30万円の人生から、生きるとは何かを考えらせられた

三秋縋『三日間の幸福』。
この本を何度読み返したことか。
自分の残りの寿命を売ってみたら、たったの30万円だった。
この衝撃的でキャッチーな設定に私は心を惹かれてしまった。
以後、ことあるごとに読みかしてしまう。
なぜ、そこまでこの本を読んでしまうのか?
おそらく、主人公のクスノキと私自身を重ね合わせたからだろう。

物語の主人公、クスノキは貧しい学生だった。
暑い夏の日に飲み物を飲むのも我慢しなければいけないほど、お金がなかった。
それと同時に、心も貧しい人間だった。
考え方が自分本位であり、世の中に何か冷めた感じがして、灰色の風景に同化しているような人間だった。
三秋さんの書きぶりを見ると、貧しい暮らしをしている原因は心が貧しいから、そんな感じがする。
私はおそらく、この主人公の心の貧しさに共感してしまったのだろう。
子供の頃からひねくれていて、次第に心が貧しくなって、心が豊かになるきっかけが何度もあったはずなのに、活かせなかった。
チャンスを活かせなかった原因は、本人に残っているちっぽけなプライド。
このプライドが邪魔をして、人生の分岐点で誤った方向に進めてしまった。
つくづく同情してしまう。

人間の心が豊かになるのも貧しくなるのも、些細に見えるけれども実は重大な選択肢を誤った結果だと思う。
本当にボタンの掛け違いから、幸せになるチャンスを逃してしまうのだ。
人生とは無常である。
もしかしたら私も同じかもしれない。
昔、仲が良かった人たちとは連絡をとっていない。
人間関係は新しい環境に入った都度に構築しなおしている。
同時に、古い人間関係をバッサリ切り捨ててしまう、薄情さも持っていた。
そんな心の貧しい人間である私。
主人公のクスノキに私自身を投影してしまうのも無理はない。

物語の序盤から中盤にかけて、クスノキは己の心の貧しさを全開にする。
自分にとって大金である30万円を手にしても、買うものは安いお酒と焼き鳥のみ。
貧乏生活に慣れてしまって、高級なものを買うという発想すらない。
寿命を売った後の残りの時間はたったの3ヶ月。
残された3ヶ月を使って、彼は世界に少しでも生きた証を残したいと意気込む。
残りの人生が短くなった人にありがちな発想だと思う。
実際には何もすることなく、死んでしまうのに。
そんな誇大妄想や傲慢さの塊は、私は嫌いではない。
私自身もそんなことを思ってしまうからだ。
そこも彼に共感できてしまう。

残された時間を使って、彼は自分の人生で思い残したことを全てやろうとする。
その結果は散々だった。
彼自身の人生の負の部分を見せつけられる。
なぜ、自分の寿命の値段が30万円だったのか、その理由が明かされる。
ここまで自分はクズだったのか。
そう思わずにはいられないし、クズに落ちた原因はちょっとしたボタンの掛け違いだったと知ると、まっとうに生きるとはなんと難しいものだろうか。

過去の自分の負の部分をいやというほど見せられた。
私も同じ立場だったら?
私自身の負の部分を見せつけられたら、その場から逃げてしまうだろう。
しかし、彼の場合は違った。
自分の負の部分を受けれて、負の感情を精算して、他人のために何かしようと行動が変化した。
自分本位だった主人公が、初めて他人のために何かしようとした。
見ず知らずの誰かのために、彼は千羽鶴を折った。
彼にも正の感情が残っていた。

ここから彼の人生は少しづつ、しかし確実に変わっていく。
読んでいて、人間に少しでも正の感情が残っているのなら、残りわずかな時間であっても有意義な人生になるということを知った。
最終的に、たった一人の人間のために、残りの時間の全てを差し出す彼。
それがたった30万円の値打ちしかない人間であったとしても、人は変わることができるのかもしれない。
主人公の姿を読んで、そう思いたい。

たとえ残りの人生が30日しかなくても、有意義に生きられる。
しかし、もしその30日間の行いが、後世の人間に評価されることになったとき、私はどうするだろうか。
30日間に成したことが自分の死後に認められ、自分の名前が永遠に残るのなら、私はどうするだろうか。
あなただったらどうするだろうか。
心の貧しい私だったら、自分の名前が後世に残る方を選んでしまうかもしれない。
そんな私にとって作中にある台詞が突き刺さる。

死んだら名声も無意味。
自分がいない世界で有名になっても、何も嬉しくない。

富とか名声とか永遠とか、そんなものを抜きにして、目の前の幸せを大切にする。
そんな価値観。
自分にはなかった価値観だった。
永遠の名声を手に入れられる30日よりも、目の前の幸せを噛み締めることができる3日間の方が、よっぽど幸せだ。

生きている時間の長さよりも生きている時間がどれだけ濃かったか。
その人生の濃さも、歴史に名を残すとかそういう大きなことではなく、目の前の人を精一杯幸せにする時間の方がよっぽどいいのではないか。
30万円しかない人生の青年から、生きるとは何か、幸せとは何かを考えさせられた。

ああ、もう一度、『三日間の幸福』を読みたくなった。

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