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AIで人間の仕事はそう簡単にはなくならなさそうな理由(AIは神か?パートナーか?)

トップ画像はStable DiffusionによるAI生成絵

昨年からAI(特に生成系AIという分野)の進歩が爆発的で、今年に入ってからの対話型AIのChatGPTの大ヒットもあって、「自分の仕事がAIに奪われてしまうのではないか?」という恐怖心を持っている人も結構いると思います。

先週末に大学時代の友人たち(全員コンサルに就職)と20年以上ぶりに会って飲むという体験をしたんですが、新卒で入った外資コンサルで今は役員になってる友人が、

「普通は部下数人と一週間ぐらいかけて作る提案書が、自分ひとりとChatGPTでできてしまった」

…と言ってて、一部の”知的(とされてきた)”ホワイトカラー職における影響は現時点でも既に相当に大きい感じがしました。

実際私も今月、「ウェブメディアから依頼を受けて原稿料を貰って記事を書く仕事」=いわゆる「ライター」的な仕事の中でAIを意識的に色々と使ってみた体験などを話して、AIの可能性と現時点での限界について議論をしたのが結構有意義でした。

その結果として、

・今のAIがどういうことができて、どういうことができないか?将来どういう事ができるようになりそうか?
・そして「AIが人間の職を奪う」について考えてみると、例えば「ライターという職業」「コンサルという職業」はなくなるだろうか?

…というテーマについて考察する記事を書きます。

全体的な結論としては、

・AIの変化の凄さを否定するわけではなく超凄い!まじで革命来てる!とは思っている

が、

・人間なんかいらなくなる、AIが全部やってくれる世界になる!…という感じでは(少なくとも現時点では)ない

結果として、

・人間のしごとがゴッソリなくなるというより、優秀なパートナーとして人間とあちこちで協業し、「高頻度にやりとりする」方がAIの使い方のメインになるのではないか?

…という感じの話になります。

同意な人も、いや、AIの可能性はもっと凄いぜ!という人も、一応最後まで読んでから一緒に考えてみていただければと思います。

(いつものように体裁として有料記事になっていますが、「有料部分」は月三回の会員向けコンテンツ的な位置づけでほぼ別記事になっており、無料部分だけで成立するように書いてあるので、とりあえず無料部分だけでも読んでいってくれたらと思います。)

ちなみに、この記事と対になっている、「ChatGPTのOpenAI社の中の人が、日本人のAIを使いこなす能力は超凄いから期待していると言っている話」について、そういう「日本人の特性」について深堀りした以下の記事↓も一緒に読んでいって下さい。


1●「AIがあれば何でもできる!」という期待を超えてからが本当の普及期

私は決してAIを過小評価しているわけじゃなくて、ほんと今月は「やばい!やばい!」って毎日言ってるぐらいの感じだったんですが、ただ今月半ばぐらいから、「新技術マニア」みたいなタイプの人との間の気持ちはちょっと距離が開いてきたな・・・という感覚も正直ありました。

半月ぐらい前までは、SNSで「AIすげえー!」って言ってる人たちと結構フィーリングを共有している気持ちがあって一緒にワクワクしていたんですが、最近「AIが全部を飲み込む」「人間がやることなんかなくなっちゃう」みたいな盛り上がり方をしている人たちとの間には、なんとなく心理的距離を感じるようになってきたというか。

現時点での人々のAIに対する反応は三種類あると思っていて、

・AIなんて大したことない派(あるいは現時点では興味がない派)

…という段階を超えて、AIはとにかく「超凄い、なんか凄い変化が来るぞ」という部分で同意できても、その先で、

・AIさえあれば何でもAIがやってしまう。人間なんていらなくなる派(AI=神)
・むしろAIは人間の優秀なパートナーで、どんどん高頻度にやりとりする事で真価を発揮すると考える派(AI=パートナー)

…の大きな分裂が存在する。

特に後者の2つを、「AI=神」説と、「AI=パートナー」説と呼びたいと思います。

こういう時、「新技術マニア」みたいな人はある意味で過大評価しがちなところがあって、「AIはこんな事もできるしあんな事もできる!世界を全て入れ替えてしまう革命が起きるぞ!」という声が今のSNSには溢れています。

逆に、「新技術が新技術というだけで熱狂できるタイプ」ではない人は、こういうトレンドを過小評価してしまいがちで、「え?こんな事もできないの?ダメじゃん」という方向で可能性をシャットアウトしてしまったりする。

で、実際のところどうなのか?という話で言えば、個人的には「普通の人が想像しているイメージより圧倒的に凄い世界が続々拓けてきている」と感じているし、明らかにAIが「世界を変える」のは疑いないと感じていますが、一方で「AIがあれば全部勝手にやってくれるから人間などいらなくなる」ようにもならなさそうだ…という感触を持っています。

「新技術普及のハイプ・サイクル」という有名な概念があって…

ウィキペディアから「ハイプ・サイクル」の図

上記の図のように、新技術というのは「急激に盛り上がったバラ色の期待が一度萎んで失望期間が来てからが、本当に”世界を変える普及”が起きる時期になるのだ」っていう有名な話がありますよね。

上図の
・「Peak of Inflated Expectations(過剰期待の頂)」が、「AIでコレもできるアレもできる!全部入れ替わってしまうぞ!」という期待と興奮が爆発する段階

で、その後

・「Trough of Disillusionment(幻滅のくぼ地)」が、「案外こんなこともできないのか・・・AIダメじゃん」的に幻滅の時期が来る

そして最後に、

・「社会のニーズ」と「AIにできること」の間が地道にすり合わせを行われる時期が来て、本当の意味で「世界が変わる」が実現していくことになる。

今AIはまさに「過剰期待の頂」にいると思っていて、SNSには「なんでもできそう!」という期待を振りまく人たちと、それに懐疑的な人たちとの間で大分距離がある状態になっています。

しかし本当に「世界を変える」には「懐疑派」の中でも単に何でも新しいものが嫌いってだけじゃなくて、「現場レベルの良識」によって「こういうことができないと使えない」という基準を持っている人たちのところまで届く必要があるわけですね。

そこの「技術」と「人々」との間にあるラストワンマイルのすり合わせが必要な領域がやはりある感じがしていて。

そして「最終形のイメージ」としても、

AIは「勝手に全部やってくれる。場合によっては昔のディストピアSF小説みたいに神のような存在として世界を差配する」みたいな存在である”AI=神”説ではなく

…て、むしろ

「高頻度に人間とやりとりしながら可能性を広げてくれる機械」(AI=パートナー説)

…だと感じています。

そのあたり、実際にAIを色々と使ってみた感触として、今の「生成系AI」というのがどういう特色を持った存在で、人間との協業イメージはどういうものになっていきそうか?について考えていきましょう。

2●「AIについての間違ったイメージ」と「本当の得意分野」

ここからはちょっと「AIを使い倒している人」にはイマサラ感のある話になるかもしれませんが、読者によっては大事な確認なので丁寧に段階を踏んで考えていくようにします。

ひとくちに「AI」と言っても、今までのAIの代表イメージだった将棋とか囲碁のAIや、車の自動運転をやってくれるAIとかと、いわゆる「生成系AI(Stable Diffusion などの画像生成や、ChatGPTなどの対話AI)」はかなり仕組みが違うんですね。

普通の人がAIに持つイメージとして、少なくとも”生成系AI”について間違っているのは、

”凄い知性”が確信を持って”唯一無二の答え”を出してくれる

…というイメージです。これは明らかに間違っている。

そして、

何かをお願いすれば”完成品”まで作り上げてくれる

…というのも間違っている(場合が多い)。

実際の生成系AIはどういう感じの存在かというと、

・”唯一無二の答え”を出すというより、多種多様な”試作品”を”メチャクチャ大量に”吐き出すのに向いている。
・AIだけで完成品を勝手に出してくれるというよりも、”7割の完成度”のものを超お手軽に必要なら何十、何百、何千パターンも出力してくれ、そこから人が選び取って「完成」させる”踏み台”を提供してくれる存在。

AIって機械だから人間より確信を持って唯一無二の出力をしてくれそうなイメージがありますが、そうじゃないんですね。

そうじゃなくて人間が「こういうの出してよ」って言ったら、

「わかりました。こういうのはどうでしょう?それともこういうの?あ、こういうのもありえますね。あなたが欲しいのはどれですか?」

…みたいなのを延々延々全然疲れずにやり続けることができる…のが人間に比べた時の生成系AIの強みだと言えます。

だから生成系AIは、「ご託宣を下す神様」みたいな存在ではなく「個人のアシスタント」だというのがまさに言い得ていて、むしろ

人間との間で高頻度にやりとりする

…事が活用のカギだと思います。

「こういうののアイデアだしてよ」「わかりました。Aとか、Bとか、Cとか、Dとか・・・どうです?」「あ、Aが近いね。その案をもっと深堀りしてよ」「わかりました。Aの方向性では、大きく分けてA’とA’’がよくある方向性ですね。あなたが望んでいるのはどっちですか」「A’の方がイメージに近いかなあ。もうちょっと具体的にそれをやった場合のイメージを述べてみて」「わかりました。A’を実際にやった場合のイメージを色々と述べてみます」

イメージ的にはこういう存在だと言えるでしょう。

今AIの機能が物凄いフィットしているように見えるプログラミング界隈も、テトリスゲームを作るような「よくある話」の場合はほぼ完成品みたいなのを出してくれるけれども、複雑で大きなソフトウェアを作ろうとなると、徹底的にこういう「アシスタントとの協業イメージ」が必要になってくるようです。

「単体」で何でもできる存在という感じではないが、「人間の側がやりたいことを明確にわかっている」場合なら物凄く優秀なアシスタントになるという感じですね。

3●AIが「全部やってくれる」場合もあるかもしれないが…

ここまでで「生成系AIってどういう存在か」のざっくりイメージを掴んでいただいた後で、では「AIが全部やってくれて人間はいらなくなる」という未来像について考えてみます。

例えば「文章を書くという仕事」にどういう風に使われていきそうか…という考察をしてみましょう。

さっき、

・「7割の試作品を大量のパターンごとに作るのが得意で、”完成品”を作るのは得意ではない」場合が多い

…と最後の部分を濁した言い方をしたのですが、ここが将来のAI活用事例では大事になってくると私は考えています。

というのは、「7割の完成度で十分OKな場面」というのが世の中にはたくさんあるからです。

AIは「よくある話をよくある形でまとめる」のは超絶得意なんですが、人間が「文章を書くシーン」において、「よくある話」がもう既に「完成品」な事ってよくありますよね?

既にGメールとかでも簡易的にサジェストしてくれてますけど、「日常的なメールのやりとりを丁寧にやる」みたいな話はAIで十分「完成品」ができます。

いつもありがとうございます。その3つの日程ではCが都合が良いです。●●の件は了承しました。よろしくお願いします。署名

…みたいなのを、ある程度複雑な案件でも勝手に丁寧に書いてくれます。

あと、グーグル検索したら邪魔者としてひっかかってくるいわゆる

●●について調べてみました・・・いかがでしたか?ブログ

ってあるじゃないですか(笑)

ああいうのも、AIでほぼ全部書けます。

既に、テーマを設定しただけでAIが勝手に内容も文章も全部作って大量投稿してくれる迷惑きわまりないウェブサービスも複数立ち上がっており、今後グーグル検索が「AI版”いかがでしたか”ブログ」の大量投稿に汚染されていく困った未来が既に見えているようです。

あと、「キャッチコピー」のような短いアイデアを大量に出して試す・・・というのも非常にAIが得意な分野なので、今後かなりAIが活躍しそうだとも思います。

コピーライティングにしても、「おいしい生活」レベルのでかいメッセージ性を持った広告キャンペーンは別ですが、世の中に大量にあるウェブ通販のランディングページ(サイトへのアクセスを受け止めるページ)は、

AIが大量にキャッチコピーを生成し、いっそ人間が判断しないでそのままウェブサイトに表示、ABテストを繰り返して最も成約率の高いものが勝手に選ばれる

…みたいなのは、多分既にやってる人がいますし、半年〜一年ぐらいで「当たり前」ぐらいに普及する可能性が高いと思います。

逆に、「たわいもない話を延々とやる」のも実はAIの超得意分野で(7割の試作品レベルの出力が十分完成品になるので)、「独居老人の話し相手」とか「3Dアニメ美少女(あるいはイケメンアニメキャラ)と延々と恋愛トークできるボット」みたいなのは、既に今の技術でも十分可能だと思います。

画像生成AIも凄い進歩してるので、その「話し相手ボットの見た目」は、アニメ風から実写風までよりどりみどり、倫理的には問題でしょうが「実在の人物の実写版や有名なアニメキャラがグリグリ動く動画」と延々話す事も既に今の技術で十分できるはず。

VRヘッドセットと組み合わせるともう現実に戻ってこない人が大量に生まれそうですが、アメリカ由来の技術はこういうところで結構倫理観がうるさいので、日本がやるか、日本もやらなければ中国由来で完成して世界を席巻する未来が見えます(笑)。

「感情が関わる分野はAIは無理だろう」と思われていたのはむしろ間違っていて、少なくとも日常的なレベルでの人間の「感情」って案外チョロい存在で、ある種の組み合わせパターンを柔軟に出力してくれさえすれば、「(オレの・私の)感情をわかってくれてるううう!」みたいに簡単になってしまうものだという事が徐々にわかってきてしまうかも(笑)

4●「AIだけで良い場面はAIに任せる、人間は人間にしかできない仕事をする」というド定番な未来像

このように、「7割クオリティの試作品が既に完成品になる場合もある」という視点で「文章を書く仕事」を考えると、新聞とか雑誌とかウェブメディアとかも、ある部分まではAIが書いちゃえる記事が結構ありそうな気はしてきますよね。

特に新聞などはニュースソースからの発表について定型的にまとめるだけでいい記事(むしろ余計なことをしてほしくないと思われている記事)が結構ありそうですから、そういう部分はAIが勝手にやってくれる事に近々なりそうです。

一応人間が、最終チェック的にかかわり、一言二言追加して意味を強めることはするかもしれませんが、それによる「クリエイティブでない作業仕事」の負担減少はかなりのものがあるはず。

例えば新聞が生産している文章の3割ぐらいがAIが勝手に書いてくれるようになったら、同じ人員で残りの7割に集中できるようになるわけですから、「一記事書くための報酬原資」は随分上がると思います。その分取材なり考察なり、「人間がやるべき」仕事にもっと時間もお金も振り向けられるはず。

そういう意味で、生成系AIは、「人間は人間らしい仕事に集中すれば良くなる」というよく言われている効果を持つのは基本路線としてあるはず。

それが完全に「人間の仕事を奪ってしまう」ようにはならない例が多いと私は現時点では考えています。むしろ「協業」が大事。

これは画像生成AIとかでもそうなんですが、もともと「いらすとや」とか無料写真画像ライブラリが使われているシーンなんて既にたくさんあるんですから、そこがAIに置き換わったからといってイラストレーターや写真家が失業するという感じではないと思うんですね。

むしろ、「人間が関わっているからこそ」の部分に人間が集中できるようになるというプラスの効果の方が大きいはずです。

さっきの「ネット通販の大量のキャッチコピーをAIに作らせる」にしたって、ありとあらゆる方向性を全部試していたら無駄が多いしブランディング的にもぼやけてしまうので、「こういう方向性でアイデアを出してください」という人間のディレクションはむしろ非常に重要になってくるはずなんですね。

「この方向性で行くぞ」という「選び取る」部分を人間がやれば、その「意志」に従って大量にアイデアを出し、実際に試し、成約率が高いものが勝手に選ばれる・・・というまさに「呪文を唱えると精霊さんたちが寄ってきて何かをやってくれる」みたいなイメージが、生成系AIの活用の基本路線となるはずです。

要するに「最後まで人間がやるべきことは残りそう」というのが私のアレコレ使ってみたイメージなんですね。

でも、実際に現時点でAIを使いまくっている人は、「いやいや人間はいらなくなるはずだ」というように思っている人も結構いると思うんですよ。

以後では、そういう意見になぜ私が反対なのか、そこにある「見方の違い」はどこから来ているのか?について考察します。

5●AIはAIだけで「考えて」くれるように見えるが…

「AIだけで全部こなせるようになる」という話をしている人は、「AIは自分で考える力があるように見える」ところを根拠にしているんだと思うんですね。

ChatGPTは、「プロットや目次」を出力してもらった後で、そのAIが出力したプロットや目次に対して、AIに自分で中身を順々に詰めていってもらうことができるし、

・「改善点を考えて」
・「改善点をもとにこの案をブラッシュアップして」

…みたいな事を言ったらそれっぽいことをやってくれる。

例えば、漫才を考えてもらった時に、

まず人間の方が相方がAIであることを過剰に配慮する発言をし、逆にAIさんはあまりにも『人間らしい』発言をして意外性で笑いを取り、人間さんがツッコミを入れる形式のネタを考えて下さい。

…とお願いしたら(実際には人間は関西弁でAIは標準語で…など色々と指定)、実際にChatGPTが出力したのはこんな感じで…

人間●あいよ!今日は特別な相方と一緒に漫才やっていこかと思うで、こちら、AIさんや!
AI●こんにちは、皆さん、私はAIです。よろしくお願いします。
人間●AIさんやから、あまり難しいこと言わんといてや。ちゃんとお客さんにわかるようにしてや。
AI●大丈夫ですよ。私も人間の皆さんが笑って楽しめるようにがんばります。
人間●なんかさ、最近の若い子は、もうラーメンに行ってもフォーク使うんやってな。
AI●え?本当ですか?それはちょっと驚きですね。私もフォークでラーメン食べてみたいです。
人間●いやいやお前AIやし食べられへんやろ・・・

まあまあ形になってますよね。言葉遣いの細部を人間が直して緩急を工夫すればちゃんと漫才になりそう(上記は既に私が多少直しています)。

で、これに「改善点ある?」と聞くと、

・人間がAIであることを過剰に配慮する部分が、もう少し強調されても面白いかもしれません。
・AIが「あまりにも人間らしい返し」をする部分が、もう少し意外性を強調できると良いでしょう。
・人間がツッコミを入れるタイミングを、もう少し自然にすると漫才がスムーズに進むと思われます。

…みたいなことを言ってくれて、「お、すげえちゃんと考えてるじゃん」っていう感じになるんですよ。で、実際に「改善してみました!」っていう例を何回でも作り直してくれる。

これを無限回繰り返していけば、どんどん良くなってAIだけで全部できるようになりそう・・・って思っちゃいますよね?

でもね、これ、確かに10回20回どころか1万回だって繰り返すことだってできるんですが、それをAIだけでやらせているとだんだん「堂々巡り」になってくるんですよね。

人間だと、「この部分はめっちゃいい」「ここの部分は微妙だな」ていう「メリハリ」が強力にあるので、「お、そのボケめっちゃええやん、採用やな!」ってなってどんどん進化していけるんですけど。

でもAIだけに任せていると、この「重み付け」「メリハリ」「選び取る力」がないので、「どこをどの程度改善するのか」っていう事について、物凄く「平均的」なことしかできない感じになってくる。

結果として、「さっきはここが良かったけどそこを消しちゃってまた新しいネタが出力されてきた」みたいなことが延々と続いていってしまう。なんか飽和してくるんですよね。

確かに回数を無限大にいくらでもやれるのがAIの凄いところなんで、自動で延々と「AIに自分で改善させる」をやらせると何か出てきそうではあるんですが…

でも、それよりも圧倒的に、人間との「高頻度のインタラクション」が凄い強烈に効率的なんですよ。

実際この漫才を考える話では、例えば「もっとAIが人間らしく意外な発言をする」の方向で、

AI●フォークでラーメン食べると、スープが飛び散りそうで困りますね。袖とかについてしまいそうです。
人間●いやお前腕ないやろー!

とか、

AI●ラーメンをフォークで食べると、恋人とラーメンの麺を二人で一緒に食べるみたいでロマンティックかもしれませんね。
人間●「いやあんたAIやのに結構ロマンティストなんやね」

…みたいな「アイデアの断片」はどんどん出てくるんですよ。

でもそれ、いくつも出てくるアイデアの中から人間が選び取って「そのアイデアめっちゃいいよ!」って言わないと、AIは全然こだわりがなさすぎて次の改善ですぐ忘れちゃうんですよね。結局また「最初からサイコロの振り直し」みたいになっちゃう。

ある程度「理屈」だけで追い込んで精度は上がっていく感じにもなるんですが、その「理屈」だけで追い込める精度っていうのが、やっぱり人間の直感には全然敵わないというか。

だからむしろ、「AIだけに自分で勝手に考えさせて自分で改善させ続けて堂々巡りになる」よりも、どんどんアイデアを出させて、

「これは微妙。これめっちゃ面白い、採用!それもうちょっと話広げて。意外性を足す方法はないかな?その方向で10個アイデア出して!あ、3番めのそれええやん!」

…みたいに「高頻度にやりとり」していけば、

AI●ラーメンをフォークで食べると、恋人とラーメンの麺を二人で一緒に食べるみたいでロマンティックかもしれませんね。
人間●「いやあんたAIやのに結構ロマンティストなんやね」
AI●いえ、私はAIですから、感情はありませんし、人間がどういう風に物事を「感じて」いるのかは理解することはできませんよ。
人間●「でもラーメンをフォークで食べるのはロマンティックなんや」
AI●「いやあ、想像するだけで心がドキドキするなぁ」

…みたいな方向に超スピードで発展させていける。

この段階で「アイデア」について、何回ダメ出ししてやり直しをさせて、アイデアを大量に出させまくっても嫌な顔ひとつしないのがAIの凄いところで(笑)

この「回数をこなせる」「アイデア千本ノック」みたいな部分はAIの圧倒的な強みと言えます。

たぶん、既に日本中でお笑い芸人さんが、こういう使い方↑をしている人は既にいると思いますし、今の囲碁や将棋がAIありきであるように、「アイデア出しが必要な仕事」はAIを使うのが結構当たり前な世界に近いうちになると思います。

これ、漫才みたいなフィーリングが全てみたいな議題だけじゃなくて、コンサルの議論や、なにか評論的な文章を書く時や、大きなプログラムを書く時とかですら、結構同じような感じになっているように思います(SNSで紹介されている事例を見ているとね)。

6●いわゆる「巨人の肩に乗る小人」的なAIとの関係性。

冒頭に書いた、今月「原稿料を貰って書く仕事」にAIを使ってみた…というのでできた記事が以下なんですが、なんか、「過去にない手応え」があったんですよね。

これ、書き始める前に、まずAIと雑談したんですよ。

Winny事件についての法律論とか、アメリカとの違いとか、それに対して色んな人が色んな意見を持っているはずだが代表的な立場はどういうものがあるのか網羅的に並べてもらったりとか。

そうすることで、この議題に関する「現時点でよくある話」は抜けもれなくあっという間に全部網羅する事ができるんですよね。

で、「その先」でどういうポジションを取って、どういう新しい視座を提供して、どういうメッセージを出すのか?っていう部分が人間に残される。あるいは、実際に現地に取材して手に入れた情報とか、データからの分析を提供するとかね。

いわゆる「巨人の肩に乗る小人」っていう例え話がありますよね。ロックバンドOasisのアルバム・タイトルにもなっていた。

人間が過去に積み重ねてきた議論の歴史が既に「巨人」として存在していて、それに乗っかって人間は「小人」程度の発見を足していくのが知的な営みなのだ…みたいなイメージ。

冒頭で紹介したコンサルの友人も、とりあえず「部下を集めてコンサルが最初の一週間でやるような事が勝手にサクサクできていく」みたいなことを言っていました。

「既によくある話」を網羅的にキャッチアップして、その先の「アイデア」もどんどん出してもらう。人間からどんどん要望を出していって、「平均的に全部の方向に向いているよくある話」が、どんどん「個別的」な話に深堀りされていく。

そういう「伴走パートナー」として現状のAIは非常に優れた存在だと思います。

世の中には、「よくある話をなぞるところまで行って力尽きてる」コンテンツもたくさんあると思うんですが(笑)、AIを使うと「よくある話」までは仕事開始数時間で網羅的にたどり着けて、

で!この先、人間としてのあなたは何を目指すんですか?

…という問いを突きつけられるんですね。

それも「こっちだ!」って一回言ったら終わりじゃなくて、どんどん「高頻度に」やりとりすることで価値が高まるのが現時点のAIだと思います。

7●ナマの情報を取ってきて、あるいは自分の欲望を自覚して、「選び取る」ことが人間の役割

さて、ここまで

AIは「人間にしかできないこと」に集中させてくれるパートナー

…なんだという話をしてきたわけですが、まあこのメッセージ自体は「あるある」な話ではありますよね。

でも、「いや、俺はそんな天才とかじゃないし、”AIにできない人間だけの仕事”とか無理だよ」って思ってしまうかもしれない。

ただこれは、昨年末に書いて物凄く読まれた以下の記事で書いたような、「中年以後のキャリア論」みたいな発想とかなり似ている部分なのだと思います。

いわゆる「優秀さ」と思われていたような部分は急激にAI(あるいは次々と出てくる若い人の優秀層)がライバルになっていくわけですけど、「結局どうなのか?」みたいな何らかのテーマ性を持って実態を掴んでいくようなことは、そもそも情報がAIに渡せる形に存在していないわけなので。

あと、「人々が持っている思いをひきつけて旗印を立てる」みたいなことも、人間にしかできないこととして残り続ける。

要するに、人間の仕事はある意味で「悩むこと」だというか、「理想とのギャップ」に悩み、「こうあってほしいのにどうしてこうならないのかなあ」という事について悩み、その解決の方向性について実地に色々とぶつかって悩み、一つの「ナマの確信」を得ようとする事が大事。

逆に言うとそうやって「結局本当はこっちに進むことが大事だけど今はここですれ違っているんだな」というような明確な理解を立ち上げることができさえすれば、それを社会に通用させていくにあたっては、AIが力になってくれるということなのかなと思います。

この記事にも書いてあるように、AIがいきなりある種の仕事を全部根こそぎに消し飛ばしてしまうことはあまりないと予想されています。

上記記事から引用しますが…

論文によると、労働者の約63%が「自分の仕事量の半分以下しか自動化されず、仕事を続けながら、より生産的な活動に時間を割くことができる」というプラスの効果を得ると推測されています。また、肉体労働や屋外での仕事を行う約30%の労働者は、他の機械による自動化の影響を受けることがあっても、AIの影響はほとんど受けないと考えられています。
しかし、残りの7%の労働者は、従来行っている業務の少なくとも半分がジェネレーティブAIに取って代わられる可能性がある「代替に弱い職種」に就いているとのこと。さらに、世界レベルではいまだ手作業の占める割合が大きいため、AIが仕事に与える影響は約20%にも及ぶとゴールドマン・サックスは予測しています。

つまり、一部の「直撃を受ける特殊な知的職業」以外におけるAIによる仕事の変化は、「仕事が全部一気に消える」んじゃなくて、「ある人の仕事の何割かをAIが助けてくれる」という構造で徐々に進んでいく可能性が高いということですね。

特に今日本はあらゆるところで明らかに人手不足なので、それほど心配しまくる必要はないと思います。

そうじゃなくて、むしろ「AIというパートナー」をどんどん使って、自分は「人間にしかできない仕事」に時間を使うぞ!というようになっていけるといいですね。

長い記事をここまで読んでいただいてありがとうございました。

ここからは、ちょっとした「今月色々AIを使った感じ」について、こういう使い方はなんか良かったとか、案外こういう使い方もできる・・・みたいな話をしたいと思います。

AIは調べ物は向いてない・・・って今のところ言われてるけど、でもそれも使い方次第なんですよね。

あと、「語学」関連でのAIは超すごくて、他のツールでは決してできないようなことができるという話とか。

そういう雑多な「AIを日常に活かすには?」みたいな事を書いてみようと思います。



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また、この連載の趣旨に興味を持たれた方は、コロナ以前に書いた本ではありますが、単なる極論同士の罵り合いに陥らず、「みんなで豊かになる」という大目標に向かって適切な社会運営・経済運営を行っていくにはどういうことを考える必要があるのか?という視点から書いた、「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」をお読みいただければと思います(Kindleアンリミテッド登録者は無料で読めます)。「経営コンサルタント」的な視点と、「思想家」的な大きな捉え返しを往復することで、無内容な「日本ダメ」VS「日本スゴイ」論的な罵り合いを超えるあたらしい視点を提示する本となっています。

また、上記著書に加えて「幻の新刊」も公開されました。こっちは結構「ハウツー」的にリアルな話が多い構成になっています。まずは概要的説明のページだけでも読んでいってください。

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