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第9回 補足ノート:小西祥文「新しい環境経済学」ウェブ付録

小西祥文先生による連載「新しい環境経済学:実証ミクロアプローチ」も、『経済セミナー』2024年4・5月号で、第9回【最終回】となりました!

 第8回(2024年2・3月号掲載)と第9回では、「二酸化炭素 (CO2)排出1トン当たりの社会的費用Social Cost of CarbonSCC)」とは何か? どのようにして推定するか? について、従来の方法から、最先端の科学的・経済学的知見に基づいた新しい方法まで解説します。

第8回では、SCCの概念、歴史的背景、正しい解釈・利用法、これまでの推定方法のエッセンスとその限界・問題点などを紹介しました。

そして今回(第9回)は、2020年以降の新しいSCCの推定に焦点を当てています。新しい推定方法が、これまでのSCC推定の限界と問題点にどのように対処・改善しているのかについて解説しています。

この note では、本文第3節で紹介した (1) ラムゼイ・ルールと、(2) ラムゼイ・パラメターの推定法について補足説明を行います。本誌とあわせて、ぜひご利用ください。

この補足ノートのPDFバージョンは、【コチラ】からダウンロードいただけます。


1 ラムゼイ・ルール再考

 本文(第3節)では不確実性が存在しない場合のラムゼイ・ルール (1) 式を用いて、将来の不確実性な消費価値を割引する際に用いるべき長期の社会的割引率 (6) 式を導出した。

$$
r_t = \rho + \sigma g_t \hspace{5em} \text{(1a)}\\
     = \gamma_t \hspace{7.26em} \text{(1b)}
$$

$$
\exp(- \tau r_\tau^{ce}) = {\rm E} \left[\exp \left(-\displaystyle \sum_{t=1}^{\tau} r_t \right) \right]  \hspace{6em}(3)
$$

$$
r_t^{ce} = \rho - \displaystyle \frac{1}{\tau} \ln \left\{ {\rm E} \left[\exp \left(- \displaystyle \sum_{t=1}^{\tau}\sigma g_t \right) \right] \right\} \hspace{5em}(6)
$$

このとき、(3) 式の右辺の$${r_t}$$を短期の社会的割引率として、(1) 式を直接 (3) 式に代入することで (6) 式を導出し、$${r_\tau^{ce}}$$を長期の社会的割引率と呼ぶことで、短期の社会的割引率$${r_t}$$と区別した。

一方で、(3) 式を(短期の社会的割引率ではなく)資本の利子率$${\gamma_t}$$に関して成り立つものと解釈し((1b) 式は成立しない)、不確実性下におけるラムゼイ・ルールを明示的に用いることで、同じ関係式 (6) を導出することも可能である(以下は神戸大学の阪本浩章氏にご教示頂いた)。

不確実性下のラムゼイ・ルールは次式のようになる。

$$
r_t = \rho - \displaystyle \frac{1}{\tau} \ln⁡ \left\{ {\rm E} \left[\exp
\left(-\sum_{t=1}^{τ} \sigma g_t  \right) \right] \right\} \hspace{1em}  (g_t = \ln (c_{t}/c_{t-1})) \hspace{3em} \text{(A1)}
$$

一方で、資本の利子率の実現値$${\gamma_t}$$に対して消費経路が最適化されていると仮定すると、異時点間の裁定条件より、次の式が成り立つ。

$$
e^{-\gamma_t}=e^{-\rho} \displaystyle \frac{u^{\prime}(c_t )}{u^{\prime}(c_{t-1})}=
e^{-(\rho + \sigma g_t)} \quad \Longrightarrow \quad  \gamma_t = \rho + \sigma g_t  \hspace{4em} \text{(A2)}
$$

確実等価性割引率の定義式 (3) の右辺を$${γ_t}$$に変更したうえで (A2) 式を代入し,$${r_\tau^{ce}}$$について解くと、次式が得られる。

$$
r_{\tau}^{ce} = \rho - \displaystyle\frac{1}{τ} \ln⁡ \left\{ {\rm E} \left[
\exp⁡ \left( -\sum_{t=1}^{\tau} \sigma g_t \right) \right] \right\} \hspace{7em} \text{(A3)}
$$

ここで、(A1) と (A3) の右辺は同じであるから、$${r_t=r_{\tau}^{ce}}$$となり、不確実性下のラムゼイ・ルールによって定義される社会的割引率と (3) 式で定義される確実性等価割引率が一致することがわかる。

このような考え方によれば,本文のように「短期の(不確実性のない場合の)社会的割引率」と「長期の社会的割引率」をあえて区別する必要はなく、「確実性等価割引率」と「社会的割引率」を区別する必要もなく、将来の不確実性の有無によって適用すべき社会的割引率が異なる点だけが重要ということになる。一方で、主要文献の多くは分析対象に応じてこれらの用語を明確に区別して使用しているため、その区別を理解しておくことは、文献を理解するうえで重要であろう。

2 ラムゼイ・パラメターの推定法について

本文(第3節)で紹介したRennert et al. (2021) の新しいSCC推定で用いられたNewell et al. (2022) によるラムゼイ・パラメターの推定法について簡単に解説しておこう。

Step 0 均衡利子率モデルの推定
米国の実質利子率の長期データ(1953~2019年)を用いて、以下のような均衡利子率に関する計量モデルのパラメター($${\phi, \sigma_u^2, \sigma_\nu^2}$$)を推定する。このStepではBauer-Rudebusch (2023) の推定結果がそのまま用いられている。

$$
r_t = r_t^{\ast}+\tilde{r}_t  \\
r_t^{\ast} = r_{t-1}^{\ast} + u_t, \quad u_t \sim N(0, \sigma_u^2 )  \\
\tilde{r}_t = ϕ \tilde{r}_{t-1} + \nu_t, \quad  \nu_t \sim  N(0, \sigma_v^2)
$$

Step 1 $${r_{\tau}^{ce}}$$の超長期予測データの生成
Step 0 の推定モデルに基づき、2021~2300年の超長期の確実等価性割引率の予測値$${\hat{r}_{\tau}^{ce}}$$(期間構造データ)を生成する。ただし、2021年の初期値$${r_{2021}^{ce}}$$が必要となるため、初期値をターゲットとなる利子率(1.5~5%)を設定したうえで生成する。

Step 2 ラムゼイ・パラメターの推定:
Step 1 で生成された$${\hat{r}_{\tau}^{ce}}$$の期間構造と経済成長率予測$${g_t}$$のデータを使って、以下の最適化問題を解く。

$$
\displaystyle \min_{\rho, \sigma}⁡ \left( \hat{r}_{\tau}^{ce} - \rho + \frac{1}{\tau}
\ln⁡ \left\{ {\rm E} \left[ \exp ⁡\left( - \sum_{t=1}^{\tau} \sigma g_t \right) \right] \right\} \right)^{2} 
$$

このとき、$${\sigma}$$は正負いずれの値もとりうるが、$${\rho}$$については非負制約を入れている。加えて、直近10年間の平均($${{\rm E}[\rho + \sigma g_t ]}$$)がターゲットとなる利子率に一致するよう制約を設けている。


参考文献


おわりに

連載:小西祥文「新しい環境経済学」のウェブサポート note は、以下のマガジンからまとめてご覧いただけます!

「新しい環境経済学」の連載最終回(第9回)を掲載した、『経済セミナー』2024年4・5月号 の詳細情報などは、ぜひ以下をご覧ください!


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