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見様見真似

初めて靴を磨いた時(それが靴にとって効果的な磨きだったかは不明だが)得も言われぬ爽快感があった。

教科書を開くことも無くなって久しい勉強机の上に新聞紙を広げ、靴を自分に向けて揃えて置く。
靴と同時に購入したブラシと靴クリームを並べYouTubeの検索欄には「靴磨き やり方」
おっかなびっくり撫でるようにして磨いた靴の仕上がりは、画面に映るそれとは違い控えめなものだった。

それでも、自分は何か特別なとこを成し遂げたような得意げな気分だった。

それから何度も履いて何度も磨いた。
磨くたびに訪れる爽快感は変わらずいつも心地よかった。

しかしそのうちに仕上がりの差が気になるようになっていった。
YouTubeの動画や本と同じ道具で同じ手順を踏んでいるにも関わらず、どこで仕上がりの差が生まれているのだろうか。
クリームやワックスの量、力加減、水の量、時間。
少しづつ変えながら何度も磨いた。

気がつくと部屋は薄暗く、長時間丸めていた背中はバキバキになっていた。

靴磨きへの探究心は次第に深くなって行った。
当時はそれを満たすだけの足数を持っていなかったので下駄箱から親の靴を引っ張り出し、また友人から靴を借り何度も磨いた。

徐々に艶を纏うようになってきた靴たちと、綺麗になった靴を眺める主人の顔を見るとなんだかとても幸せを感じた。

他人と自分を同時に幸せにする事ができる「靴磨き」の魅力に抗うことはできなくなっていた。






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