note表紙

想い出日記01

 「ねえ、おじさん。どうしておじさんはいつも公園にいるの?お家はどこなの?1人なの?」
そんなことを聞いてくる小学生が、私の周りには1人いた。勘弁してほしいものである。1人であることは間違い無いのだが、聞き方というものがあるだろう。なんて、そんなことを小学生に求めても仕方のないことだ。
「ねえ、おじさん。何かお話してよ。」
これから語る物語は、彼女がまだ私に懐いていた頃に語った私の昔話だ。彼女に話を乞われて咄嗟に思いついた話だ。思いついた、というより、思い出した、がより正確かもしれない。しかしもう随分と昔の話だから、所々記憶が曖昧だ。だから脚色を加えたところが随所にある。それでも良ければ、おじさんが昔話をしよう、と告げて、少女に語った。


 私には幼馴染がいた。頭が良くて、運動も出来て、優しくて、それでいてちょっとおっちょこちょいな。私と彼は同じ小学校出身で、同じ中学校で。彼の家は私の家の目と鼻の先にあった。小学生の、低学年くらいの頃は、頻繁にお互いの家を往き来したものだった。その頃、彼の本棚には見たこともない本がいっぱいだった。歴史の本があったことが強く記憶に残っている。古代エジプトについて書かれた、大人が読むような本もあっただろうか。著者のサインを貰ったんだと嬉しそうに言う彼の姿が今でも鮮明に私の脳裏に浮かぶ。彼を真似して私も彼が読んでいた本と同じ本を買った。小学生にはいいお値段がしたその本だったが、結局最後まで読むことはなかったように思う。もし読んでいたら、それは私と彼を結ぶ、より強い思い出の品となっただろうに。私は幼心に、彼はその道に進むんだと思っていた。その当初覚えたばっかりの、「考古学」とかいう道に。なんてかっこいいんだ、と思った。時折彼が語ってくれた見たこともない場所の、お父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも生まれていなかったような遠い昔の思い出話を私はどんな授業よりも熱心に聞いていたと思う。
 そういえば彼は足が速くなったんだったか。小学生も終わりに差し掛かる高学年になって、駆けっこではいつも一番を取るような少年になった。それでいて、自己主張が強い子でもなかったから、どうしてそんなに速くなったの?と聞いても、「僕はそんなに速くないよ。たまたまだよ。」と謙遜するような子だった。小学校というのは、足が速い子が注目を集める環境だったように思う。小学生には、頭が良いとかそういうことはあんまりわからないのだろうか。それとも、単に興味がなかったか。どっちにしても、彼は注目を集めた。だからクラスの元気のいい男子に誘われて、外で遊ぶことも多かった。


 私は、鈍臭くて、足も遅くて、とても外で元気に遊ぶ、あるべき男子 ーそんなものは存在しないがー ではなかったかと思う。昼休みは図書委員と司書の先生しかいないような閑散とした図書館で本を読み、あらかた本を読み尽くし、図書委員と司書の先生と仲良くなるような、そんな少年だった。図書委員も司書の先生も大体自分と似たような人たちだったもんだから、すぐに仲良くなった。彼らとオススメの本を紹介し合った。おかげで私はエドガー・アラン・ポーやら、アーサー・コナン・ドイルやらと同年代の外で遊ぶような少年らは知る由もないような小説家たちに親しんだ。初めて何かに没頭したのはいつか、と問われれば、まずいの一番に彼らの本を貪るように読んだことを挙げるだろう。外で遊ぼうとあまりしなかった私にとって、彼らが織りなすストーリーはあまりにも魅力的だった。
 とにかく、この頃から、私と彼とでは、そもそも住んでいる場所が違うように思えた。勿論、家は目と鼻の先にある。そうではなくて、とても同じ小学生とは思えなかったのだ。それを言うなら、恐らく私は外で元気よく遊ぶ小学生は皆違う人種だと思っていたに違いない。滑稽な話だが、皆私から離れていったと思っていた。彼とて例外では無い。あの日なけなしの知識を振り絞って、知っているふりをして彼と話したかけがえのない時間のことなどとうに忘れ、彼の今の時間を生きている。彼の時間の中に私という人間は存在しない。彼は彼の都合で、私から離れたんだ、と。卑屈な私はそう思わざるを得なかった。とにかく私は、彼は外の、私は内の世界で、それぞれの人生とでも言える時間を過ごしている、とずっと思い続けてきた。
 けれどある日、ちょっとした事件、というと仰々しいが、私の考えを変える出来事があった。ちょうど寒くなってきて、彼が風邪をひいて学校を休んだ日の事だった。彼と私には共通の友人がいた。共通の友人、といっても私が通っていた小学校は山の中の小さなものだったから、そんな大袈裟なものではないが。いつもハイテンションな彼が、私の所に来て、少し暗い声でボソッと言ったのだ。
「良いよな、お前は。あいつの一番のお気に入りだしよ。」
「え、どういう事?」
「だからよ、あいつはいつもお前のことを喋ってたんだぜ。俺たちと一緒に遊んでくれないのかな、どうしていつも本ばかり読んでるのかな、ってよ。また昔みたいに話したいことはいっぱいあるのに、ってよ。何のことかさっぱりわかんねえけど。なんでぇ、俺たちと遊んでるってのによ。」
 それだけ言うと、彼は私の元を去った。元の明るいテンションに戻って、また別の友達と騒ぎ出した。たったそれだけのやりとりだったのだが、私は頭を殴られたような気分だった。彼と私は別の世界に生きている、と勝手に決めつけていた。私じゃない人間と絡むようになって、彼は私のことなど忘れたと思っていた。勝手に同族だと決めつけて、勝手に離れていって。私はなんと愚かな、自意識過剰な人間であったのだろう。彼は私から離れたのではなく、ただ私が彼から離れたのだ。意識するとせずと関係なく。もしかすると、これも間違いかもしれない。ひょっとすると正解すら無いのかもしれない。どっちが離れたとか、さしたる問題ではなかった。今ならそう言える。私は、本来はこうしている場合ではなかったのだ。まだまだ、彼に話したいことがあったのだ。

 いつもの事なのだが、私は如何せん、何事にも気づくのが遅いのだ。いや、遅すぎるのだ。

                                続く

いただきましたサポートは私のモチベとして次作に還元させていただきます!!