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異星から

 彼または彼女の名はミール。クールド星で生まれ育った生粋の冒険家気質で、幼いころから上級惑星系調査員になることを夢見ていて、七クールド週間前にその資格試験に合格したばかりだった。
 ミールに最初にあてがわれた仕事は、銀河系内であまり評判の良くない“地球”という惑星を調査することだった。ミールは三回時空間ワープを行い、ようやくその惑星系の近辺に辿り着いた。これまでに得られているその惑星に関する僅かなデータによれば、その惑星の主要住人は戦争が大好きな連中だそうだ。ミールは気が滅入った。そんな馬鹿野郎が生息する惑星を調査することに、何の意義があるだろうか? いずれ自己破滅に至ることはほぼ確実だ。まあ、だからこそそうなる前にその惑星の生態系などを調べておくことは、攻撃的生命体の社会/心理構造のデータとして何らかの価値があるだろうと、自分を納得させた。
 ミールは、準備しておいた容貌変換機を使ってその惑星の白色女性の容貌へと変容し、アリゾナと呼ばれている地の砂漠地帯に透明ベールで包んだ宇宙船を着陸させた。
 ミールは電磁波受信機を作動させてその惑星の電波状況をチェックした。なんてダサイ星だここは、とミールは思った。信じられないほどバカバカしい情報の流通に電磁波を利用している。こんな星を調査するのが、幼き時から夢見ていた仕事の第一歩である現実を呪った。

 ミールは、インターネットと呼ばれているネットワーク・システムが、今現在のこの惑星の主要なコミュニケーション・メディアの一つであることを知った。いずれそのシステムを調査しよう。データ収集にこの上なく便利そうだ。また、この惑星には、大学という学術研究機関があることも知った。どうも最初思っていたほど低レベルな惑星ではないかもしれないと、ミールは思い始めていた。とりあえず調査だ。それが私の任務だ。ミールは、一〇〇米ドル紙幣を一〇枚作成し、そしてマルチプル製造マシーンを使って、この惑星で“車”と呼ばれているトランスポーテーション・マシーンも造り、夜明けとともに宇宙船の外へでた。ここ、アリゾナと呼ばれている地には、たまたまアリゾナ大学という名門の学術研究機関がある。まず、そこへ赴こう。
 ミールがアリゾナ大学へ着いた時には、午前一〇時ころになっていた。キャンパス内を歩いていると、若者たちが楽しそうに話しながら闊歩しているのが目についた。そして時折、年配の人々も見受けられた。教授と呼ばれている地位の人々だろうか? ミールは思った。
 突然、背後から「やあ!」という声が聞こえた。ミールは振り返った。見ると、声の主は二〇代半ばころの白色男性だった。ミールはとりあえず、「こんにちは」と言った。するとその男性は言った。「僕はフレドリック。君の名は?」
「ミールよ」
「やあ、ミール。君が車から出てくるのを見かけたんだ」
「あなた、ストーカーなの?」ミールは言った。
「いや、正直、君があまりにも魅力的だったから、つい声をかけたくなって後をついてきたんだ。ところで、君の専攻は?」
「私は、ここの学生じゃないのよ。ドイツから旅行しに来ているのよ」
「へー、そうなのかい。僕は大学院で哲学を専攻しているんだ。チャーマーズに師事しているよ」
「その、チャーマーズっていう人は有名な人なの?」ミールは好奇心を感じて訊いた。
「世界的に有名な学者だよ。心脳問題の研究者で彼の名を知らない者はいないね」
 ほー、この惑星では心脳問題を研究対象にしている人々もいるのか。これは重要なデータだ。ミールは思った。
「もし君に興味があるなら、彼に会わせてあげようか? それとも余計なお世話かな?」フレドリックは言った。
 その人物に会えば、調査において有益なデータを得られること間違いなしだ。是非とも会ってみよう。
「是非、会ってみたいわ。ご親切、ありがとう」ミールは言った。

 ミールはチャーマーズと色々なことを話し合った。とても興味深い人物だった。哲学、サイエンスのみならず、この惑星の政治、経済、そして宗教等の状況に関する彼独自の見解を聴くことができたのは、ミールがそれらに関するデータを分析する上で参考になるものだった。その後、アリゾナ大学のキャンパスにあるカフェでフレドリックとしばらく話した後、彼と別れ、砂漠地帯にある宇宙船へとミールは戻った。
 この惑星もしくは国という方がより正確だろうか、主に電磁波で流通している情報のクオリティはとてつもなく低いものだった。だがしかし一方で、チャーマーズやフレドリックのような人たちもいる。どうもこの惑星では、ポピュラーカルチャーと、マイノリティカルチャーとのクオリティの差がとても大きいらしいとミールは結論した。
 そして特にミールを戸惑わせたのは、この惑星の住人の生殖行為に対する接し方だった。性欲を刺激する、“ポルノ”と呼ばれているメディアがあり、それに耽溺する人たちがいて、一方でそのようなものを弾劾する人たちがいるということだった。それは倫理的問題だった。ミールの故郷、クールド星でも生殖行為は存在しているが、それはごく普通のことで、特にその欲求を刺激するものや、それらに関する議論が戦わされるということはなかった。生殖行為は生殖行為、ただそれだけだった。ミールはただ戸惑うばかりだった。
 さあ、もうこの地は離れることにしよう。その後は惑星軌道上で他の国々の電磁波を拾ってデータ分析したり、他のいくつかの国を訪れてみよう。
 この惑星のおおよその性質が、ミールには明からになり始めていた。それほどの時間を要することなく、惑星系調査機関へ提出するレポートを仕上げることができるだろう。ミールはそう思った。

 ミールは、この惑星で様々なものを見聞し、そして感動した。インドで瞑想に没頭するヒンズー教徒たち。ウィーンのオペラハウスで鑑賞したすばらしい音楽。エジプトで古代文明を探求する考古学者たち。ドイツの礼拝堂で賛美歌を歌う子供たち。・・・
 この惑星の文化は捨てたものではない。ミールのその印象は、当初ミールが感じていたこの惑星への思いと全く異なるものだった。この惑星の文化には、大切にされなければならないものが多くある。それが、ミールの結論だった。
 いくつかの懸念は、例えば、今現在も戦争が起こっており、またさらにこの惑星の平和が核力の均衡によって維持されていること、そして、市場原理による経済構造によってもたらされている最低のクオリティのポピュラーカルチャー等だった。
 ミールはレポートを仕上げた。
 そのレポートの最後の部分は次のものだった。
「今後約地球七〇年間は、不干渉政策をとることが望ましい。彼らには攻撃的生命体の性質があり、生存可能性において危機的状況下にもあるが、その文化の多くは、彼らには望みがあることを間違いなく語っている。彼らがその危機を乗り越えた時点では、コンタクトをとるべき」

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