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あいちトリエンナーレ2019の閉ざされた展示室  -増大する不寛容-

五十嵐太郎|東北大学大学院工学研究科教授

あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展・その後」展が、開幕3日目で閉鎖に追い込まれた。特定のイメージだけに反応した否定的な論調のほとんどが、作品の背景や展示のシステムをまったく理解しないまま、電凸と驚異的な数の脅迫を引き起こした。そこで以下に基本的な説明をしよう。まず、これは展覧会内のミニ展覧会であり、全部で100くらいある芸術祭の企画の一部分であること。ゆえに、不自由展だけに10億円以上を使ったわけでなく、400万円程度だ。また不自由展は、さまざまなタイプの作品があるが、過去に美術館などで発表しようとしたものの、検閲により排除されたことが、共通のテーマであること。例えば、旭日旗の描かれた横尾忠則の作品は、在米の韓国人団体が批判していた。必ずしも「反日」だけではない。そしてプロではない高校生の絵画も含むように、芸術のクオリティの高さよりも、過去に作品が排除された歴史的な事実を重視している。

 実際、不自由展は一人のアーティストが一部屋を丸ごと使うほかの展示と違い、10組以上の作家が小部屋に押し込まれ、年表のほか、排除の経緯を説明するキャプションや机上の資料を用意しており、いわゆる資料展示室のようだった。したがって、この企画については、「芸術ではない」という批判は、的外れになるし、あいちトリエンナーレが展示作品の内容を肯定しているわけでもない。また不自由展の作品セレクションは、もともとこれを2015年に企画した実行委員会のメンバーが決定している。が、こうしたメタ構造は理解されず、大炎上を招いた。この部屋は通常の動線から外れた袋小路に位置し(ゆえに、本当にガソリンをまかれたら、逃げられない)、注意書きの上、薄い幕によって仕切られていた。

  展示中止となった「The Center for Investigative Reporting(CIR、調査報道センター)」

 筆者は何度か愛知県芸術文化センターを訪れたが、3回目は不自由展の部屋の前に可動壁が置かれ、アクセスが封鎖され、4回目はこれに抗議した韓国の作家たちの展示も中止となった。展示空間に穴が増えていくのは、痛々しい。その後、約10組の国内外のアーティストも声明を出し、展示の中断や変更が行われた。さらに多くの作品が撤去や閉鎖となったら、動線はずたずたになるだろう。昨年、本誌(『建築ジャーナル』2018年10月号)で筆者が触れた福島のサンチャイルド撤去問題は、路上に面するパブリック・アートだったが、不自由展は入場料を払わないと見ることができない展覧会であり、さらにゾーニングもされていた。にもかかわらず、政治家による異例の批判が刺激し、社会の不寛容が増大した。次は図書館の書物や大学の研究が狙われるのか? 公共空間が危機にさらされている。

  中断を検討したが継続となったウーゴ・ロンディノーネの作品

いがらし・たろう
建築史家。1967年パリ生まれ。東京大学工学系大学院修了。博士(工学)。東北大学大学院工学研究科教授。芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。著作に『モダニズム崩壊後の建築』など

※この記事は、月刊『建築ジャーナル』2019年10月号に掲載予定の記事を先行公開したものです。


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