『転がるビー玉』に寄せて


NYLON JAPANさんと映画でご一緒出来ると決まったときに、「夢を追う」「2019年の渋谷に生きる」「女の子たち」の話にしようとすぐに決めた。
(僕が語るのは僭越ながら)NYLONは、いつだってなりたい自分になるための背伸びをずっと優しく肯定してきた雑誌だと思うし、そこにはいつだって時代性とストリートから生まれた説得力があった。
皆が期待するのは、所謂お洒落なファッションムービーだろうが、僕はそこにたどり着けない、けれど懸命に夢に手を伸ばす女の子たちを描きたかったのである。

まずは「夢を追う」ということについて。

そもそも僕は元々俳優部出身だ。
高校の頃に付き合っていた彼女が浅野忠信さんの大ファンで、それにヤキモチを妬いた僕は浅野忠信さんの出演作をまとめて借りてきて、ミイラ獲りがミイラになるかのごとく浅野忠信さんと邦画のファンになった。
そして、そんなときに浅野忠信さんが出演していた映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」の舞台のオーディションがあることを知って、17歳の僕は募集要項が35歳以上なのに応募して、奇跡的に役を作ってもらった。
そして、その舞台を観てくれた事務所に入った。

こういうと、サクセスストーリーのように聞こえるかもしれないが、そんなのは最初だけだ。
僕に決まっていた役が「大人の事情」で他のキャストに代わってしまったこともあるし、「お前になんかメイクさんいらないだろ。手を出せ」と言われ、手を差し出すとそこに牛乳を注がれ、「これで髪のセットしろ」と言われたこともあった。
若かったのでぶん殴りたくもなったが、事務所の人たちの顔が浮かんで、我慢して家に帰って、独りで泣いた。
また、当時の僕は肌荒れが酷くて、治せ治せと言われて皮膚科に通い、一生懸命食事も制限したが、どんなに頑張っても一向に治らなかった。
オーディションにも、見る影もないくらいに落ちまくった。
どう努力しても前に進んでいる実感がない状況は本当に辛かった。

このように僕がそもそも俳優部出身だということもあり、最近は出会う役者によく様々なことを相談される。
芝居への悩み、事務所の悩み、バイト先の悩み…など内容は様々だし、その人の目指すべきところは様々だけど、彼女ら(彼ら)は一様に、悩み、迷い、揺れ続けながらも一生懸命に夢に手を伸ばしていた。
その揺れが僕にはとても美しく見えた。

かといって、僕はその人たちには何もしてあげることが出来ない。
一緒に仕事をしたいと思う人は日に日に増えていくが、脚本上の役にハマるかはまた別の話だし、そもそも僕自身も来年また映画が撮れるかどうかなんて分からない。

僕はずっと彼らや彼女たちに「大丈夫だよ」という言葉をかけてあげたいと常々思っていた。
でも、その「大丈夫だよ」は「役者として必ず売れるから大丈夫だよ」でも「目標としてる監督や作品に必ず出れるから大丈夫だよ」ではない。
そんなこと僕には分からないし、好きな人に無責任なことなんて言いたくない。
僕が彼女ら(彼ら)にかけることが出来る「大丈夫だよ」は、「努力している貴方の魅力はは日に日に増えていて、その魅力を分かってくれる人は絶対に絶対にいるから大丈夫だよ」だ。
僕が言えることなんて、たかだかその程度なことは分かっている。
なんの支えにもならないかもしれないし、ただの自己満足なのかもしれない。
それでも、僕は僕なりの映画という形で彼女たち(彼ら)に伝えられたらな、と思う。

続いて「2019年の渋谷を描くこと」について。
僕は音楽も映画もファッションも、大事なことは全て渋谷で教わってきた。
けれど今の渋谷には、僕が青春時代に通い詰めた屋根裏もシネマライズもゴーゲッターももうない。
決して懐古主義的にそれを悲しむつもりはない。
何事にも常に変化は必要であるし、渋谷はいつだってそうやって更新し続けてきた。

ただ、大規模な再開発の前にどうしても映画として残したかったのだ。
過去と未来が交錯する現在の渋谷を、そしてそんな渋谷の街中でぽつんと変われずに立ち止まっている女の子たちを。

この映画は逆ロードムービーなのである。
本来のロードムービーは、主人公たちがどこかへ進んでいく中で、誰かと出会い、何かを学び、成長していくのだが、この映画の主人公である愛、瑞穂、恵梨香の3人はなかなか
今いる場所から動くことが出来ない。

けれど、変わりゆく渋谷の風景の中で立ち尽くし、過ぎ去っていく人と少し話すことによって、悩んでいた彼女たちは、(彼女たちにとっては)大きな一歩を踏み出す。
前に進みたい彼女たちは、進めないことによって成長するのだ。
僕にとって「大規模な再開発が行われている2019年の渋谷」というのはどうしても外せない要素だったのである。

最後は「女の子たち」の映画としてどう作っていくかである。
スタッフィングに関しては、いつものスタッフをベースにしつつ、撮影の古屋さん、スチールの柴崎さん、メイキングの堀井さんなど女の子を撮ることに長けているのではないかと思った人に新たに加わってもらった。

キャストに関しては愛、恵梨香のキャラクター像が出来てきてすぐに吉川さん、今泉さんが浮かび、オファーをしたら快諾してくれた。そして、最後の萩原さんは2500名近い募集があったオーディションを経て選んだ。素晴らしい芝居をしてくださった方は本当に沢山いたけれど、瑞穂役に関しては、僕は何回やり直しても萩原さんを選んでいると思う。それくらいオーディションでの彼女は素晴らしかったし、実際に現場に入っても大きなプレッシャーをはねのけて素晴らしい芝居を見せてくれた。これは吉川さんも、今泉さんも、そしてその他の役者の方々も同じである。

イン前は3人とも人見知りで、若干の不安はあったものの、現場に入ると一瞬で打ち解け、前からの親友のようになっていたし、それに応じて現場もとても順調に進んでいった。

こうして『転がるビー玉』は完成した。
この映画がどう捉われるのか僕には分からない。
けれどこの映画の中に、そしてきっと映画の外にも沢山いる、今すぐ「宝石」にもなれない、けれど「ローリーングストーン=転がる石ころの」ようになることも出来ない、さながら「転がるビー玉」である彼女(彼)たちの屈折した輝きは、宝石よりも美しいと僕は信じています。

                        『転がるビー玉』監督 宇賀那健一

■NYLON JAPAN15周年記念映画
『転がるビー玉』(監督・脚本・企画)
【出演】吉川愛、萩原みのり、今泉佑唯、笠松将、大野いと、冨手麻妙、大下ヒロト、
日南響子、田辺桃子、神尾楓珠、中島歩、徳永えり、大西信満 / 山中崇 他
【主題歌】佐藤千亜妃『転がるビー玉』
【製作年度】2020年
2020年1月31日よりホワイトシネクイントにて先行公開。
2月7日より全国劇場公開。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?