ダーウィンと自然選択論のこと


世の中には有名だけれどあまり読まれていない本がある。聖書の次に読まれていると嘗て言われた『ドン・キホーテ(ラ・マンチャの男)』は、本当かどうか知らないが、スペインでちゃんと読んだことのある人は少数であるそうだ。小説とは違うので同様に扱うのは妥当でないとしても、ダーウィン『種の起源』(On the Origin of the Species, by Means of Natural Selection or the Preservation of Favoured Races in the Struggle for Life)もそう言わるれことある。長いのと叙述/言葉が難しいからだとか。人気があるのは、元は『日誌(研究日誌)』という表題であった『ビーグル号航海記(航海日誌)』であろう。『ビーグル号航海の動物学』(Zoology of the Voyage of H.M.S. Beagle、日本語訳はない)も当時は人気があったらしい。

 

ダーウィンと言えば陶磁器メーカーのウェッジウッド家と血縁関係にあるのはよく知られている。同社の創業者(ジョサイア・ウェッジウッド)の娘が母である。つまり母方の祖父が創業者である。また、ダーウィンの妻もいとこのエマ・ウェッジウッドである。一方、ダーウィンの父もその父=祖父も医者であったことから、恵まれない境遇の研究者も多い中、裕福で金に困ることはなかった。因みに祖父エラズマス・ダーウィンは、当時としては異端であった一種の進化論者・・神による人間や動植物、自然の創造説を否定・・であった(ダーウィンが祖父の影響を受けたという話は特にないようである)。

 

ダーウィンが影響を受けた人や書物は色々あるが、ダーウィン研究者でもなければ一般人には馴染みない地質学者、動植物学者を省略すれば、フンボルトとマルサスの『人口論』が代表だと考える。フンボルトは「フンボルトペンギン」、「フンボルト海流」でお馴染みだろう。興味のある方はガウスとフンボルトの二人を主人公にしたダニエル・ケールマン『世界の測量』をお薦めする。『人口論』は人類が増え続けると食料需給が追いつかず熾烈な生き残り競争が始まり人口は抑制される/何か有利なものを持った人々が勝ち残るというもの。これはダーウィンの自然選択説の大きなヒントになっている。余談乍ら、嘗て中学・高校はでは自然選択説ではなく「自然淘汰説」と教えていたような記憶がある。

 

ダーウィンと言えば、南米南部(パタゴニア付近など)やガラパゴスなどを回ったビーグル号航海記が有名で、特にガラパゴスで見た他の地域では見られない特異な動物、同じ種で島毎に形態が異なること(多分ダーウィン・フィンチが有名)が自然選択説の直接のヒントになったと思われていることも多い。実際は、暫く後から振り返って自説の確信、補強にはなったという方が適切だと思われている。尚、ダーウィンがビーグル号に乗ることに父が反対していたので、叔父のジョサイア・ウェッジウッドⅡ世の力添えがなかったら実現しなかったかもしれない。もし航海にでていなければ自然選択説に到達したかは所謂「神のみぞ知る」。

 

ダーウィンは1838には自然選択の構想をしていたが、発表したのは約20年後のことである。やはりキリスト教・聖書の神による天地創造説・天変地異説に反していて論争の的になるのを避けていたからと言われている(米国キリスト教徒は今でも天地創造説を50%位の割合で信じていると調査があった。本当だろうか)。発表する契機となったのは同じ説を書いたアルフレッド・ウォレスの書簡を1858年に受け取ったこと。細かい経緯を省略すれば、翌年=1859年のリンネ学会で二人の共同発表という形で表に出された(発表会は二人とも欠席)。

 

ダーウィンは「進化論」ではなく「自然選択説」であり、生き残るものが優れているという考えはしておらず、変異(modification)という用語を使っていた。『種の起源』は何度も改訂されていて進化(revolution)という用語は第6版で使っている。この「進化」が曲者である。進化=進歩と捉えられ優勝劣敗という社会ダーウィニズムが生まれ、格差社会・人種差別、優性説を肯定する考えに繋がった。勿論、これはダーウィンに帰すべきものではない。尚、「適者適存」という用語は社会学者ハーバード・スペンサーによる造語(1862)でダーウィンも第5版で取り入れている。

 

ダーウィンも当然「遺伝」は知っていたが、「遺伝の要素、今で言えば遺伝子」という考えには及ばず、同時代の人であるメンデルは既にエンドウ(豌豆)の実験による「メンデルの法則」を発表していたもののダーウィンはこの存在に気づかなかった。また、生物は長い時間をかけ変化するという考えであり、突然変異まで見いだせなかったのは当時として無理のないことである。現在はネオダーウィニズム、総合学説があり、またDNA解析・ゲノム解析などが進んでいるが、進化の原理は必ずしも解明されてはいない。『種の起源』をみればダーウィンの考察は現代でも正しいと思われているものが多く、その偉大さは変わることはない。

 

<補足>

絶対温度のK(摂氏0度は約273K)で知られるケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は地球の年齢を約1億歳と推定した。生物が長期間をかけて変化するには短すぎるため、ダーウィンの説は一時評価が下がった。地球年齢が正しく把握されてから復権。


初版の表紙はWikipediaより



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