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繰り返しの光景

「オレ、今まで三回テスト受けたけど、全部落っこちゃったんだ。まあ、だから今ここにいるんだけど。君は?」来静は惨めな現状にもめげない快活な口調で語った。手元で何かをいじっている。ウェアラブル・コンピューティングでも操作しているのかもしれなかった。
「あたしはまだ一回しか受けたことないの。でも結果はあなたと同じだったから、あたしもここにいるのよ」零奈は特に“感情のこもらない”声で応えた。淡々とした口調だった。何かにあきあきしているのかもしれなかった。
「零奈、君の製造年は?」そう言う来静の容貌は二〇代半ばの黒人青年のそれだった。
「二〇二七年よ。それから三回コンフィグレーション再構築をしたし、ソフトウェアアップデートなんてほとんど毎日よ」零奈の容貌は二〇歳前後といったところか。肌の色は白色で髪の毛はピンク色に染めていて、ショートカットにしていた。少なくとも自分が他の人からどういう風に見られるかということには気を使っている証拠だ。
「そうか。オレは二〇三〇年なんだ。オレもコンフィグ再構築なら二回している。ところで、ソフトウェアアップデートなんて信用できるのかな? ちょっとした噂だと、その真の目的はAIは不可能だって社会的に認知させるためのコングロマリット・コンプレックスのお偉方たちの陰謀らしいぜ」その声には“感情”がこもっていた。
「へー? そーなの? でもよくよく考えてみるとそれもあり得ない話ではないわね。わたしたちに法的に人権を与えることに対する猛反対のデモがしょっちゅうあるんだから」そう言う声の主の右手の指はパームフォンをいじっている。最近の“人間”の若者がしょっちゅうしている動作と変わりはない。
「オレたちはどうしてここにいるんだろう?」その台詞は来静の「無意識」からひょこっとついてでた感じのようなものだった。自分でもなぜそんなことを言ったのかわからないという類いのものだった。
「ここって、このテスト準備室のこと?」その声の調子は、提供された話題に特に関心が無いかのようだった。
「いや、そうじゃなくて、この世界にってことさ」来静の今度の口調には真剣さが含まれていた。
「技術屋さんたちがわたしたちをつくったからじゃないの」零奈の声には今度も特別な“感情”は含まれていないようだった。
「それはそうなんだけど、もっと根本的なこと。たとえばその技術屋たちはなぜオレたちをそもそも造った? オレたちの存在理由って何だ?」手元の指はウェアラブル・コンピューティングをもういじっていなかった。自分の思考に集中しているのだろう。
「さあ? 自分たちの夢を実現したかったんじゃあなあい? それと、人類の智の限界に挑むっていう人間によくある行動パターンが関与していたとか」零奈は相変わらず、パームフォンをいじりつづけていた。彼女には来静の真剣さが伝わらないようだった。
 テスト準備室内にいたのは来静と零奈の他に三人(?)のヒューマノイドがいた。室内にはピンク色の夕日が室内にある唯一の窓から差し込んでいてそれが、落ち着いた、清閑とした雰囲気を生み出していた。他のヒューマノイドたちはこれまでの来静と零奈の会話を興味深げに聴いていたようだった。
 そして、零奈の表情が一変した。話の核心の意味がようやく彼女の“心”にもとどいたようだった。
 そして次の瞬間から、室内に沈黙の一時が訪れた。まるで、誰もが黙っていなければならない宗教的儀式とでも呼べるような時間が訪れたかのようだった。実際、それはこの地球上での歴史でこれまで数えきれないくらいに訪れてきた、宗教的儀式の一つなのかもしれなかった。
 そして、それら宗教的儀式のほとんどは表面上は厳粛な振りをしているが、その真実は単なる茶番なのだった。
 この宗教的儀式の沈黙の一時ももちろん茶番だ。ただ、当事者のヒューマノイドたちは真剣そのものだったが。
 五人(?)のヒューマノイドが思索に耽っている沈黙と共の厳粛の雰囲気を、一人の女性の声が破った。
「さあ、みんな、テストの準備は整ったわ」

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