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想い出日記02

 「え、おじさん、そのお友達とずっとお友達のままじゃなかったの?」
 少女の素朴な疑問が私の胸に突き刺さった。これからの顛末を彼女に聞かせていいものか。これはドラマでもお伽話でもない、現実に目の前のおじさんに起きたことだと彼女は認識できるだろうか。しかし、そんなことはさしたる問題ではない。彼女が認識しようがしまいが、彼女に私の身の上話を語ることで、最早私は、最後まで語らないわけにはいかなくなった。
「そうなんだよ。おじさんとお友達は、お友達じゃなくなったんだ。もうちょっとお話を続けようか。」
「うん、聞きたい。」

 小学生生活が終わりかけていたある日、私は彼に声をかけられた。今日一緒に帰ろうよ、と彼は声をかけてきたのだ。私は二つ返事で了承した。彼に話したいことは山のようにあったのだ。その日の下校時間が楽しみだった。終業のチャイムが鳴ると、私はいの一番に彼の姿を探した。彼はまだ、ランドセルに教科書を詰めている最中だった。私は彼の元に駆け寄った。
「ねえ、早く帰ろうよ。」
「待てよ、まだ準備してる途中だよ。」
わけもなく急かしてしまったが、それくらい浮かれていたのだ。勝手に離れていったなんて思っておきながらそんな有様だったなんて、今思えば随分と身勝手なものだった。彼の準備が終わると、私たちは下校し始めた。
「なあ、俺、お前に言いたいことあるんだ。」
急にかしこまって、こう彼は告げた。変にドキドキしながら、
「ど、どうしたの?急に。」
と返すのが関の山だった。
「俺さ、好きな人出来たんだ。」
驚きだった。彼にもこんな一面があっただなんて。男の子としか関わらない硬派な人だと思っていたのだろう。それだけに、私は妙にショックを受けたのを覚えている。驚きと、興奮をないまぜにして、彼に訊いた。
「そ、それは一体誰のことなの?」
「隣のクラスのA子。あいつ、大人びてて、美人だよな。だけど笑うとすごく可愛い。そういうとこが好きなんだ。」
思わぬ形で彼の好みの女性を知れた。彼も男の子なのだ。恋の1つくらいするだろう。けれどそれはまた、私の心をざわつかせた。彼はまた離れていってしまうのではないか、と。私なんかより、女の方がいいんだって思ってしまっていた。今思えば、それは完全に妄想だ。それに、彼はそう打ち明けてからも特に変わった態度を示すことはなかった。それなのに、私は完全に悲劇のヒロインを演じていた。

 彼の好きな女の子というのは、クラスのマドンナだった。確かに笑った顔は可愛くて、みんなからよく話しかけられている女の子だった。ちやほやされていると言ってもいい。よくうちのクラスの男子から告白されているのを見かけた。彼女が可愛いのは間違いないが、みんなたかりすぎだろうと独り高みの見物ではないが、そう思っていた。(もちろん私は彼女に告白なんてしたことがない。)彼もきっとそう思っていると私は思い込んでいたが、そんなことはなかったようだ。それはそうだ、彼とて普通の男の子なのだ。けれど、当時の私にはそれがわからなかった。クラスのマドンナが良いだなんて...と。

 やがて、彼女へ意味のない恨みを抱くようになった。彼女は何も悪くない。ただ、彼の気を引いた、という事実だけがあるだけだ。それでも、私は彼女を呪った。私の大切な友人を奪ったも同然だ、と。なんとも救いようのない男であった。そこから、彼女への嫌がらせが始まった。最初は些細なものだった。手始めにわざとぶつかってみた。普段の私を彼女も知っていたから、偶然だろうと思われたようだ。これでは嫌がらせにはならない。どうしたら彼女は嫌がるだろうか。次第に私の頭の中はそんな悪意で埋め尽くされていった。そして思いついたのが彼女の上履きを隠すことだった。これには彼女も少し不安に思ったようだ。誰が上履きを隠したの、と小声でそう呟いたのを私は聞いた。内心ほくそ笑んでざまあみろ、彼を奪った罰だ、と心の中で言った。悪意の味を知ってしまった。人が困った顔をするのはこんなにも気持ちの良いものなのか、と。完全にひねくれている。頭のネジが数本外れてしまったのかもしれない。それからの私は完全におかしくなってしまった。彼女の給食に砂を入れた。彼女の机に落書きをした。もう止められなかった。彼女は次第に暗い顔つきになった。どれだけ周りが励ましてももう元の笑顔を見せることがなくなりつつあった。当然ながら犯人探しがクラスで始まる。しかしながらまさか隣のクラスの人間がやるとは思わなかったらしく、私のところまで追跡の手が伸びることはなかった。野放しにされた私の心の中の悪魔は、囁きをやめることはなかった。私は彼の言葉のままに動いた。悪意はとどまる所を知らなかった。

 悪意はある寒い日の下校時間、踏切の前で増長した。電車が来たまさにその瞬間、私は彼女の背中に手を伸ばした_

                                続く

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