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インターネット用語版『悪魔の辞典』


アンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』を読んだ。



ひどくネガティブで皮肉が利いた語釈ばかりが載っている、ユニークな辞書である。こんな感じで。

アマチュア(amateur)

趣味を技量と思い誤り、おのれの野心をおのれの能力と混同している世間の厄介者。

ビアス;西川正身.新編悪魔の辞典(岩波文庫)(Kindleの位置No.353-358).株式会社岩波書店.Kindle版.


「アマチュアの語釈、いつかどこかで使いたいな」などと思いながら楽しく読んだ。

ド素人なのに「僕、書くの結構得意なのでブログとか始めたら人気出ると思うんですよ~」などと言い出す人間に対して使いたい。「へえ~。趣味を技量と思い誤り、おのれの野心をおのれの能力と混同している世間の厄介者ですね」と。


さて、この辞典の原文は100年前に書かれたものである。

面白かった場所も多いのだが、いかんせん書かれた時期が古すぎて「あんまりピンと来ないな…」と思う場所もあるし、「これは現代では笑えないな…」と思う場所もあった。たとえばこれ。


おんな(woman)

通常、「おとこ」の近くに住み、飼い馴らされることに対しては未発達の感受性しか持っていない動物。(後略)

ビアス;西川正身.新編悪魔の辞典(岩波文庫)(Kindleの位置No.847-852).株式会社岩波書店.Kindle版.


なんというか、やろうとするユーモアは分かるんだけどなぁ…という感じだ。

インターネット普及前ならば冗談として楽しめたと思うのだけれど、インターネットのせいで笑い事ではなくなった。

Twitterを見るとマジメに「女はこういう生き物だから男に従っていればいい」ということをマジメに主張しているヤバい男性がたくさんおり、他方では「男はこういう生き物だから死滅した方がいい」ということをマジメに主張しているヤバい女性がたくさんいる。両者は毎日戦争を続けている。インターネットは地獄だ。

そういう時流を考えると、『悪魔の辞典』の「おんな」の語釈は全然笑えない。この語釈はいわば、「ありえない主張を言うという冗談」だったのに、それが単なる「ありえる主張」に変わってしまったのだ。つくづく、文章はナマモノなのだなと実感する。


今回の読書体験で再確認したことを『悪魔の辞典』風にまとめると、こうなる。


文章

愚か者が「面白いことを思いついたぞ!」と一時の興奮とともに書きつけた戯言。100年後に読むと、薄ら寒いものになっている。


インターネット

消えようのない憎悪を抱えた人たちが、終わりようのない戦争を繰り広げる無間地獄。



溢れ出るパロディたち

『悪魔の辞典』を読むと、どうしてもパロディがやりたくなるらしい。僕も今やってしまったし、やってしまった先人たちが大量にいた。

「法律版」とか……。


「ビジネス版」とか……。


池上彰も書いてる


ちなみに、こうしたパロディについて、『悪魔の辞典』の前書きに記述があった。

『悪魔の辞典』は元々『冷笑家用語集』というタイトルだったらしいのだが、この「冷笑家」というフレーズがパクられまくってしまい、新鮮味がなくなったらしいのだ。そのことについてこう書かれている。


この題名を真似て、『冷笑家何々』『冷笑家これこれ』などというように、書名に「冷笑家」を用いた書物が数多く出て国じゅうに氾濫していた。それらの書物は、大半が単なる愚著にすぎないが、中には、さらに低能の筆になる書物とでも評するほかはない名誉を担うものもあった。そうした関係で、「冷笑家」という単語は甚だしく評判をおとし、そのため、「冷笑家」を書名に用いた書物は、それがどのようなものであれ、出版にならないうちから、疑いの眼をもって見られるまでになった

ビアス;西川正身.新編悪魔の辞典(岩波文庫)(Kindleの位置No.61-69).株式会社岩波書店.Kindle版.


つまり、元のタイトルの『冷笑家用語集』はマネされまくった上に、マネして生まれたものは「大半が単なる愚著」で、「低能の筆になる書物」もあったので、タイトルの格式が下がってしまったのである。

そこで、『冷笑家用語集』というタイトルを改めて、『悪魔の辞典』という新しいタイトルをつけた、と書いてある。しかしそれもまた大量にマネされている。かわいそうだ。

みんながパロディした『悪魔の辞典』は、もしかしたら「大半が単なる愚著」なのかもしれない。歴史は繰り返すものだから。

しかしまあ、それもしょうがないのだろう。『悪魔の辞典』における「人間」の語釈はこうなっている。

人間(mann.)

自分の心に描くおのれの姿に、恍惚として眺め入っているために、当然あるべきおのれの姿が目に入らない動物。(後略)

ビアス;西川正身.新編悪魔の辞典(岩波文庫)(Kindleの位置No.4369-4377).株式会社岩波書店.Kindle版.


人間は「おのれの姿」が目に入らないのであって、「単なる愚著」もうっかり名作だと思って書いてしまうものだ。『悪魔の辞典』のようなムーブメントに安易に乗っかってしまう。

ということで、僕も「おのれの姿に、恍惚として眺め入」りながら、今回はそのまま乗っかってみようと思う。インターネットで身を立てる者として、『インターネット用語版 悪魔の辞典』を書くことにする。

なるべく頑張って書いて、「単なる愚著」ぐらいの評価に収まれるように頑張ろうと思う。「低能の筆になる書物とでも評するほかはない名誉を担うもの」にはならないように頑張ろうと思う。


なお、順番については特にあいうえお順にこだわらず、思うままに書いていく。お付き合いいただきたい。

途中から唐突に有料になるが、気になる方は課金して読んでいただければ幸いだ。単品購入(300円)もできるが、定期購読(500円/月)がオススメ。10月は4本更新なので、バラバラに買うより2.4倍オトク。


インフルエンサー

不幸にも多くのフォロワーを獲得してしまった一般人。楽しみのためにSNSをやっていたはずなのに、いつの間にかセルフ・ブランディングや炎上リスクばかり考えている。

大抵は1年ほどで専門分野について発信することが枯れてしまい、薄い人生観を語り始める。


ブロガー

文章を読むのも書くのも嫌いなのに、なぜか文筆で食っていこうとする人のこと。誰でも書ける凡庸な記事に大量の広告を貼り付ける習性があるため、読もうとするとストレスがすごい。


繊細さん・HSP

「自分は繊細で傷つきやすい人間なので、自分に対して常に最大限の配慮をせよ」というおこがましい要求を平気で言える鈍感な人。


DaiGo

「最近の研究によると」という枕詞を使って自分の持論を喋る人。強調形として「ハーバード大学の研究によると」がある。


前澤友作

「優秀な経営者」として名を挙げたはずが、なぜか「お金配りオジサン」に転身した人。ZOZOの経営者として持論を展開していた頃は「配送料が高いとか文句言うヤツは顧客じゃねえ。うちのアプリ使うな」などと切れ味良く言って人気を博していたが、途中から「皆が夢を叶えられる世界を作る!」とキレイゴトを繰り返す退屈この上ない人になった。

「SNSによって壊れてしまった人」の代表格。


Twitter

金のないヒマなオジサンが金のないヒマなオジサンに対して怒り、金のないヒマなオジサンがそれを眺める場所。

一説によると「ソーシャル・ネットワーク・サービス」の一種とされるが、ソーシャル(社交的)な人がひとりも存在しないため、近年はその分類が疑問視されている。


Amazon

世界最大のカツアゲ装置。

大量のセールやレコメンドによってユーザーの自己決定権を奪い去り、買いすぎの苦渋を舐めさせることを得意としている。

「年に一度のプライムデー」「年に一度のサイバーマンデー」「年に一度のタイムセール祭り」などを毎月開催しており、詐欺として立件されないのが不思議である。


Kindle

世界最大の積読誘発装置。信じられないペースでセールを行っているため、毎日のセール情報を追うために膨大な時間が取られ、本を読む時間は1分たりとも残されない。

そんな生活を続けると、「死ぬまでには読む」とうわ言のように繰り返しながら本を買い続けるKindleゾンビが生まれる。(僕である)


note

「広告を表示しない」「情報商材屋おことわり」「超シンプルなUI」など、素晴らしい思想によって運営されているWEBサービス。すべてにおいて非の打ち所がない。

厳しめの規約が存在しており、危ない内容を書きすぎるとアカウントが停止される可能性もあるため、脛に傷持つユーザーはつい媚びてしまう傾向にある。(僕である)


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