マーケット考察 2020.9.11

米国株式相場は、米景気の先行きに懸念が強まり、反落した。ダウ工業株30種平均は前日終値比405.89ドル安の2万7534.58ドルで終了し、ハイテク株中心のナスダック総合指数は221.97ポイント安の1万0919.59で引けました。

アップルは3.3%安、マイクロソフトが2.8%安、フェイスブックは2.1%安、ズーム・ビデオ・コミュニケーションズも1.3%安。ハイテク株の日柄調整局面が続いていると言えます。値幅の割りにVIX指数が爆騰しているわけでもない点から、投資家はまだ調整は限定的と考える余裕があるように見えます。

相場下落要因となったのは:

(1) 米国雇用状況を反映する1週間の新規失業保険申請件数が、88万4000件と前週比横ばいとなり、市場予想より多かったことで、新型コロナウイルス禍からの回復が一段と緩やかになっている状況が明るみになったこと。

(2) トランプ米政権と連邦議会による追加の新型コロナウイルス対策の実現が遠のいていたことで米景気の先行き不透明感が強まったこと

です。

米国議会上院は昨日、共和党が主導した5000億ドル(約53兆円)規模の追加経済対策の法案採決に向けた動議を、上院民主党の全員(47名)が否決しました。

共和党が作成した5000億ドルの追加対策案は、2兆ドル超の大型財政出動を求める民主党が求める州・地方政府への資金支援案や、家計への現金給付第2弾などを完全に排除したものです。従いまして、民主党はこの追加経済対策を病院や医療従事者、市や州を犠牲にして企業の利益を優先するものだと批判しました。

100議席の米国上院で法案を通過させるには、議事妨害が阻止できる60議席が必要で、53議席の共和党単独では可決できない状況です。従いまして、最低でも7議席の民主党の賛成が必要なのですが、その見込みは低く、法案が通過する目処は立っていません。

この状態が継続すると追加経済対策法案の成立は11月の選挙後の「レームダック議会」まで遅れるリスクがあります。企業倒産や長期失業がさらに増えれば、米経済の本格回復につながる潜在成長力そのものを損なうことになると言えるでしょう。

因みに、米国の2020会計年度(19年10月~20年9月)財政赤字が前年度比3倍の3.3兆ドル(約350兆円)に膨らむと予測されています。

連邦政府債務も国内総生産(GDP)比で126%まで膨張し、第2次世界大戦直後を超えて過去最悪となります。国際通貨基金(IMF)が予測する世界平均(96%)を大幅に上回り、主要国では日本(252%)やイタリア(156%)に次ぐ水準となる計算です。

共和党としては民主党が提案する2兆ドルにも及ぶ追加対策案を飲めない理由は、米国財政赤字の大幅な膨張が背景にあると言えるでしょう。

今の所、米国政府も金融市場も景気動向に対する危機感は無くなり、寧ろ、景気回復・株価V字回復祭りに踊っているようです。

しかしながら、冷静な目で見ますと、米国では、新型コロナ問題を受けたこれまで過去3回の経済対策は、合計で3兆ドル近くの規模に達しており、第4次経済対策が米国大統領選挙を控えた共和・民主党間の足の引っ張り合いで、折り合いがつかないのが現実的なのです。

新型コロナウイルス感染の再拡大によって、米国での経済活動の再開には逆風が強まっています。そうした中、経済回復が短期間で達成されることベースに実施された政府による各種の経済対策が順次期限を迎えてます。

まだ根っこの経済が回復していない中で、期限を迎えた経済政策の延長がなされないと逆に経済に追加的な悪影響を及ぼしてしまう、いわゆる「財政の崖」の発生が懸念されているのです。

つまり、「財政の崖」を回避するには、追加の経済対策を実施することが必要なのですが、それは財政赤字を一段と拡大させるという負の副次効果もあるのです。

6月の米国連邦政府の財政収支は、8,641億ドルの赤字を記録しました。これは前年同月比の100倍程度にまで達しており、6月で2019年度1年間の赤字額9,844億ドルに迫る水準なのです。

一方、航空会社向けの250億ドルの雇用維持策は、9月末で期限が切れますので、10月以降は大量の人員削減がなされる可能性が高まっており、これも「財政の崖」の一種と言って良いでしょう。

これを完全なる火の車になった「自転車操業」と私は喩えてしまいます。

[用語解説]

・議事妨害ー 議会の少数派が議院規則の範囲内で議事の進行を意図的・計画的に妨害すること。会期制を採用している議会では会期終了と同時に審議中の議案は原則として廃案となるため、審議や採択に必要な時間そのものが交渉材料であり、少数派が多数派の譲歩を引き出す戦術として利用されることがある。上院の5分の3以上の議員(60人以上)が打ち切りに賛成しなければならない。

・レームダック(英: lame duck)議会ー法案や決議案などの議題もなく、単に日程を消化するにすぎない連邦議会を、レームダック・セッションと呼びます。上院・下院とも選挙は11月に行なわれ、当選した議員が登院して新議会が開かれるのは翌年1月となっています。ですから、新議会が開催されるまでの期間、任期の残っている議会が新たな法案・決議案などを審議することは少ないため、このように呼ばれています。レームダックとは、「役立たず」「死に体」の政治家を指す政治用語です。

•財政の崖ーアメリカでは、景気低迷を打開するために2001年と2003年の2度にわたり、大型減税が行われました。これは当時のジョージ・ウォーカー・ブッシュ大統領が行った政策で、「ブッシュ減税」と呼ばれています。その後、バラク・オバマ大統領によって、ブッシュ減税の期限が2012年まで延長されました。そして、この減税の期限が切れる2013年1月からは、「強制的な歳出削減」が予定され、ブッシュ減税の終了に伴う「実質増税」と合わせて、米国経済が崖から転落するような事態が懸念されていました。これが「財政の崖」と呼ばれるものです。

•自転車操業ー操業を止めてしまえば倒産するほかない法人が、慢性的な赤字状態でありながら他人資本を次々に回転させて操業を続けていく状態のことです。


立沢 賢一(たつざわ けんいち)
元HSBC証券社長、京都橘大学客員教授。会社経営、投資コンサルタントとして活躍の傍ら、ゴルフティーチングプロ、書道家、米国宝石協会(GIA)会員など多彩な活動を続けている。投資戦略、情報リテラシーの向上に貢献します。

・立沢賢一 世界の教養チャンネル
http://www.youtube.com/c/TatsuzawaKenichi

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?