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「やりなさい」はやめなさい

タイトルのままなんですが、自戒も込めて🙏

合理性を無視した命令

佐藤可士和氏デザインのセブンイレブンのコーヒーマシンの話題が一通りの議論を通り過ぎていった今日において、UI/UXの話は一部のデザイナーの話だけではなくなってきており、一般知識として浸透しはじめた。

そこで改めて、自分が最近関わっている教育業界と、自分の子どもに対する振る舞いを顧みて、んー、無駄なことをしているなーと反省することが多いので記録しておきます。

経済学においては、人間は「その当人がいいと思っている目標」に向かって、努力をしていると仮定して思考を進めます。つまりは、経済学における合理性とは「主観的な幸せを最大化すること」を意味しているのです。

この考えを元に見てみたいことがある。

・学校へ行きなさい
・勉強しなさい
・先生の言うことをちゃんと聞きなさい
・宿題しなさい
・早く起きなさい
・早く寝なさい

みな毎日のように伝えていてる、感情を込めて注意をしているこれらのメッセージ。これらはみな、生徒や子どもが「合理的に動いている」ことを無視して、一切頭を使わないで注意している状態なんですよね。

学校を退屈なものにしたのは誰だ?

学校がゲームみたいに楽しかったら🏫、テーマパークのように楽しめるものだったら🎉、見知らぬ土地のようにワクワクするものだったら🏞。

先生が有名なYouTuberよりも、お笑い芸人の人よりも面白かったら🤣。
親が一流学習塾の先生より教え方が上手かったら👍。

無理やり我慢をしてやることが当たり前となりすぎてしまっている現代において、特に学生は本当に退屈をしている人が多いと思う。
大人を信用しない、大人に期待しない、学校は退屈、学校は牢獄。人生は我慢、死ぬまでの修行。そう言わせてきたのは誰か?ってところなんですが、とりあえず気付いたときは「やりなさい」はやめましょう。

とはいっても忍耐力うんぬん、は今回の話題の対象ではないです。今回の対象は親、先生の姿勢の話。

おもしろさだけが価値をうむ

人口が増えていく一方であれば、教育もサービスも、提供する方も提供される方も、「我慢しながらやること」の価値はどんどん下がっていっている。
昔は地域にしばられていて、質の高い授業は特定の地域の人に限られていたけど、今はインターネットや素晴らしいサービスがあるので、格差は減ってきている。

素晴らしいことだと思う。

そうすると困るのは、格差の中で商売をしてきた人で、お金や人が潤沢にある人たちと同じ土俵で戦うことになり、そのままでは小さくなっていくしかなくなる。
いいからやれ、昔のままでいいんだ。それは競合が少なかったり、他に選択肢がなかったから通じた世界であって、人がやらなくていいことがどんどん増えていく。

わかりやすい答えがある問題はすべて機械がやってくれる。
これからの人間が関わるものは、わかりやすい答えがなく、正義も悪もないややこしい課題に変わっていくことになる。と思う。
その時に、その現場にいる人っていうのは、いやいややらされている人ではなく、面白がっている人、自分の問題だと思って関わっている人だけになる。

なので、いやいややらされているけどそれが幸せとか、決まった答えがないものはイヤとかだと、奴隷に近い思考で生きていくのは、この先たいへんなことになると思う。

たいへんだけどやっていこうと思う

とは言っても、ゼロ高もやっぱり「こうしなさい」って言っちゃってるわけで、そこはデザインのチカラで解決していきたいと思う。
参考にすべきは自然であり、四季であり、川の流れであり、禅の思想であり、日が昇り、花が咲き、夜が来て、みなが眠る、森羅万象すべてを先生として、あたらしい学校のあり方をつくっていきたい。

当たり前を当たり前のようにやることの難しさを日々感じています。
論ずるは易し、言うは易く行うは難し。

そして息子にも、「こうしなさい」じゃないやり方で行動を変化させたいと思う。こんな面白いことあるよ!ってアピールしてみっかな。

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Kenji Naito

さよならインターネット

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