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データを駆使したTeamboxの1 on 1トレーニング

 数字が並んだカラフルなハンドアウトに目を落としたまま、その大手電機機器メーカーのミドルマネージャーはもう優に3分は黙り込んでいた。眉間にしわを寄せ、データと対峙している。
 すると、おもむろに口を開いて、自分が抱える課題を語り始めた。「僕は確かに周囲に本音や弱みをさらけ出せていなくて、このスコアは正しいのかもしれません。でも、そこにメンバーが気づいていたなんて、考えてもみなかったな。」
 彼が凝視していたデータは、自分自身に対する部下からの評価だったのだ。
 これはTeamboxが提供する1 on 1トレーニングでの一コマだ。リーダーの成長に伴走するグローストレーナーとして、私は1 on 1で必ずデータと向き合ってもらうことにしている。リーダーとグローストレーナーだけの非日常の空間に、現場から届く生の声を挟み込む。限られた時間に新しい緊張感と気づきをもたらすための仕掛けだ。

リーダーと組織の成長は測定可能でなければならない


 私たちは、リーダーと組織の成長は測定可能でなければならないと考えている。TB ScanやFlicaと呼ばれるウェブシステムを開発してきた背景には、そうした成長の可視化に対する誰にも負けないこだわりがある。
 TB Scanは、これからのリーダーと組織に必要とされる力を測るサーベイだ。約半年間のリーダー育成プログラム、Teambox LEAGUEの最初と最後に実施することで、リーダーと組織の変化がスコアとして現れる。入口と出口で測ると言ってもよい。
 課題となる要素が、トレーニングによってどれだけ伸びたかが可視化され、次のステップに活かすためのアドバイスも提供される。
 さらに、リーダーが自分の行動を振り返ることができるように、部下から毎日フィードバックが届くシステムを使う。Flicaと呼ばれるこのツールで、リーダーとして振る舞えているかどうか、具体的に確認することができるのだ。
 自らの無意識の悪習慣に直面させられるため、TB ScanやFlicaの結果は見なかったことにしておきたいものかもしれない。だからこそ、1 on 1トレーニングの場で、逃げずに課題を発見する仕掛けが大切になる。
 スコアを直視し受け止めたら、リーダーはまず職場で言葉と行動を変えなければならない。グローストレーナーとして、私はそれが目に見え、耳で聞こえる変化でなければいけないと釘を刺す。言い訳にも耳を傾けるが、「言い訳に聞こえますよ」と率直に感想を伝える。
 それまで本音で部下に向き合う時間をとったことのない人にとって、不慣れな言動は居心地の悪いものだ。
 めったに感謝の言葉をかけないあるリーダーは、「ありがとう。君のおかげで格段に仕事が早く進んだよ」と部下に伝えるだけでも、声が上ずり恥ずかしい思いをしたと語ってくれた。この居心地の悪さを現場で克服してもらい、習慣化まで導くのがねらいなのだ。

誰が数字に意味を見出すのか?


 サーベイのデータは世に溢れているが、数字だけを与えられても、次に何をすればいいか途方に暮れるものだ。とりわけエンゲージメント・サーベイや組織サーベイは、従業員の主観を平均化したものに過ぎず、どこをどう変えることで目に見える改善につながるのかがわかりにくい。
 しかし、Teamboxのグローストレーナーに、こうした人事担当者のジレンマは無縁だ。自社サーベイの特徴を知り尽くしているからだけではない。1 on 1トレーニングのなかで、私たちはリーダーと一緒にスコアに向き合うからだ。つまり、一方的なフィードバックを与えるのではなく、対話によってスコアに潜む課題を発見することの大切さを知っているのだ。
 私はグローストレーナーとして、まずサーベイの数字を見せながら、リーダーに意味付けをしてもらっている。「このスコアが低いのはなぜでしょうね?」と問いかける。このとき、確かに仮説は持っている。だが、あえてそれを口に出さない。
 勝負は、リーダーが普段の行動を振り返り、自分の言葉でその課題を言語化した瞬間だ。私は「そこが課題だと思うんですね。じゃあ、どう行動しますか?」と切り返して、現場での具体的な行動を一緒に考えていく。
 数字に意味を与えて成長につなげるには、人事担当者のよそよそしいコメントや定型文のフィードバックでは役不足だ。その評価をもらったリーダーが、自分で気づく以外に、本当の成長はない。このときリーダーの潜在的な力を信じて、そこから行動に導くのがグローストレーナーの役割だ。

毎日届く部下からの評価を受け止め、行動を変えられるか?


 リーダー育成トレーニング、Teambox LEAGUEには、Flicaというフィードバック・システムが組み込まれている。そこでは「さらけ出し」や「グロース・マインドセット」など、これからのリーダーになくてはならない姿勢が問われ、参加者は日々部下からの評価を振り返ることになる。
 部下は具体的な行動についての質問にYESかNOで答え、上司であるリーダーは特定の行動ができていたかどうか確認できる。例えば、「メンバーの成長に対してポジティブな声かけをしているか」という質問にNOがついていれば、次の日すぐに自分の行動に反映させることができる。課題を感じている要素や質問にYESが増えていけば、行動の変化が部下にも届いているとわかる仕組みになっている。
 とはいえ、現場で動いてみてもなかなか周囲に伝わらないことがある。だから、グローストレーナーはいつもFlicaのスコアの変化をチェックし、1 on 1以外でも担当のリーダーに問いかけやアドバイスを送る。文字通り、伴走しながらサーベイに意味を与えるのだ。
 Flicaの評価を真摯に受け止め、日々の行動を変えていけるリーダーは、苦手な行動でも徐々にYESの割合が増えてくる。これほど嬉しいことはない。ただし、それは評価がよくなっているからではない。リーダーがそこから行動することの手応えを感じ、習慣化に向かってくれることを知っているからだ。

結果にはリーダーの努力の軌跡が刻まれる


 トレーニングで無意識の悪習慣に向き合い続けたリーダーは、まず考え方が変わり、言葉と行動が変わる。Teambox LEAGUEの最後のTB Scanには、リーダーの努力の軌跡が刻まれる。もちろん、スコアへの表れ方は様々だ。行動してみたが評価は微増に留まるケースもあれば、部下がはっきりと変化に気づいて課題要素がぐっと伸びるケースもある。
 プログラムが終わる段階に来て、グローストレーナーは担当リーダーのこれからを考えながら、具体的な成長ポイントを提示する。1 on 1トレーニングを重ね、相手の長所と課題がわかっているからこそ、評価者から届けられたTB Scanの結果に目を凝らす。そして、できるだけフラットにリーダーの成長を振り返る。
 ここで鍵となるのは、グローストレーナーが押し付けた仮説ではなく、リーダーの発言から抽出した言葉だ。Teambox LEAGUEの修了セレモニーや個人に渡されるレポートのなかで、私たちはその言葉を繰り返しながら、誰よりもその人のことを思ってメッセージを伝える。自分自身が発した言葉ほど、強く残るものはないからだ。

 冒頭に紹介したミドルマネージャーは、やはりさらけ出しが課題だった。部下は彼に心理的な距離を感じ、伝えるべきことすら言えていないことがわかった。スコアの低さは、彼に対する部下からのリクエストだったのかもしれない。
 このリーダーはトレーニングのなかで自分の本音と弱さを伝える努力をした。徐々に部下も心を開いてくれたという。その結果、TB Scanの「さらけ出し」のスコアは劇的に上昇した。とはいえ、他のリーダーと比較すると、まだようやく平均に追いついたところだったことも確かだ。
 ここからは習慣化だ。それまでほとんど設けてこなかった部下全員との定期的な面談を続け、そこで自ら本音を語り、最後まで話を聞く姿勢を貫き通すことができれば、リーダーとしての生き方は大きく変わるだろう。やがてその変化は、組織を変えていくはずだ。

                            文責 山本伸一