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『HAMILTON』(ハミルトン) 観るというより体験する舞台

12/29 19:00
RICHARD RODGERS TEATRE

【ニューヨーク2022⑧】

今回のツアーの掉尾を飾るのは、泣く子も黙る『ハミルトン』だ。2016年のトニー賞でミュージカル作品賞をはじめ11部門で受賞。開幕から数年たってもチケット入手困難な状況が続いた、ここ10年ほどのブロードウェイ作品ではダントツの大ヒット作である。

自分は2015年12月、2016年5月にニューヨークを訪れているが、とうていチケットは入手できなかった。そして、2020年に初めてチケットを手にしたが、コロナが猛威を振るいはじめたために渡航を断念。ついに今回、待望の初ハミルトンとあいなった。

この間、ディズニー+がその全編を映像化して配信を始めた。だが自分はまず劇場で味わいたかったのでぐっと我慢していた。日本ではあまり話題になっていないけど、ブロードウェイの舞台がそのまま映像化される(映画としてリメイクされるのではなく)ケースはもともと少ないうえ、もう減価償却の終わったような作品ではなく、現在最も人気のある作品が配信されるのだ。これはもはや奇跡である。ディズニーの力おそるべし。噂によるとディズニーはこの配信のために7500万ドル(当時のレートを1ドル110円としても83億円ほど)もの巨費を支払ったのだとか。

『ハミルトン』について今更説明は不要だと思うが、アメリカ建国の父と言われる人々の一人、初代財務長官アレクサンダー・ハミルトンの生涯を、全編ヒップホップに乗せて描いた作品である。

アメリカの歴史にも、ヒップホップにも詳しくない自分は、最初にその概要を聞いたとき「・・・面白いのか?」と正直思った。

どっこいこれが面白いのである。

歴史上の人物を描くときには、どうしても説明的なセリフを入れる必要がある。そこが間延びの要因にもなるし、だからといって端折ってしまうとファンに怒られる。本作では、それをヒップホップに乗せてリズミカルに、しかし圧倒的なボリュームで観客の頭に叩き込んでくる。その感覚は新鮮で、実に心地よい。

その圧倒的な情報量に身をゆだねているうちに、物語はどんどん進んでいく。確かに「アメリカ建国の父」と言われると、あまりなじみのない存在に思えるが、ストーリー的には革命を志す若者たちの青春グラフィティだ。これ、『翔ぶが如く』みたいな維新の志士たちを描いたドラマと、感覚的には通じるものがある。なのでアメリカの歴史に詳しくなくても、わりとすんなり入ることができる。

観る者の思考や感情をも吹き飛ばしてしまいそうな、エネルギーに満ち溢れた舞台。3時間近くそこに晒された状態から解放されたとき、口をついて出てくるのは「すげえな」「おもしれえな」といった頭の悪そうな感想だけである。「ハミルトンを観た」というより「ハミルトンを体験した」というほうがより正確な気がする。

今回のツアーから帰国して、家に戻ったのは大晦日の夕方だった。荷ほどきもそこそに自分が最初に行ったのは、橋本環奈ちゃんが司会を務める紅白歌合戦を観ることではなく、ディズニー+で『ハミルトン』を観ることだった。劇場では、この作品は自分の頭を空っぽにして、後に何も残さなかった。今度はじっくり吟味して(日本語字幕つき)、頭の中に残す作業をするのである。何とも贅沢な観劇体験ではないか。もっと多くのブロードウェイ作品がディズニー+やNetflixで配信される時代が来て欲しいものだ。

あ、環奈ちゃんの司会はちゃんと録画してあります。

『HAMILTON』公式サイト


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