人が$${rN-2}$$人以下が参加している (1) の状況ですね。よって、最適反応は「参加しない」です。つまり、参加している敵タイプの人は、「参加しない」に戦略を変えるインセンティブがあります。以上から、(イ) はナッシュ均衡ではありません。
では、(ウ) はどうでしょうか。ちょうど$${rN}$$人の敵タイプが参加している状態では、反乱は成功します。しかし、そこから1人でも抜けると失敗してしまいます。ここで再び、参加している敵タイプの1人を考えてみましょう。この1人にとっては、他の敵タイプの人がちょうど$${rN - 1}$$人参加している (2) の状況です。よって、最適反応は「参加する」なので、「参加する」から戦略を変えるインセンティブはありません。次に、参加していない敵タイプの1人を考えてみましょう。この1人にとっては、他の敵タイプの人がちょうど$${rN}$$人参加している状況です。参加人数は$${rN}$$人以上ですので、 (3) のケースです。よって、最適反応は「参加しない」ですので、「参加しない」から戦略を変えるインセンティブはありません。以上より、誰も戦略を変えるインセンティブはない状態なので、(ウ) はナッシュ均衡です。
最後に、(エ) です。ここで、参加している敵タイプの1人を考えてみましょう。この1人にとっては、他の敵タイプの人が$${rN}$$人以上参加している (3) の状況ですね。よって、最適反応は「参加しない」です。つまり、参加している敵タイプの人は、「参加しない」に戦略を変えるインセンティブがあります。よって、(エ) はナッシュ均衡ではありません。
以上の分析から、ナッシュ均衡は「全員参加しない」(ア) と「ちょうど$${rN}$$人の敵タイプが参加する」(ウ) の2種類であることがわかります。第5話では、このうち$${rN}$$人の敵タイプが参加する均衡が生じる (ウ) の状況下のみを分析していたことになります。
3 ベルリンの壁崩壊
上記の分析を頭に入れたうえで、現実の世界に目を転じてみましょう。市民が起こす革命に関しては、大規模な革命運動が生じる気配は微塵もなかったにもかかわらず,あるとき突然生じて政権を倒す事例が見受けられます。たとえば、1989年に起きた「ベルリンの壁」の崩壊です。
第二次世界大戦後、ドイツは戦勝国であるアメリカ・イギリス・フランスとソビエト連邦(ソ連)に分割して占領されました。その後、1949年9月にはアメリカ・イギリス・フランスの占領地域にドイツ連邦共和国(通称・西ドイツ)が、同年10月にソ連の占領地域にドイツ民主共和国(通称・東ドイツ)が成立し、ドイツは2つの国に分かれました。その2つの国の間に建設された高い塀が、ベルリンの壁です。
東ドイツは複数政党が存在する議会制民主主義であることを標榜していましたが、実際にはドイツ社会主義統一党による独裁政権であったと言われています。東ドイツの人々は他国への渡航を強く制限され、ベルリンの壁はその象徴となりました。このような自由を踏みにじる悪政に不満を持つ人々は多くいましたが、革命の萌芽はなかなか生まれませんでした。
しかし、状況は突然変わります。きっかけは、1989年9月4日、東ドイツのライプツィヒにおいて生じた約1200人による小規模なデモでした。それ以後ライプツィヒを拠点に、デモの規模は見る見るうちに大きくなっていきます。9月25日には8000人、10月2日に1万5000人、10月9日に7万人、10月16日に15万人、10月23日には30万人がデモに参加したとされています。これは、それ以前の東ドイツでは見られなかった大規模な反政府運動でした。そして、11月に東ドイツのベルリンやライプツィヒの通りは、自由と民主主義を求める人たちで溢れ返りました。その結果、ベルリンの壁は撤去され、東ドイツと西ドイツは併合されていくことになったのです。
1949年以来、大きな反政府運動もなく約40年にわたって支配を続けてきた独裁政権ですが、突如生じた反政府運動によって、あっという間に崩壊していくことになりました。これは、誰も参加しない均衡から、急に政権を打倒するのに十分な規模の反政府運動が生じる均衡に移っていると解釈することができます(Bueno de Mesquita 2016)。
4 混合戦略均衡
以上の分析は、純粋戦略による均衡のみを考えていました。一方で、複数の選択肢をある確率分布に基づいて選ぶ混合戦略(mixed strategy)を考えることもできます。たとえば、じゃんけんで「グーとパーとチョキを ずつの確率で選ぶ」というような戦略が混合戦略です。一方で「グーを100%選ぶ」など、1つの選択肢を確実に選ぶ戦略が純粋戦略です。混合戦略を用いた均衡分析は、急に複雑になります。そこで、以下のように単純化したうえで分析していきましょう。
第1に、反乱を成功させるために必要な人数を1人とします($${rN = 1}$$)。極端な状況ですが、第5話で議論した暗殺などは、1人でもできないことはありません。あるいは、1人のプレーヤーを小さな集団と解釈することもできます。第2に、反乱が成功し政権を転覆させることができた場合、敵タイプが得る政策からの利得を$${b}$$とし、$${b > c}$$を仮定します。参加する費用は、今までと同様$${c > 0}$$です。一方で、反乱が失敗し、政権が続いた場合の利得をゼロとします。ゼロがあった方が、計算が楽になるための設定の変更ですが、純粋戦略の均衡は本稿の第2節で議論したように、「1人だけ($${rN}$$人)が参加する均衡」と「誰も参加しない均衡」の2つになります。最後に、敵タイプの行動のみを分析するために、$${N/3 = n \geq 1}$$とします。敵タイプの人数を$${n}$$とし、敵タイプの行動のみを分析するということです。
ここでは、均衡において全員が同じ混合戦略をとり、$${p}$$の確率で「参加する」を選ぶという対称均衡(symmetric equilibrium)のみを分析していきます($${0 \leq p \leq 1}$$)。混合戦略をとる均衡が成立するためには、すべての敵タイプが「参加する」と「参加しない」の間で無差別になる必要があります。敵タイプの人が「参加する」を選択した場合、少なくとも1人は確実に参加しているため反乱は成功します。よって、参加した場合の総利得は
$$
b - c
$$
です。一方で、「参加しない」を選んだ場合、他の敵タイプ$${n - 1}$$人のうち誰も参加しなければ、何も得ることはできません。しかし自分以外に誰か1人でも参加すれば、利得$${b}$$を得ることができます。よって、参加しない場合の期待総利得は
$$
\left[ 1-(1-p)^{n-1} \right]b
$$
です。他の人の数はn-1ですから、$${(1-p)^{n-1}}$$は「他の誰も参加しない確率」になります。この2つの(期待)総利得が等しくなるような$${p}$$が、混合戦略を用いたナッシュ均衡です。$${b - c = \left[ 1-(1-p)^{n-1} \right]b}$$を計算していくと、「参加する」を選ぶ確率である$${p}$$は、以下を満たすことが導けます。
$$
\displaystyle p^{\ast} = 1 - \left( \frac{c}{b} \right)^{\frac{1}{n-1}}
$$
参加費用$${c}$$が低いほど、また反乱が成功することで得られる利得$${b}$$が高いほど、参加する確率は高まることがわかります。$${n}$$人全員が参加せずに、反乱が生じない確率は$${(1-p^{\ast})^n}$$であるため、$${c}$$が低く$${b}$$が高いほど、反乱が生じる確率も高まります。
それでは、敵タイプの総数$${n}$$が増えた場合、均衡において「参加する」を選ぶ確率$${p^{\ast}}$$や反乱が生じない確率$${(1-p^{\ast})^n}$$は、どのように変化するのでしょうか。図1では、$${n}$$が増えた場合に$${p^{\ast}}$$がどのように変化するかを示しています。図1では、$${c/b = 0.4}$$として計算したもので、横軸が$${n}$$、縦軸が$${p^{\ast}}$$です。敵タイプがたった1人($${n = 1}$$)であれば、$${b>c}$$の仮定より必ず「参加」を選びます($${p^{\ast}=1}$$)。しかし、総人数$${n}$$が増えるほど、$${p^{\ast}}$$が減少していくことがわかります。総人数が増えても、誰か1人が「参加する」を選べば反乱は成功します。よって、総人数が多いほど、「誰かがやってくれるだろう」と思うことで、参加する確率は下がっていくことになるわけです。
それでは、$${n}$$人全員が参加せずに反乱が生じない確率である$${ (1-p^{\ast} )^n}$$は、どのように変化するでしょうか。図2では、$${n}$$が増えた場合に($${ (1-p^{\ast} )^n}$$がどのように変化するかを示しています。図2でも、$${c/b=0.4}$$とし、横軸が$${n}$$、縦軸が$${ (1-p^{\ast} )^n }$$になっています。敵タイプがたった1人($${n=1}$$)であれば、その人は必ず「参加」を選ぶため($${ p^{\ast}=1}$$)、誰も参加しない確率はゼロです($${ (1-p^{\ast} )^n=0 }$$)。しかし、総人数$${n}$$が増えるほど、誰も参加しない確率$${ (1-p^{\ast})^n}$$が増加していくことがわかります。総人数が多いほど、「誰かがやってくれるだろう」と思うことで、個々の参加する確率は下がってしまうわけです。その結果、反乱が生じない確率も高まっていきます。裏を返せば、「私がやらねばならない」と思う状況になるほど、参加する確率は高まり、反乱が生じ成功する確率も高まるということでもあります。
反乱の成功に必要な人数が1人ではなく2人以上であった場合に、混合戦略を用いた均衡はどう変化するでしょうか。まず、その分析は格段に複雑になります。また、混合戦略を用いた均衡が2つ存在するようになります(低い$${p}$$の均衡と高い$${p}$$の均衡の2つ)。ただし、同一の均衡間では、比較静学は1人の場合と変わらないことが知られています。つまり、反乱の成功に必要な人数に比して、総人数が大きくなるほど、個々の参加する確率は低まり、反乱が生じない確率は高まっていきます。より詳細な分析は、Palfrey and Rosenthal (1984)やMcCarty and Meirowitz (2007) をご参照ください。
参考文献
浅古泰史・図斎大・森谷文利(2022)『活かすゲーム理論』有斐閣。
Bueno de Mesquita, E. (2016) Political Economy for Public Policy, Princeton University Press.
Palfrey, T. and Rosenthal, H. (1984) “Participation and The Provision of Discrete Public Goods: A Strategic Analysis,” Journal of Public Economics 24 (2): 171-193.
McCarty, N. and Meirowitz, A. (2007) Political Game Theory, Cambridge University Press.
おわりに
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