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『HADESTOWN』(ハデスタウン)  ブロードウェイの現在地

12/29 14:00
Walter Kerr Theatre

【ニューヨーク2022⑦】

この時間帯はギリギリまで何を観るか悩んだが、最終的に選んだのは2019年のトニー賞作品である「ハデスタウン」だ。

ギリシャ神話を現代的な視点で――というだけで、ちょっと自分には敷居が高いかな、と思い、2020年の幻のNY旅行では観劇予定がなかった。しかし今回、観る気になったのはパトリック・ペイジが間もなく降板、というニュースに触れたからだ。

紹介動画の中でも、ヘルメスを演じて見事トニー賞助演男優賞を獲得したアンドレ・デ・シールズと並び、ハデス役のパトリック・ペイジが印象的な存在感を醸し出していた。この人、過去にブロードウェイで2回観ている。

最初は、2006年「グリンチ」のグリンチ役。ファミリーミュージカルだが、その長身を生かしてジム・キャリーにも負けない魅力的なグリンチを演じていた。

2回目は、何かと騒動の多かった「スパイダーマン・ターンオフ・ザ・ダーク」。自分はプレビュー版と公開版両方観ているが、そのプレビュー版でグリーン・ゴブリンを演じていたのがパトリック・ペイジだった。セットの故障で客席の上で宙ぶらりんになってしまい、間が持たなくなって観客に愛想を振りまいていたのを覚えている。

つまり2回とも「緑色の怪人」だったわけだ。なので素顔のパトリック・ペイジを降板前にぜひ観ておこうじゃないか、というわけで。

そんな感じでチケットを入手した作品だが、この選択は大正解だった。

自分はだいたい1階前方の端のほうで観ることが多いのだが(見切れ席になっていることもあるけど、迫力があるわりに安かったりする)、この日はたまたま空いていた2階席最前列で鑑賞。トニー賞で演出賞、照明デザイン賞を取っている作品だから舞台全体を見渡せる席がいいと考えたのだ。

その期待通り、舞台を3次元的に使った演出と、ひとつの空間を地上・地下の全く違った世界に塗り替える照明には心を奪われた。

一幕は初日に観た『& Juliet』並みに明るい物語。二幕はうって変わって陰鬱な展開。その落差は耳キーンとなるレベルである。正直、後半は観ていてつらかったのだが、観劇後に残る後味は悪くない。いい演劇とは、どんなに悲しい物語でも、劇場を出て現実世界に戻るときには前向きな気分にさせるものだと思う。この作品はまさしく「いい芝居を観た」という感触を味あわせてくれた。

役者陣もみな良かったが、驚いたのはヘルメス役。アンドレ・デ・シールズが降板したのは知っていたが、この日ヘルメスを演じたのはリリアス・ホワイト。てっきり男性役とばかり思っていたので女性が演じているのにびっくり。だが考えてみれば「神様」の役だから性別は問わなくても不思議はない。そもそもこだわる必要のないところにはこだわらなくていいじゃないか、という今のブロードウェイの雰囲気がよく出ている。

そしてこの作品、作曲はシンガーソングライターのアナイス・ミッチェル、演出は新進気鋭のレイチェル・チャフキン。この2人の女性によって生み出された。ダイバーシティを声高にうたうブロードウェイですら、演出を手掛ける女性は非常に少ない。そういう意味でも『ハデスタウン』のトニー賞受賞の意義は大きいのだ。

内容的にダイバーシティを前面に押し出したものではないが、いま、他のどの作品よりもこのテーマを考えさせてくれるのが『ハデスタウン』だといえる。

そしてそして、ヒロイン・エウリディケを演じるていのが『ミス・サイゴン』25周年記念公演でキム役に大抜擢されたエヴァ・ノブルサダだ。歌唱力も演技力も折り紙つきながら、ミス・サイゴンのときよりぐっとキュートになって無双感を漂わせる女優さんに。ヘルメスといいハデスといいペルセポネといい、アクの強い大人たちを前にして、一歩もひけを取らない堂々とした存在感である。つまりなんだ、要するにかわいい(←)。

「今」のブロードウェイを肌で感じられる、最高の舞台。ニューヨークに行く機会があったら、ぜひ足を運んでほしい一作である。

『HADESTOWN』公式サイト


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